ご成婚の終了と中庭の人々

 いつの間にか、最初に祭壇に灯された蝋燭は、もう今にも消えそうな程に小さくなっている。

 拍手に包まれた二人を見て感動していたレイは、自分の役目を思い出して慌てて立ち上がろうとした。

「ああ、そうだな。もうそろそろ行かないとな」

 それを見たカウリも、そう言って静かに立ち上がる。

 二人は顔を見合わせて小さく頷くと、丁度こちらに迎えに来るところだった執事と合流して足早に壁際を伝って外へ出て行った。



 中庭には、すでに大勢の兵士達や神殿の関係者達が整列していて、お二人が出てこられるのを今か今かと待っていた。

 レイとカウリが大扉ではなくその横にある小さな通用口から外に出ると、子供達が一斉に二人に駆け寄って来た。

「マシュー、ソフィアナも、すごく立派だったよ」

 目を輝かせて駆け寄って来る子供達の中に、守り刀を運ぶと言う大役を果たした二人を見つけて、レイは笑顔で駆け寄った。

「はい、がんばりました!」

 見事に二人の声が揃う。

 周りの子供達も大喜びではしゃぎ回っている。

「ほら、はしゃいでないで並べ。間も無く殿下と妃殿下が出てこられるぞ」

 カウリの言葉に、元気に返事をした子供達が一斉に扉の左右に分かれて並ぶ。それを見たレイとカウリも、左右に分かれて子供達の先頭に並んだ。

 執事が用意してあった花びらの入った籠を順番に渡していく。

「俺の時も、こんな風にしてくれていたんだな」

 照れたようにそう言ったカウリが、花びらの入った籠を受け取りながらレイを見て笑う。

「すごく楽しかったよ。シルフ達が大はしゃぎだったからね」

「そうだったな。中での式の間も大騒ぎしてたからなあ」

「さっきも、祭壇の周りで大騒ぎだったね」

 その光景を思い出して二人揃って小さく吹き出す。

「確かに。だけど、妃殿下のヴェールを一切揺らさないのはさすがだと思ったな」

 カウリの言葉に、レイも同じ事を思っていたので一緒になって頷いていた。

「そうなんですか?」

 隣にいた、ライナーとハーネインが目を輝かせて二人を見上げている。その周りの子供達も興味津々で二人を見上げていた。

「ああ、殿下の事はシルフ達も大好きだからな。妃殿下も精霊魔法はお使いになれないけど、精霊達とは仲が良いと聞いてるからね。そのお二人の結婚式なんだから、そりゃあ大喜びもするさ」

 カウリの説明に子供達も笑顔になる。

「そろそろお時間となります」

 告げられた執事の言葉にレイは慌てて居住まいを正した。カウリも背筋を伸ばして扉を向く。

 それを見た子供達も一斉に背筋を伸ばして籠を持ち直した。

 閉じられていた大きな扉がゆっくりと開かれるのを、レイは子供達と一緒になって息を飲んで見つめていた。






「もう間も無く式が終了する。お二人が中庭に出てこられたら最敬礼でお出迎えしろ!」

 少佐の言葉に、並んでいた兵士達が一斉に直立する。

 第一級礼装に身を包んだマークとキムも、列の真ん中あたりで整列して閉じたままの扉を見つめていた。

 その時、大扉の横にある通用口が開き、執事と一緒に見覚えのある赤い制服姿の二人が出てくるのが見えた。

「レイルズ様とカウリ様が出て来られたという事は、もう式は終了の時間だな」

 キムの呟きにマークも頷きつつ、貴族の子供達と笑顔で話をしているレイを見ていた。あそこにいる子供達だって、貴族の中でもおそらくは公爵様や伯爵様など、いわば国の中枢に関わるような特別な立場の方の子供や孫なのだろう。

 その子供達と、当然のように笑顔で接するレイルズを見て、マークは離宮での時間が夢のように遠くなるのを感じていた。



 離宮でのレイルズは、訓練所と同じで可愛い弟みたいなものだと思う。だけどああしているのを見ると、彼と自分の立場の違いが鮮明になる。

 例えどれだけ精霊魔法の腕前が評価されようとも、マークやキムは、あくまでもそれなりに優秀な一兵卒に過ぎない。

 唯一無二の竜の主である彼とは、そもそも立っている立場が違うのだ。

「ううん、クラウディアがいつも言っている気持ちが、ちょっと分かった気がするな。確かに、これは色々考えるよ」

 小さくそう呟いたマークは、気分を変えるように大きく深呼吸をして背筋を伸ばした。

 ゆっくりと大扉が開かれるのが見えたからだ。






「ほら、もっと前に行きなさい」

 同僚の巫女達にそう言われて、ティア姫様担当になっていたクラウディア達六名の巫女は、女神の神殿の関係者の中でも最前列に並んで扉が開くのを待っていた。

 それぞれの胸元には守り刀が差し込まれているし、二位以上の巫女達は皆正装の為の豪華な刺繍の入った肩掛けをしている。

 クラウディアも、大切にしている大先輩の僧侶から譲り受けて、最後は自分で仕上げたあの肩掛けを身につけている。

「私の肩掛けを作る時には手伝ってね」

 ニーカの言葉に、クラウディアは首を傾げた。

「もちろん喜んで。でも、貴女は成人すれば彼女と同じになるんだから、巫女の肩掛けは使わないのではなくて?」

 クラウディアはそう言って、ニーカの隣にいるジャスミンを見た。

 ここは神殿内部や竜騎士隊の本部と違って、周りに多くの耳目がある。なので、二人の名前は極力呼ばない事が今の巫女達の間では暗黙の了解になっているのだ。



 その言葉に、ニーカとジャスミンは困ったように顔を見合わせた。



 今、ジャスミンが着ているのは見習い巫女の制服で、これはあくまで神殿内部での様々な事を覚える為に一時的に見習い扱いとしているだけであって、正式な見習い巫女として神殿に務めているわけでは無い。

 今の所、竜騎士隊と神殿側とで協議した結果、ジャスミンに神殿内部での正式な身分は与えないと言う事が決まっている。となると、将来同じく竜司祭となることが決まっているニーカも、もしかしたらこれ以上の身分は取らせないのではないか、と、他の巫女達は考えているのだ。

「どうなのかしらね。でも、その肩掛けはとても綺麗で憧れていたもの。今なら少しは自分でも作れると思うから、やってみようかな」

「素敵ね。あ、それなら使うかどうかは別にして、二人が正式に身分を授けられた暁には、巫女一同から肩掛けを贈らせてもらうのはどうかしら。これは、身分を表すだけじゃなく。魔除けや邪を払う意味のある文様が多くあるもの。身分を表す文様を抜いて、邪を払う魔除けの文様だけで作れば良いでしょう? きっと貴女達を守ってくれるわ」

 その言葉に、周りにいた巫女達も目を輝かせる。

「素敵な提案ね。その時は是非とも参加させてちょうだい」

 リモーネの言葉に、その場にいたほぼ全員が手を上げる。

 揃って笑顔になったその時、大扉がゆっくりと音を立てて開き始め、慌てて巫女達は口をつぐんで背筋を伸ばしたのだった。

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