書斎にて

「ようこそ! 待ってたよ」

 いつものように、出来るだけ笑顔で話しかける。

「レイ、三日間お世話になります」

 クラウディアは笑顔でそう言うと、その場で両手を握って額に当てて跪き深々と頭を下げた。

「レイルズ、三日間お世話になるわね」

「レイルズ、三日間、どうかよろしくお願いします」

 それぞれの竜から手を離したニーカとジャスミンも、揃って同じようにレイの前に跪いてクラウディアに倣う

「ああ、もうそういうのはここでは無しだよ。ほら立って」

 レイが少女達に笑ってそう話しかけた時、先ほど馬車から一緒に降りてきた女性が二人、レイの前に跪いた。

「古竜の主であるレイルズ様にご挨拶申し上げます。この度、三日間の勉強会に同行させてきただきますロッシェと申します。正一位の僧侶の資格をいただいております。どうぞよろしくお願い致します」

「古竜の主であるレイルズ様にご挨拶申し上げます。奥殿よりジャスミン様の教育係として参っておりますターシャと申します、三日間の勉強会に同行させていただきますので、どうぞ見知りおきください」

「丁寧なご挨拶ありがとうございます。レイルズ・グレアムです。彼女達の事、三日間どうかよろしくお願いします」

 当然のようにその挨拶を受けたレイは、そう言って笑う。

 その言葉にもう一度深々と頭を下げた二人は立ち上がって、駆け寄ってきた執事と言葉を交わしてから少女達を振り返った。

 クラウディアとニーカ、そしてマークとキムは、二人からの挨拶を堂々と受けたレイを尊敬の眼差しで見つめていた。

 ジャスミンは、面白そうにそんな四人とレイを黙って眺めていた。



「じゃあ、まずは中へどうぞ。お茶の用意をしてくれているよ」

 レイを先頭に、皆素直にその言葉に従おうとしたが、顔を上げたジャスミンが首を振った。

「もう間も無くお昼ですわ。お茶はその時にいただく事にして、まずは書斎を見せてくださいませんか?」

 その言葉に、ニーカとクラウディアも揃って大きく頷く。

「確かにその通りだわ。時間が惜しい。私も本を見てみたいです」

「確かにそうね。レイ、構わなくて?」

「えっと……」

 戸惑って執事を振り返ると、小さく頷いた執事は一礼して彼らを書斎に案内してくれた。




「うわあ、ここは中もすごく豪華なお家なのね」

 廊下の天井に描かれた見事天井画と柱に彫られた彫刻を見上げて、ニーカが無邪気な感想を述べる。

「えっと、この離宮は、元は皇族の方が夏の避暑を兼ねて狩りに出かける時に使っていた場所なんだって。だから一階は部屋が広く作られているんだ。弓矢や槍を持って入ってもいいように、天井も高く作られているんだって」

 最初の頃に執事から聞いた説明を思い出しつつ、レイが一生懸命説明をするのを、少女達だけでなくマークとキムも一緒になって感心して聞いている。

 そんな彼らを両夫人は優しい眼差しで見つめていた。




「ここが勉強会をする時に使う書斎だよ。精霊魔法関係の本は、ここからここまで。高い所の本を取る時は、これを使ってください。えっと移動階段は少し重いと思うから、言ってくれたら移動させるからね」

 片手で大きな移動階段を軽々と動かすレイを見て、ニーカは目を見開いている。

 大きな箱型になった移動階段の下側部分には車輪がついていて動くようになっている。階段を登る際には、足元の出っ張りを踏むと車輪が止まって動かなくなる仕掛けだ。

「へえ、初めて見たわ。すごい階段なのね」

 ニーカが興味津々で移動階段を見上げている。

 クラウディアはブレンウッドにいた時に、神殿の図書室に同じような移動階段があったし、ジャスミンも以前住んでいた屋敷の書斎に移動階段があったのでそれほど驚いてはいないが、階段の手すりに彫られた見事な装飾には目が釘付けになっていたのだった。

 キムがもう一台の移動階段を本棚の前に移動させてくれたので、クラウディアとジャスミンも嬉しそうに階段を上がった。

「まあ、読んだことのない本がいっぱいだわ」

 クラウディアの呟きに、ニーカも目をまん丸にして本棚を見上げている。

「凄い。ねえ、これって全部レイルズの本なの?」

 半ば呆然と本棚を見上げたままニーカが質問する。

「えっと全部じゃないけどね。ここにある精霊魔法関係や幻獣、それから天体関係の本は、殆どがガンディとマティルダ様から贈って頂いた本なんだよ。もちろん、元々ここにあった本もたくさんあるけどね」

「マティルダ様から……」

 少女達は絶句して本がぎっしりと詰まった本棚を見上げた。

「でもさ、僕一人じゃあ一生かかっても全部は読めないからね。だから少しでも皆の勉強の役に立ってくれたら嬉しいよ。ほら、遠慮しないで好きなだけ読んで良いからね」

 レイが何冊か本棚から取り出すのを見て、最初のうちは遠慮しがちだった少女達も、次々に出てくる読んだことのない様々な本の数々に、次第に夢中になっていったのだった。




「はあ、とりあえずこれくらいにしましょうか。キリがないわ」

 ジャスミンの言葉に、新しい本を積み上げたクラウディアも苦笑いして手を止めた。

 しかし、二人は階段部分に何冊も積み上げた選んだ本を持ち上げようとして、余りの重さに戸惑いため息を吐いた。

「ううん、ちょっと選びすぎたかしらね」

「そうね、確かにちょっと多かったかも」

 ジャスミンの呟きにそう答えたクラウディアも、まとめて持つのを諦めて数冊手に取ろうとしていた。

「これ全部? 良いよ、運んであげるからどんどん好きに選んでね」

 階段を上がってきたレイが、片手で山積みになった本を持ってそのまま階段を降りる。

「凄い。あの本の山を片手で持って降りたわ」

「レイルズ、凄い」

「ん? どうかした?」

 二人が階段の上から揃って自分を見つめているのに気づいたレイが、机に軽々と本を置いてから不思議そうに首を傾げる。

「な、何でもないです!」

 少し赤くなったクラウディアが慌てたようにそう言って本棚に向き直る。

 ジャスミンは、そんなクラウディアを横目で見て、小さく笑って肩を竦めた。

「力持ちだなって思っただけよ。運んでくれてありがとうね。これもお願い出来るかしら」

 にっこり笑ったジャスミンの言葉に笑顔になったレイは、素直にもう一山あった積み上がっていた本をまた軽々と運ぶのだった。

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