公爵閣下へのお願い

「あ、そう言えば……」

 薄めに作ってもらった水割りを飲んでいて、レイは先日の訓練所での事を思い出した。

「ねえルーク、ちょっと良いですか?」

 遠慮がちな小さな声でソファーに並んで座っているルークの袖を引っ張る。

「おう、どうした?」

 グラスを置いたルークが、不思議そうに横を向いてくれる。

「あの、彼女達を離宮の勉強会に誘うって話。キムはルークに言って公爵閣下から神殿に話を持って行ってもらえって言っていたんですけど、今お願いしても良いですか?」

 小さな声で話しているが、当然すぐ側にいる公爵閣下やユーリにも聞こえている。

 ルークから詳しい報告を聞いている公爵は、笑いそうになるのを必死で堪えていた。何の事だか分からないユーリとアルジェント卿は、笑いを堪えている公爵を見て、ここは揃って静観する事にした。

「どうした? 目の前で内緒話か?」

 からかうような公爵の言葉に、座り直したレイは深々と頭を下げてから顔を上げた。

「失礼しました。えっと、実は閣下にお願いがあるんですが、よろしいでしょうか」

「ほほう、其方から私に改まってお願いか。何だね、叶えてやれるかどうかはわからんが、まずはそのお願いとやらを聞いてやるゆえ、詳しく話してみなさい」

 お願いの内容は分かっているが、レイルズがどんな風に話をして来るか興味があったので、まずは黙って何も知らぬような顔で話を聞いてみる事にした。

「あの、僕の大切な友人のマーク軍曹とキム軍曹が研究している精霊魔法の合成に関する勉強会を、離宮で開催しようと思っているんです。離宮には、頂いた精霊魔法に関する本がすごくたくさんあるんです。それで、その……」

 言い淀んで、困ったかのようにルークを見るが、ルークは黙って首を振るだけだ。

「それであの、その勉強会に、ディーディーやニーカ、それからジャスミンも招待しようと思ってるんです。彼女達も合成魔法に関しては、マークやキムからも説明を聞いているし、ディーディーは光の精霊魔法も使うので、勉強して損はないと思います」

 力説する彼を見て、アルジェント卿とユーリは逆に不思議そうにしている。

 合成魔法の勉強会程度なら彼女達を呼んでもそれほど問題にはなるまいに、何をそんなに緊張する事がある?

「だけど、離宮で勉強会をするなら、距離的にも遠いし、時間が勿体無いのでお泊まりになると思うんです。それで僕、実は訓練所で彼女達にこの話をした時に、その……とっても失礼な誘い方をしてしまったんです」

 驚きに目を見張るアルジェント卿とユーリに、ルークと公爵閣下が目配せする。

 苦笑いした二人は、もうそれだけで何となく状況を察して小さく笑ってまた話を聞く体勢になった。



 しどろもどろながら、自分がやらかした失礼を白状する彼を、大人達は優しい目で見つめていた。

 いかにも、世間知らずの彼がやらかしそうな失敗だ。しかし、どうやら何が悪かったのかはしっかりと理解できているようで安心した。

「それで、その……キム軍曹から、彼女達を離宮での泊まりを含む勉強会に誘うのなら、絶対に僕が直接神殿に連絡するんじゃなく、まずは公爵閣下から神殿に話を持って行って頂いて、彼女達を外泊させて良いかどうか判断していただけって、そう言われたんです」

 縋るようなレイの視線を受けて、公爵は苦笑いしながら大きく頷いた。

「賢明で的確な助言だな。特に、其方からは直接神殿には話すなと言われたそうだが、それも正解だ。ふむ、これは後で彼を褒めてやるべきだな」

 小さくそう呟くと、改めてレイを正面から見る。

「成る程。それでその勉強会の日は決まっておるのか?」

 改まってそう聞かれて、困ったようにレイは首を振った。

「いえ、まだ具体的には決まっていませんが。出来れば早く集まりたいと思います。マークとキムは、精霊魔法の合成と発動に関する講義をこれから第四部隊の一般兵達に行っていかないといけないんです。離宮の本は絶対に彼らの研究の助けになります。それに、今回は離宮で行いますが、一の郭の瑠璃の館でも、勉強会を開催しようと思っているんです。頂いた本がぎっしり詰まっているあそこの本達はもっと凄いですから」

「事情は理解した。ならば彼らや彼女達と連絡をとって、日程を決めなさい。その上で連絡をくれたら私から神殿に申し入れをしてやろう。もちろん二人共まだ未婚の女性でしかもニーカはまだ未成年だ。当然目付役は同行させるぞ」

「はい、それはもちろんです。どうかよろしくお願いします!」

 目を輝かせるレイを見て、公爵はルークを振り返った。

「それで、閲兵式までの予定は? 出来れば早めに予定を入れてやれ」

「そうですね。後で相談しておきます」

「分かった。では連絡を待つとしよう」

 満足そうな公爵の呟きに、ルークは深々と一礼したのだった。






「ありがとうございました。是非またお話聞かせてください」

 笑顔のレイに、ディレント公爵閣下だけでなく、一緒に見送りに出て来たユーリも笑顔になる。

「今度はここで一緒に政治経済の勉強会をやろう。いくらでも教えてあげるよ。君とは楽しく話が出来そうだよ」

 ユーリの言葉に、レイは目を輝かせる。

「聞けば、ゲルハルト公爵閣下の勉強会にも参加したそうじゃないか。大丈夫だよ。あそこで、解らないなりにでも話についていけたのなら上等だ。自信を持ちなさい」

 笑顔でそう言われてレイは照れたように笑う。

「ありがとうございます。是非、色々と教えてください」

 笑顔で握手を交わし、改めて公爵閣下とも握手を交わす。

「レイルズ。覚えておきなさい。誰かに助けや助言を求めるのは決して恥ずかしい事ではないぞ。逆に知ったかぶりをする方が問題だからな。分からないと思ったら、今は素直にそう言いなさい、良いな」

「はい、分かりました。これからもどうかよろしくお願いします!」

 直立する彼を見て、公爵閣下も笑顔になる。

「では、気を付けてな」

 馬車に乗り込む彼らを見て、少し下がる。

「ありがとうございました!」

 元気なレイの声を置いて、ゆっくりと馬車は動き出した。

 このまま一旦アルジェント卿の屋敷へ戻り、ルークと一緒に、乗ってきた馬車に乗り換えて本部まで戻る事になっている。

 馬車の中でレイは、ルークに初めて見た赤ちゃんがいかに可愛く、そしていかに泣き声が大きかったかを夢中になって話し続けていたのだった。

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