贈り物選びと一の郭への出発
「いいんじゃないか。もう選んだ分、全部まとめて贈ってやれ」
これ以上選べないと言うレイを見て、ルークが笑いながら一番上にあった千切れたレースを手にする。
「これも見事だな。へえ、この葉っぱや小花って、どうやって作ってあるのか見てもさっぱりわからないぞ」
ルークが手にしているのは、千切れたレースの袖の一部で極細の糸の小花の花びらが不思議な立体型になっている部分だ。彼らは知らなかったが、実はとても難しい技法で編まれている。
これはレイは見過ごしていたのだが、ニコスのシルフ達がわざわざ山の中から掘り出して教えてくれたものだ。
絶対に良いものだからこれにしなさいと言われて、素直に取り出したのを思い出して笑顔になる。
「どれも綺麗だよね。選んでても楽しかったよ」
まだまだあるレースの山を見てクッキーを振り返る。
「じゃあ、さっき選んだ分を全部貰います」
それから隣にいるルークを見て質問した。
「えっと、これはディーディーに贈ろうと思って選んだんだけど、失礼のお詫びに贈るんだからニーカやジャスミンの分も選ばないと駄目だよね。やっぱりアンティークが良いですか?」
レイの言葉にルークが少し考える。
「そうだなあ。ニーカには同じようなアンティークの小さめの簡単そうなのを見本用に贈ってやれば良いよ。逆にジャスミンは、こっちの大きめの新しいのから、普段に使えそうなのを贈ってやれ。恐らくだけど、彼女は見本用のアンティークなら自分で持ってるだろうからさ。ボナギル伯爵の奥方は、レースには一家言あるお方だから、絶対に彼女が竜騎士隊の本部に来る時にご自分で厳選したアンティークを山ほど持たせてるって」
笑ったルークがそう言いながら指差したのは、新しいレース細工の並んでいる場所で、その中でも大きなカバーなどが畳まれている一角を指差している。
「そうなの?」
不思議そうにしつつも素直に見に行く。
当然のようにブルーのシルフとニコスのシルフ達がその後を追った。
「ああ、確かにボナギル伯爵夫人は、オルベラート産のレース細工に関しては相当お詳しいお方ですからね。知識の無い方が迂闊なアンティークを贈るくらいなら、普段使いにしていただけるこちらのような新しいカバーなどがお勧めですね」
隣で聞いていたクッキーも、同意するように頷いていくつか取り出した。
「それならこの辺りでしょうか。ソファーカバーですが、中々に凝った細工になっておりますよ」
畳んで積み上がる山の中から一枚の大判のレースを取り出した。
クッキーは、真っ白な手袋をしてからそのレースを広げて見せてくれた。
「うわあ、真っ白で綺麗だね」
先程までのアンティークと違って、広げられたレースは真っ白でシミの一つもない。
「これはオルベラートのレース工房の中でも一二を争う人気のフォートリア工房の最新作です。入荷して間もない新作ですので、ボナギル伯爵夫人もご覧になっていない一品です」
「じゃあジャスミンにはこれを贈る事にします。えっとそれなら後はニーカの分だね」
笑顔でそう言うと、一度は手に取り諦めた分を改めて見直し、時々クッキーにも相談しながらニーカの分も選んだ。
「では、これはこちらから女神の神殿の彼女達にお届けしておきます。ジャスミン様の分はいかがしますか?」
殿下のご成婚が終われば、ジャスミンは一旦本部に戻ってくると聞いている。
「ジャスミンの分は、本部に届けてくれるか。じゃあ後はカードだな」
ルークの言葉に、クッキーが頷き選んだレースが下げられる。
それからクッキーが用意してくれていた何枚もの中から、レイは立体に見えるように花の模様が押された綺麗なカードを選んで、それぞれの贈り物に添えるカードを書いた。
サンプラーのレースに添えるカードは、レイとルークの連名でサインをする。
「沢山のお買い上げ、ありがとうございました。また何かありましたらどうぞお気軽にお呼びください」
笑顔のクッキーに見送られて、レイとルークは本部に戻った。
「じゃあ、戻ったら食事だな。その後はお前はアルジェント卿のところだな」
「はい、行ってきます」
嬉しそうにそう言うレイを、ルークは横目で見て彼も笑顔になった。
「そっか、会った事も触った事も無かったか。それならきっと喜ぶだろうな」
小さなその呟きは、レイの耳には届かなかったようだ。
本部に戻ったレイは、カウリとヴィゴと一緒に食堂へ行って山盛りの食事を平らげた。
「相変わらずよく食うなあ」
ペロリと平らげて空っぽになったお皿を見て、カウリは先ほどからずっと笑っている。
「しかも、まだお菓子も取ってくるんだろう?」
「もちろんです。甘いものは別腹と申しましてな」
レイのお気に入りの嘘つき男爵の台詞に、カウリがまた笑う。
「まあ、横に広がらないようにしっかり鍛えてくれ。四十過ぎのおっさんには、その量は絶対無理だな」
カナエ草のお茶以外は果物を少し取ってきただけの大人達を見て、レイは知らん顔で取ってきたミニマフィンを口に入れた。
「それじゃあ行ってきます」
「おう、気をつけてな。どんな話を聞いたか後で教えてくれよな」
「はい、分かりました」
胸を張って答えたレイは、キルートを先頭に合計三人の護衛と一緒に馬車で一の郭のアルジェント卿のお屋敷に向かった。
「せっかく本部から外に出掛けるのに雨で残念だな。この季節なら、ラプトルに乗ってると風が気持ち良いのにね」
馬車の窓から雨の降る外を眺めて残念そうにそう呟く。
レイの日常は、基本的に決まった場所の移動でほぼ完結している。
自分の部屋のある兵舎と竜騎士隊の本部。それから精霊魔法訓練所。それ以外も移動はほぼお城の中だけだ。もちろん、お城の中はとても広いから初めて行く場所もあるが、一の郭のお屋敷を訪ねる事は滅多に無い。
窓から見える、いつもとは違う外の景色を眺めながら、レイは初めて行くアルジェント卿のお屋敷がどんな風なのか、実は密かに楽しみにしていた。
一緒について来ているブルーのシルフとニコスのシルフ達は、そんな彼の肩や頭に座って、楽しそうに一緒に雨の降る窓の外を眺めているのだった。
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