二人の苦労

「はああ。なあ、こんな感じで良いかと思うんだけど、どうだ?」

「どれどれ……ううん、多分最初はこれくらいで良いと思うけどなあ。正直言って俺にもよく分からないよ。もうこの際だから、ケレス学院長に本気で相談に乗ってもらおうぜ」

 その日早めの朝食を食べた後、マークとキムの二人は彼ら専用に指定された小会議室で、真剣な顔で何枚もの書類の束を手に、先ほどからずっと相談を続けていた。



 これらは、とにかく昨日一日中ここに篭って、必死になって一気に書き上げた書類だ。

 それにはこれからの講習の仮の日程表と、実際の講習で、まずはどんな内容から話し始めるかを思いつく限り書き出してある程度まとめたものだ。

 しかし、当然だが講習会で教えられる事はあっても自分が教える側に立ったことなど一度も無い二人にとって、講習の日程に始まり、講習の内容を一から全部自分達だけで決めて原稿を書くなんて、あまりにも難し過ぎる無理難題の高等技術だった。

 なので、まずは教えの専門家である訓練所に助けを求めるのが一番良いと、二人の間では意見の一致を見ていた。

 彼らとしては、ケレス学院長と教授達にも協力いただいて、まずは人に教えるという事を自分達が出来るようになるのが最初だと思っている。

 それが出来るようになった時点でダスティン少佐やディアーノ少佐に相談して、講習会に参加させる兵士達の人選をお願いするつもりなのだ。

 合成魔法に関しては、個人の適性が大きく関係する事は分かっているが、実際のところ第四部隊の兵士は全員が二人から話を聞きたがっている状態なので、講習会をするからと参加希望者を募ったら、間違いなく全員が希望するであろう大変な事態になるのは簡単に予想がついた。

 幾ら何でも全員同時に講習会は出来ないので、最初のうちはある程度の人員の選択は必須であろうと思われた。

 しかし肝心の講習会に参加する人を先着順で決めるわけにはいかない。しかしそれが駄目ならどうやって参加者を選べば良いのか二人にはさっぱりわからない。

 なので、ここは上司の方々にご協力願って、ある程度参加者を決めてもらおうと考えているのだ。



「だな、じゃあ今日はせっかくの訓練所だけど、自習室へ行く時間は無いかもな」

「ううん。多分クラウディア達も今日は来るだろうから、出来れば彼女達からも意見を聞きたい。あ、良いじゃないか。自習室へ行く口実が出来たぞ。この草案をレイルズだけじゃなく彼女達にも見てもらって意見を貰おう。彼女達も研究室の参加予定になっていたものな」

 残念そうなマークの言葉にキムも頷いていたが、ふと思いついて手を挙げてマークを振り返った。

「ああ、確かにそうだな。じゃあ午前中は自習室で皆から意見を貰って、もう一度まとめたものを午後からケレス学院長に見て貰えば良いな。その上で今日の授業予定の教授達にも見てもらって、講習会に関する相談に乗ってもらおう」

 キムの提案に、マークは大きく頷いた。

「だな、じゃあそれでいこう。はあ……それにしても気が重いよ。まだ自分でも完全に理解したとは言えない合成魔法を、殆どが俺達より年上の先輩兵士達に講習しなくちゃいけないんだからな」

