到着と子供達

「もう間も無く到着しますので、雨除けのご準備をお願い致します」

 御者台から聞こえた声に、レイは窓から身を乗り出すようにして外を見た。

 綺麗な樹形の街路樹が並ぶ通りを馬車はゆっくりと進んでいるが、確かにまだ雨はかなり降っているみたいだ。

「外はかなり酷い雨になっておりますので、どうぞこれをお使いください」

 そう言ってキルートが渡してくれたのは、大きなフードのついた雨用のマントだ。

 分厚い生地で出来ていて、水を弾く加工がしてあるのでかなりの雨でも水が中まで染みてくる事は無い。ここへ来て最初の頃に初めてこれを使った時に全く濡れなくて驚き、また不思議に思い聞いてみたのだ。その時に、木の樹液を染み込ませて作るのだと教えられ、これもまたドワーフの技術だと聞いて感心した覚えがある。

「ありがとう。これって本当に濡れないよね」

 嬉しそうにマントを羽織るレイの言葉に、キルートも笑顔になる。

「そうですね。ドワーフの技術とは本当に凄いですね」

 そう言って羽織った彼のマントは、レイのものよりもやや短くてしかも両腕の辺りには切り込みが入っていて裾が前後に分かれている。

「あれ、僕のと形が違うね?」

 興味津々なその様子に、苦笑いしたキルートが自分の羽織ったマントを開いて見せてくれる。

「ええ、そんなところに切り込みがあったら、雨が入って濡れちゃわない?」

 覗き込んだレイが、無邪気な質問をする。

「レイルズ様、今の私の任務は何か分かりますよね?」

「えっとキルートは、今は僕の護衛だよね?」

「はい、正解です。つまりこのマントは、万が一の際にすぐ剣が抜けるようになっているんですよ。レイルズ様のマントで剣を抜こうとすれば、一旦マントの前側を肩に跳ね上げて前を開けて、それから抜く事にになりますよね?」

 キルートがレイのマントの前側を指差して教えてくれる。

 確かに前側の合わせの部分は開く事は開くが、濡れないように深く合わさっている。なので剣を抜けるくらいに前を開けようとしたら、言われたようにマントを肩に大きく跳ね上げてやる必要がある。

「ああ、そっか。キルートのマントだとその一動作が省略出来るんだね」

「その通りです。それはつまり、何かあった時に即座に対応出来る事を意味します。まあ、今のレイルズ様を襲うような者はいないでしょうが、護衛の任務中は警戒を怠る事は致しませんよ」

「そんな風に工夫して守ってくれているんだね。すごいや。僕の知らない事が、まだまだ沢山ある。いつも守ってくれてありがとうございます」

 照れたようにそう言って笑うレイを見て、キルートと他の護衛達も笑顔になった。



 馬車がゆっくりと止まり、外で声がしてから扉がノックされゆっくりと開く。

「お待たせいたしました。どうぞ」

 執事が進み出て声を掛ける。

 馬車から出る時は、護衛の者が先に一人降りる。彼が頷いてくれるのを見てからレイも馬車から降りた。

 雨は相変わらず降っているので、大急ぎでそのまま建物の中へ案内された。

 せっかくだから外からゆっくりアルジェント卿のお屋敷を見てみたかったのだけれど、この雨では無理だろう。少し残念に思いつつ、レイは玄関を入ったところで濡れたマントを脱いで執事に渡した。



「おお、足場の悪い中よく来てくれたな」

 案内された広い応接室で、アルジェント卿が笑顔で出迎えてくれた。

「本日はお招きいただきありがとうございます。またお話を聞かせてください」

 笑顔で握手を交わし勧められてソファーに座る。

 その時、先ほど入ってきた扉の向こうから、子供達の元気な声が聞こえてレイは笑顔になる。

「お爺さま。もうお越しになられたんですか」

 笑顔のマシューとフィリスが駆け込んできて、そのすぐ後をこれも満面の笑みのパスカルが追いかけて飛び込んで来る。

「こら、其方達。行儀の悪い事をするで無い。まずは挨拶が先であろうが」

 年齢を感じさせない大きな声で叱られた子供達が、首を竦めて慌てて並んで直立する。

「失礼しました! ええと、ようこそお越しくださいました」

「僕達、レイルズ様がおいでになるのを朝からずっと待ってました!」

「待ってまちた!」

 最後のパスカルは、ちょっと舌を噛んだみたいで若干発音が変だったが、立ち上がったレイは嬉しそうに少年達と順番に握手を交わした。

「僕も会えて嬉しいよ。今日はよろしくね」

 笑顔で手を叩き合っていると、呆れたような声が聞こえた。

「もう、失礼しないでって言ったのに」

「ねえ、本当ですわ」

 入ってきたのは可愛らしい薄紅色と水色のドレスに身を包んだソフィーとリーンだ。

「雨の中をようこそお越し下しました。お会い出来て光栄です。今日はどうぞよろしくお願いします」

 少年達と違ってすまして大人びた挨拶をする少女達に、レイも笑顔で大人の女性にするように一人ずつ手を取って挨拶をする。

 レイに手を取られて揃って赤くなる孫達を見て、アルジェント卿は嬉しそうに頷いていた。




「まあまあ貴方達、騒がしくしないって約束でしょう?」

 優しい声が聞こえてレイは目を輝かせる。

 そこにいたのは、去年の閲兵式時にお会いしたヴォルクス伯爵夫人のティアンナ様だ。

 けれど、確かあの時は大きなお腹をしておられた筈だが、今のティアンナ様は、ややゆったりとしているものの、お腹が締まった細身のドレスを着ている。

 目を瞬かせたレイは、半ば無意識で手を取って挨拶したものの、その意味を考えて思いついた瞬間、改めてティアンナ様の手を取った。

「あの、えっと、もしかして……」

 レイの言葉に詰まる様子を見て笑った夫人は、優しく彼の手をそっと叩いて頷いてくれた。

「はい、去年の降誕祭のすぐ後に生まれました。元気な男の子です。どうぞ会ってやってください」

 去年の降誕祭の後ということは、生まれてからもう半年になる。

「えっと、それはおめでとうございます。あの、お祝いもしなくて大変失礼しました」

 焦ったレイの言葉にティアンナ様が笑って首を振ってくれる。

「レイルズ様と閲兵式をご一緒させていただいた後、お産の前後は実家のあるアルスターへ戻っておりましたからご存知ないのは当然ですわ。殿下のご成婚に合わせてこちらに戻って参りました」

「そうだったんですね。それであの……」

「あの子は、赤子専用の部屋におります。よろしければお茶の前に顔だけでも見てやってくださいな。散々泣いて、ようやく眠ったところなんです」

「すごく元気なんですよ」

「もう、泣き出したら誰にも止められません」

「どうぞ、こちらですわ」



 笑顔の子供達に手を引かれて、レイは期待に胸を膨らませてついて行った。

 それを見たブルーのシルフとニコスのシルフ達も、嬉しそうに一緒にふわりと飛ぶと、子供達の後に続いて廊下へ出て行った。

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