宣誓と誓いのキス
「精霊王の御前にて、新たなる道を進みさらなる高みへ登るこの者達に祝福を」
広い礼拝堂に、大僧正の声が響き渡る。
しばしの沈黙の後、胸を張って大きく頷いた大僧正は手にしたミスリルの杖を軽く頭を下げた二人の頭上で右から左にゆっくりと振った。軽やかなミスリルの鈴の音が響く。
その声に、竜騎士達が座っているのと反対側の椅子に座っていたディレント公爵夫妻ともう一組、夜会で挨拶をした覚えのあるオルベラートのアラステア公爵夫妻が揃って立ち上がって前に進み出て、二人の左右に少し下がった位置で並んで立った。
これはグラントリーから、ご成婚に関する説明を受けた際に聞いた覚えがある。
カウリの時には、ディレント侯爵夫妻が見届け人を務めてくれたが、
皇族のご成婚の際には、二組の見届け人が必要なのだ。
特に、国同士の婚姻となる今回の場合、見届け人は、伝統として両国の公爵夫妻が務めることになっている。
「精霊王に感謝と祝福を」
大僧正の言葉に、参列者達が一斉に唱和する。
「精霊王に感謝と祝福を」
レイも、大きな声で唱和した。
それに続いて、宮廷楽士達がまた別の曲を演奏し始めた。
左右に並んでいたミスリルの鈴を持った神官達がその伴奏に合わせて精霊王に捧げる歌を歌い始める。参列者達も一緒になって歌った。
子供達も一緒になって歌いながら、持っていたミスリルの鈴をゆっくりと打ち鳴らしていた。
歌が終わって堂内が静かになる。
改めてミスリル鈴を打ち鳴らした大僧正が口を開く。
「アルス・リード・ドラゴニア。
「誓います」
静かなアルス皇子の声が響く。
「ティア・ナールディア・ドラーゲン。
「誓います」
少しかすれた、震えるような声でティア姫様が答える。
「ここに、アルス・リード・ドラゴニアと、ティア・ナールディア・ドラーゲン両名が精霊王の御前にて、これからの人生を共に歩むことを約束致しました。我ら一同これを見届けました事をご報告申し上げます。精霊王に栄えあれ」
両公爵夫妻の声が揃い、見届けた事を宣言する。
「精霊王に感謝と祝福を。そして栄えあれ」
アルス皇子とティア姫様の言葉が重なる。
一瞬静まりかえった礼拝堂は、次の瞬間大きな拍手に包まれた。
拍手が収まった後、二人の子供がふた振りの短剣を捧げ持って入って来た。
それは、ヴォルクス伯爵家のマシューとソフィアナの二人だ。
軍人が結婚式を行う際に誓いの言葉と共に交換される守り刀だが、これを運ぶ役は男女の子供が担当することになっていて、それもできるだけ年が近い男女の兄弟が良いとされている。
今のオルダムにいる貴族達の中で、子供がいる家は多いが、男女の双子がいるのはヴォルクス伯爵家だけだ。
その為、二人にこの大役が回って来たのだ。
二人は緊張のあまり、ややぎこちない足取りでゆっくりと並んで進んで来る。
突然の二人の登場に驚いてそれを見ているレイの方も、もう息が止まりそうなくらいに緊張していた。
ようやく祭壇の前に到着した二人の手から、それぞれに見事なルビーのついた短剣を受け取る。
一礼して下がった二人に、小さな拍手が贈られた。
短剣を受け取ったアルス皇子とティア姫様は、それを片手に持って向かい合い、互いに向かってその短剣の柄の部分を相手に向かって差し出した。
「我、ここに宣誓する。今よりこの命は我一人のものではなく、互いが半分ずつを持ち合い、守り、慈しみ、この生涯をかけて守り育てる事を誓います」
声を揃えて二人がそう宣言する。
それからアルス皇子が、以前カウリがしたようにティア姫様の胸元にそっとその短剣を差し込んだ。レースの合間に、その為の場所がちゃんと作られてあるのだ。
軽く膝を折ったティア姫様が差し出す短剣を。アルス皇子が受け取り剣帯に装着した。
二人のする事を見ていたレイは、この後に何があるのか思い出して一人で赤くなっていた。
それに気付いた両隣のカウリとルークが小さく吹き出す。
「お前、何を赤くなってるんだよ」
笑ったカウリに脇腹を突っつかれて、危うく声を上げそうになって慌てて口を塞ぐ。
咄嗟に軽く咳き込んで誤魔化し、カウリの脇腹を肘で思いっきり突き返しておいた。
祭壇の前で向かい合った二人は、互いを見つめ合ったまま黙っている。
「では、ヴェールを上げて精霊王の御前で誓いのキスを」
大僧正の声に、アルス皇子がゆっくりとヴェールの端を持ってそっと上げていく。
ようやく見えるようになったティア姫様の小さな横顔に、あちこちから感嘆のため息が聞こえた。
小柄なティア姫様の横顔は鼻筋が通っていて、まるで女神の神殿にある彫像のようだ。
あまりにも整いすぎていて現実に生きている方なのか疑いそうになるくらいだった。
髪と同じ、煌めくような銀色の長い睫毛が瞬く。
アルス皇子を見上げるように顔を上げた彼女に、皇子はそっと顔を寄せて啄むような優しいキスを贈った。
祭壇の周りや二人の頭上では、集まって来たシルフ達がうるさいくらいに大はしゃぎして騒ぎ回っている。
あちこちで手を取り合い、ミスリルの鈴が鳴らされる度に、一緒になって手を叩き合っているのだった。
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