「言うな。俺だってこれからの事を考えただけで胃が痛くなるよ。今俺が倒れたら、間違いなく精神的な疲労が原因だからな」

 キムが胸を押さえて倒れる振りをする。

「倒れる時は、一緒だからな!」

「そんな器用な事が出来るかよ!」

 腕に縋るマークの悲鳴にキムが言い返して、二人は顔を見合わせて揃って大きなため息を吐いたのだった。

 どう考えても、突然背負わされたこの新たな任務は、自分達如きには重すぎるし大きすぎると思う。

 しかし、二人にはこれは自分達がしなければならない事だと分かっている以上、拒否するという選択肢は最初から存在しない。

「結局、腹括って進めるしかないんだよな」

「だな、昨夜話したけど、俺達はもうこうなったら運命共同体だ。覚悟して一生掛けてでも進めるつもりで頑張ろうぜ」

「だな。これからも改めてよろしくな」

 キムの言葉にマークも大きく頷き、二人は互いの拳をぶつけ合った。

「それじゃあ訓練所へ行こうか。皆に会えると良いな」

「おう、それじゃあ行こう」

 散らかしていた書類を集めて束ねて鞄に突っ込んだ二人は、忘れ物が無い事を確認してから会議室を後にしたのだった。




「じゃあ、いってきます!」

 いつもの鞄を持ったレイは、見送ってくれたラスティに手を振ってカウリと一緒にラプトルに乗って精霊魔法訓練所へ向かった。もちろん、キルートを先頭にいつもの護衛の兵士も一緒だ。

「考えてみたら、訓練所へ行くのって久し振りだな」

 隣に並んだカウリも嬉しそうにそう言って笑っている。

「朝練には来ていなかったんだけど、マークとキムは来るかな?」

「どうだろうな。逆に来ていても自習室には顔を出す暇は無いかもな」

 カウリの言葉にレイは不思議そうに首を傾げる。

「ええ、それってどういう意味ですか?」

「あいつらの新しい任務の話、聞いてるだろ? 例の合成魔法をこれから一般兵士達にも理解させて、実践出来る兵士を選抜して、将来的には実働部隊の発足までもっていくんだぞ。考えただけでも気が遠くなりそうだって」

 離宮で毎日のように好きなだけ研究して話をしたが、確かにそんな事を言っていた。

 だけどレイはそれほど難しく考えていなかったのだが、確かに言われてみれば大変な事だらけに思えた。

「確かにそうだね。僕にも何か手伝えるかな?」

 真剣に考えるレイを、カウリは面白そうに横目で見ている。

「西の離宮と瑠璃の館に定期的に招待してやるんだな。それだけでも充分過ぎるくらいの協力になるって」

 その言葉にレイは目を輝かせる。

「確かにそうだね、じゃあ今日会えたら言っておこうっと。いつでも本が必要なときには言ってねって」

「良いんじゃないか。ただ向こうから言ってくるのを待ってたら、あいつらなら遠慮して言わなさそうだからさ。月に一回か二回程度で良いから、定期的に勉強会をするって名目で呼んでやれ。そうすれば俺達だって乱入しやすいからな」

「最後の言葉に若干不安があるけど、確かにそうだね。じゃあその辺も彼らと相談して予定を決めます。あ、だけど僕の先の予定が分からないよ?」

 困ったようなレイの言葉に、カウリは笑って首を振った。

「そんなの、予定なんて早いもの勝ちなんだから好きに予定を入れれば良いよ。閲兵式や竜の面会みたいに、絶対に動かせない予定以外はどうとでもなるって。最悪でも夜会や食事会なら他の奴らに代理で出て貰えば良いんだからさ。この合成魔法に関する研究は最優先事項だって皇王様から直々に命令されてるんだから、これ以上ない大義名分だよ」

「そうなんだね。じゃあ相談して予定を決めてルークに言えば良い?」

「おう、それで良いぞ。もしも駄目な日があれば言ってくれるから、もしそんな日があれば改めて彼らに相談すれば良いだろう? これを日程の調整って言うんだ。これから先、ずっとする事なんだから、訓練だと思ってまずはやってみるこった」

 笑ったカウリにそう言われて、レイは笑顔で頷いた。

 まだまだ自分で出来る事は少ないけれど、彼らの担う事になった重責の一部でも、自分が助けてあげられるなら嬉しいと素直に思えた。

 そんなレイの肩には、話を黙って聞いていたブルーのシルフが座っていて、満足そうにレイの頬にそっとキスを贈っていたのだった。

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