レース選びと知らない事

「えっと、どうしたらいいんだろう。これ……」

 レースの善し悪しなんてレイにはさっぱり分からない。自分の好きに選べといわれてもどうしたらよいの全く分からず困ってしまった。


『主様はまた私達の事を忘れている』

『いくらでも教えてあげるのにね』

『本当本当』

『まあそう言うてやるな。自分で選ぶつもりのようだからまずはお手並み拝見といこうではないか。後で彼が選んだ品を吟味してやれ』


 笑うニコスのシルフ達の隣に現れたブルーのシルフが苦笑いしながらそう言い、ふわりと飛び上がってレイの右肩に座った。


『かまわぬから其方の好きに選ぶと良い。一通り見たが特に何か問題があるものは無かったからな』

「ブルー、そんなこと言われても、何が良いのかなんて僕にはさっぱり分からないよ」

 眉を寄せるレイを見て、ブルーのシルフはおかしそうに笑った。

『だから大丈夫だと言ったではないか。ここにあるのは、端切れ一つとってもどれも良き品だよ。其方の大切な彼女に贈るのだから、自分で選んでやりなさい』

 まだ眉を寄せているレイに、ブルーのシルフは大きく頷いてやる。

「分かった。じゃあ後でこれで良いどうか見てくれる?」

『もちろんそうしてやるから安心しなさい。では、まずは好きに選んでみるがいい』

 ニコスのシルフ達も現れて一緒に笑って頷いているのを見て、ようやく笑顔になったレイは、山積みになったレースを順番に手に取っていった。



「細い糸は貴重だって言ってたよね。これなんかどうかなあ。あ、でもこれは大きなシミがあるね。あ! こっちの方が模様が細かいね」

 一人でぶつぶつと小さな声で呟きながら、手に取っては戻すのを繰り返している。

「へえ、これも変わった形だね。何の形だろう?」

 しわくちゃになった塊を取り上げたレイは、それを広げて首を傾げた。

 レイの拳よりも少し大きいくらいに見えたそれは、広げてみるとどうやら頭全体を覆って首の下で結ぶ女性が被る日除けの帽子のような形をしていた。

「あれ、だけど帽子にしては小さすぎるよね。それにこんなに透けてたら日除けにならないよね。えっと、帽子じゃないのなら何に使うのかな?」

 手にしたその不思議な形のそれは、シミも無いし大きなほつれや破れも無いとても綺麗な状態だ。

『それは赤子の頭に被せるものだよ。産着と呼ばれるそれの頭の部分だな』

 悩んでいるレイを見兼ねたブルーのシルフがこっそり教えてくれる。

「ええ、赤ん坊の頭ってこんなに小さいの?」

 手にしたそれを見て、レイが驚いたように叫ぶ。

『生まれたばかりの赤子なら、それくらいの大きさだぞ。何だ、知らんのか?』

「僕、自分より年下の子って、ここへ来てから会った子供達だけだよ。実を言うと、赤ちゃんって見た事も触った事も無いんだ」

 その声に、聞こえていたルークとクッキーが揃って振り返る。

「ええ、そうなのか? あ、いえ。失礼しました。そうなんですか? 赤子に会った事も触った事も無い?」

 驚いたクッキーが、いつもの訓練所で話していたみたいな言葉遣いで言ってしまい、我に返って慌てて言い直す。

 隣で聞いていたルークは、小さく吹き出してクッキーの背中を叩いてから、レイに向き直った。

「そっか、村では一番年下だったし、そのあとも、確かに考えてみれば大人達ばかりだものな」

「だから、カウリのところに赤ちゃんが生まれるのがすごく楽しみなんです」

 レイの言葉に、ルークが一瞬慌てたように口を開きかける。

 意味が分からないレイが不思議そうにルークを見ると、苦笑いをしてため息を吐いたルークはクッキーの肩を叩いた。

「聞いた?」

「申し訳ありませんが、はっきりと聞こえてしまいました。聞かなかった事にした方がよろしいですか?」

 大真面目なクッキーの言葉に、ルークが困ったように腕を組んで考え込む。

「ううん、どうなんだろうな。まだ正式な報告はしてないって聞いてるよ。だけど、そろそろ安定期って言うんだっけ? それらしいから、もうそろそろ陛下へも正式な報告をするはずだよ」

「そうなのですね。一切噂は聞こえてきませんから、おそらく白の塔のお方から箝口令が敷かれているのでしょう。かしこまりました。正式な発表があるまでは私も知らぬ振りを致しますよ」

「申し訳ない」

「いえ、こればかりはかなりデリケートな話題ですからね。周りが無闇に騒ぎ立てて万一の事があった場合に、そんなつもりでは無かったではすみませんので」

「感謝するよ。さすがだな」

 顔を見合わせて笑い合うルークとクッキーを見て、レイは困ったようにブルーのシルフを見た。

「ねえ、今の会話の主語って……」

『何だと思う?』

 面白がるようなブルーのシルフの言葉に、少し考えてルーク達を振り返った。

「今の会話の主語は、僕が言った、カウリのところに生まれる赤ちゃん……ですよね?」

 苦笑いした二人が頷くのを見てまた考える。

「正式な報告ってのは、陛下への報告ですか?」

 また揃って頷く。二人はもう笑いを堪えるのに必死だが、レイはそれに気付いていない。

「どうしておめでたい事なのに、カウリはまだ陛下に報告していないんですか? それにさっきのその、万が一の事が会った場合って、どう言う意味ですか?」

 この場合、それは何か良くない事がある場合を指すのだが、今の話で良くない事って何なのかが分からない。

 顔を見合わせたルークとクッキーは揃ってため息を吐いた。

「なあちょっと聞くけど、お前赤ちゃんがどうやって生まれてくるか知ってるか?」

 唐突に真っ赤になるレイを見て、ルークが堪える間も無く吹き出す。

「待て待て、その後だよ。つまりお母さんのお腹の中にいる妊娠している間とかさ」

 何となくは知っているが、当然に妊婦が身近にいた事など皆無なので、全く知らないと言ってもいいだろう。妊婦さんは大事にしなければならない、くらいだ。

 困ったように首を振るレイを見て、ルークが腕を組んで考える。

「この辺りも教育しておくべきだな。あ、だけど……」

 何か思い付いたらしく満足そうに頷いたルークは、レイの横に来て彼の背中を叩いた。

「まあこれも後で詳しく教えてやるよ。今日のところは午後からの予定が入ってるんだから、とにかく選べ。今の話も、本部に戻ってからゆっくり時間のある時に教えてやるよ」

「わかりました。お願いします」

 これもまた後で教えてくれると分かり、笑った二人がレース選びに戻るのを見てレイも自分のレース選びに戻った。




「じゃあこの帽子は可愛いから候補にしようっと。あ、この花みたいな形も可愛いね。この丸い形も綺麗、葉っぱの模様がすごく細かい網目だよ」

 その後、時々ブルーのシルフやニコスのシルフに教えてもらいながら、適当に選んだものの中からまた選び直し、最終的に全部で大小合わせて三十枚ほどの見事なレースを選ぶ事が出来た。そのうちの十枚程は、極細の糸が千切れた端切れだ。



「えっと、ここまでは選べました。どうですか?」

 自信なさげにそう言われてレイが選んだレースが置いてある場所に行ったルークとクッキーは、どれも捨てがたい見事な品ばかりが並ぶ机の上を見て、揃って感心したような声をあげた。



 ブルーのシルフとニコスのシルフ達は、満足気に揃って頷き、二人から目利きだと褒めてもらうレイを愛おし気に見つめているのだった。

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