久し振りの訓練所にて
久し振りの精霊魔法訓練所に到着したレイは、受付横でカウリと別れると、いつもの自習室を借りて鞄を中に置いてから、自分の参考書を探しに図書館へ向かった。
何冊もの本を抱えて廊下に出たところで、丁度到着したばかりの二人に出くわした。
「おはよう。朝練で会えなかったから今日は来ないかと思って心配してたんだよ」
笑顔のその言葉に笑ってレイの背中を叩いた二人は、手分けして本を持って一緒に自習室へ戻る。
「そこでクラウディアとニーカ、それからジャスミンにも会ったよ。今日は久し振りに全員集合だな」
鞄を下ろしたマークとキムは、いつもならそのまま自分の参考書を探しに行くのだが、何故だか今日はそのまま席に座った。
「あれ? 参考書を探しに行かないの?」
取ってきた自分の本を横に置いて、鞄からノートと筆記用具を取り出しながらレイが不思議そうに二人を見ている。
「ああ、ちょっと相談したい事があってさ。あっ、レイルズは今日は予習が必要だよな?」
考えてみたら、レイルズやクラウディア達は、ここでは殆ど午後からの授業の予習をしている。それなのにマーク達の都合で話を聞かせてもらう時間にしてしまったら、自分の授業の予習が出来ないのは困るだろう。
密かに慌てていると、レイは本を横に避けて机の上に取り出した書類の束に手を伸ばした。
「ちゃんと予習はして来ているから大丈夫だよ。それでこれは何の書類なの?」
竜騎士隊の本部の事務所でならよく見るような書類だが、ここでは初めて見る。
何が書かれているのかと思って手に取り目を通し始めてすぐに気がついた。
「ねえ、これってもしかして!」
「あ、ああ。離宮でも話したけど、俺達二人、これから軍内部で第四部隊の兵士達を相手に合成魔法について教えないといけないんだよ。だけど、そもそも人に一から教えるなんてやった事すら無くて、どうしたら良いか分からなくてさ。昨日一日がかりでとにかく思いつくままにひたすら文字に書き起こしたんだよ」
「それで、何でも良いからレイルズやクラウディア達の意見を聞きたくて持って来たんだ」
キムの説明を、マークが後から補完する。
レイが口を開こうとしたその時、ノックの音がしてクラウディア達が顔を出した。
「おはようございます。久し振りね。それで私達に何を聞きたいの?」
一番先に部屋に入って来たニーカが、不思議そうにマークを見ながら首を傾げる。
「おはよう。あのね。凄いんだよ!」
ティア妃殿下の担当になり、花祭りが終わってから一度しか訓練所に来ていない彼女達に、レイは嬉々としてオリヴェル王子殿下の歓迎式典での彼らの活躍と昇進、そして新たに彼らに与えられた任務について早口で説明した。
「まあ、それは素晴らしいですわ。私に出来る事なら、何でもお手伝いしますわ」
ジャスミンは目を輝かせてそう言っているし、クラウディアとニーカも嬉しそうに目を輝かせて二人を見ている。
「お手伝い出来るかどうかは分からないけど、私達に分かる事でしたら何でも協力します。見せてもらいますね」
クラウディアの言葉にマークとキムも笑顔になる。
彼女はそう言って、真剣に書類を読んでいるレイの隣に座った。そして彼が読み終えた書類を手にして読み始めた。
「その離宮での勉強会の話はスマイリーから聞いてたけど、改めて聞くと二人共本当にすごいと思うわ。頑張ってね。私に手伝える事があれば、遠慮せずにいつでも言ってね。あ、スマイリーもすごく勉強になったって喜んでいたから、また離宮で勉強会をする時は呼んで欲しいって言ってたわよ。それから昇進おめでとう。何かお祝いをしなきゃね」
ニーカの言葉に、ジャスミンだけでなく書類を読んでいたクラウディアも笑顔で頷く。
「いやいや、それは気持ちだけで充分だって。それより、二人もよかったら読んでみてくれるか。聞きたいのは、こんな感じの講習内容だけで、合成魔法の基礎が理解出来るかって事なんだよ。それ以外でも、教える内容や順番なんかで気付いた事があれば頼むから何でも言ってくれ」
必死のマークの言葉に顔を見合わせたニーカとジャスミンは、クラウディアが読み終えた書類を二人で左右から一緒に持って読み始めた。
しばらく誰も口を聞かず、沈黙が部屋を覆った。
マークとキムの二人は居心地の悪い思いをしつつも、今日学院長や教授達に聞きたい事をノートにまとめたりしていた。
「ふう、読み終わったよ」
レイが深呼吸をして持っていた書類をクラウディアに渡す。横から彼女も一緒に読んでいたので、簡単に目を通してジャスミンに手渡した。
受け取った最後の一枚を二人が読む間、レイとクラウディアは黙って真剣に考え込んでいる。
「読み終わったわ」
ニーカの声に、マークとキムは書いていた手を止めて顔を上げた。
「どうだった? 遠慮はいらないから、何でも言ってくれ」
「えっと、僕は離宮でも話したけど教えたい事の大筋はこれで良いと思うね。まずは基礎を理解してもらわないと話にならないしね。だから、この構築式の共通の部分を省くとかってのを詳しく説明するのは重要だと思う。僕達だって、最初はそれさえも分からなかったものね。だけど、この後にいきなり魔法陣の展開に飛んじゃうのはちょっと乱暴だと思うな」
「ああ、それは私も思いました。構築式や魔法陣の展開って、人によって組み立て方に微妙な違いや癖があったりします。なので、出来れば別部門とか別項目みたいにして、分けて別々に教えるべきではないでしょうか? この二つの話を同時進行で教えたら、絶対に混乱して混ざる人が出ると思います」
ジャスミンの言葉に、構築式や魔法陣の展開はすっかり平気になったマーク達が目を見開く。
「確かにそうね。特に魔法陣の展開は全員が得意って訳じゃあないだろうから、この辺りで個人間で理解に差が出そうね」
ニーカもジャスミンの言葉に納得したように頷いている。
他にもいくつも指摘され、二人は必死になって取り出したノートに言われた事を書き出していったのだった。
「そっか。どうしても自分達の知識を元に考えちゃうから、苦手な人の事を忘れがちになるんだよな」
「確かにそうだな。じゃあ分けて教えるか。だけど構築式の展開が出来ないとそもそも魔法陣の展開に移れないぞ?」
「そこは教授に相談だな。どんな順番に教えるのが良いか、具体例を挙げて詳しく話を聞こう」
キムがノートを閉じて天井を向き大きなため息を吐いた。
「はああ。もう、考えれば考えるほど気が遠くなりそうだよ。本当に俺達に出来るかな」
「言うな。もう腹括るしかないんだからさ」
始まる前から既に疲れ切っている様子の二人に周りには、何人ものシルフ達が現れて、髪や襟を引っ張ったり頬にキスしたりし始めた。
「あはは、慰めてくれるのか。ありがとうな」
マークの言葉に、皆も笑顔になった。
「大丈夫だよ。絶対出来るって。マークとキムは、僕の自慢の友達だよ」
真剣な顔で断言するレイの言葉に、二人は揃って耳まで真っ赤になり、自習室は笑いに包まれるのだった。
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