彼らのそれぞれの準備と勉強

「はあ、こっちは何とかまとまったぞ。そっちはどうだ?」

「おう、ちょっと待ってくれ。もう直ぐ終わる」

 書きかけの書類から顔も上げずにキムがそう言い、頷いて大きく伸びをしたマークは、彼ら専用になった小会議室を見渡した。

 借りた当初は机と椅子が並んでいるだけの何も無い部屋だったが、今は壁一面に棚が置かれている。半分近くはまだ空のままだが、書類の束が積み上がった棚や本が並んだ棚もあった。本は全て訓練所とお城の図書館から借りて来た本だが、レイルズから借りた精霊魔法の失敗談が載った貴重な本もここに置かれている。

 部屋の真ん中に置かれた大きな机の両端に座った二人は今、訓練所の教授達からの提案で、まずは教授達に講義をするための資料を作っている。

 実際に一度最初から最後まで講義をやってみて、まずは大勢の人に同時に教えると言う感覚を覚えろとの提案からだ。もちろんその際には講義の進行具合や実際に内容が解るかどうかも含めて検討される。

 これは訓練所や大学でも導入されている新人教育のやり方で、新しく教授となる人が来ると、まずはそれぞれの専門家達を前にその授業を行うのだ。当然、さまさまな問題点が見えて来るので、すぐにその場でそれらを指摘して改善点を探る。これを何度かやっていると人前で講義する事そのものにも慣れて来るのだ。



「はあ、出来た。じゃあちょっと交換して読むか」

「そうだな。はいこれ。資料はこれ」

「おい、俺のはこれだよ、一緒に配る資料はまだ一部は下書きだけどな」

 互いの書類を交換して、無言で目を通す。時々質問を交わしながら読み終えた資料を一旦置く。

「うん、これならなんとかなりそうな気がする」

「だよな。やっとまとまったっぽい」

 丸一日半かけてようやくまとめた資料を見て、二人は満面の笑みで手を叩き合った。

「よし、じゃあ今から訓練所へ行ってまずは相談だ」

「おう、それで許可が出たらこのまま講義の練習開始だな」

「頑張ろうぜ!」

「おう、頼りにしてるよ」

 拳をぶつけ合った二人は笑顔で大きく頷き合い、大急ぎで出かける準備を始めたのだった。





「毎日毎日、よく降る雨ですねえ」

 厩舎の掃除を終えたタキスの言葉に、ギードが顔を上げて苦笑いしている。

「全くだな、シヴァ将軍が来られてから、もう六日になるが、何だかその間中ずっと雨が降っとる気がするのう」

「ずっとって事は無いでしょうが、確かにほとんど雨が降っていますね」

「六の月から七の月の前半の蒼の森は毎年雨が多いが、今年は特に多いわい」

「畑の横の小川も、ギリギリまで増水していましたからね」

「まあ、あっちはウィンディーネ達に任せておれば大丈夫じゃ。しかし、せっかくロディナから遥々来ていただいたのに、子竜達が元気に外を走っておるところをお見せ出来ないのは勿体無いわい」

 ギードの言葉に、タキスもため息を吐いて頷いた。

 六日前から、ロディナからシヴァ将軍と一緒に騎竜の子供の調教師の人や一般職員の人達が大勢来てくれていて、今、石の家は総勢十名を軽く超える、未だかつてない大人数になっているのだ。

 彼らが来てくれた第一の目的は、少ない人数でしか世話されていない子竜達に、まずは見知らぬ人達がいる環境に慣れさせる事。そして、子竜の調教で一番最初に行う警告の鈴の意味を教える事だ。

 警告の鈴とは、文字通り入っては駄目な場所や、行ってはいけない場所を理解させる為の道具で、これを理解しない限り人の社会の中では暮らしていけないほど重要な事なのだ。

 その辺りの知識は皆無な蒼の森の面々は、全面的に信頼してアンフィーとシヴァ将軍に全てお任せしている。

 それから、今回は一般職員の中には料理が出来る人が二人いて、普段は農作業や家畜達の世話をしつつニコスの料理の手伝いをしてくれている。

 実はあまりの大人数で押し掛けたため、気を使ったシヴァ将軍の配慮でロディナ産の大量の食料と一緒に調理の経験のある職員が来ているのだ。それを聞いて驚いたニコスだったが、さすがに十名を超える人数の料理を毎食一人で作るのは大変だったため、ありがたくお願いして手伝ってもらっている。



「まあ、お天気に文句を言っても始まりませんからね。諦めて私たちも一緒に勉強させていただきましょう」

 使い終えた道具を桶に入れて、いつもの場所に片付ける。

「じゃあ、これで竜舎の掃除も終わった事だし、向こうの様子を見に行きましょうか」

「そうだな。基礎は教えていただけるが、普段の調教は我らもせねばならんだろうからな」

「私もそう思っていたんですがね、アンフィーに聞いたら、親からの巣立ち自体は二才ほどですが、十才程度まではほとんど調教らしいことをしないんだとか。まあ金花竜のヘミングは、状況次第で早めにロディナに託す事になるかもしれませんから、その辺りは少し変わるかもしれませんけれどね」

 ギードの言葉に、振り返ったタキスがそう言って笑っている。

「おお、そうなのか。確か生まれたラプトルに人が乗れる様になるまでには最低でも十年はかかると言うておったな。ならその間は全く調教はせぬわけか」

「警告の鈴さえ覚えればそれで良いらしいですよ。あとはひたすら人馴れさせてやり、人間の事を好きにならせるのが第一なんだそうですよ。なので当然ですがその間は、鞭を使うのは禁止なんだとか」

「いくら何でも、あの小さな体に鞭は使わんさ。例え訓練用の柔らかい鞭であっても、あの小さくて薄い鱗ではさぞ痛かろう」

 ギードの言葉に、タキスも大きく頷くのだった。

「さて、こっちの掃除は終わりですね。じゃあヘミング達の様子を見に行きましょうか」

 タキスの言葉に、ギードも使っていたモップを片付けてタキスの後に続いた。

 その後ろを、何人ものシルフ達が嬉しそうに笑い合いながら彼らの後を追いかけていったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る