さあ戻ろう
『おはようおはよう』
『起きて起きて』
『朝ですよ〜!』
『起きなさ〜い!』
翌朝、ベッドの上でくっ付き合うようにして熟睡していた三人は、元気なシルフ達に起こされて眠い目を擦りつつそれぞれにベッドから起き上がった。
とはいえ、一番寝起きの悪いキムは、座ったまままだ眠っている状態だ。
目覚めの良いマークとレイは笑ってキムの襟足を両側から擽ると、キムは呻き声を上げてそのままベッドに倒れ込む。
「お願い、後半刻……」
「駄目だよ〜起きなさ〜い」
覆いかぶさるようにして、レイがキムを揺する。
「そうだそうだ、起きろ〜!」
笑ったマークも、横から手を出してキムの脇腹を指先で突っついた。
「うわあ、そこはやめてくれって!」
飛び上がったキムが、勢いよく腹筋だけで上半身を起こす。
直後に鈍い音がして、レイルズが勢いよく後ろ向きに吹っ飛んだ。
「キム……待って。何なの、その石頭……」
倒れたまま、額の生え際の辺りを押さえて呻くようにそう言ったレイの言葉に、マークは勢いよく吹き出した。
キムは、レイと同じく額を押さえて声も出せずに悶絶していたが、レイの言葉に倒れたままでこちらも吹き出したのだった。
「貴方達は、実は本当は頭突きが趣味なんでしょう? 怒らないから正直に白状なさい」
またしても朝から駆けつけてくれたハン先生に呆れたようにそう言われて、ベッドに並んで寝転がっているレイとキムは、揃って抗議の声を上げた。
レイの頭は、やや熱を持っているもののぶつかった部分が髪の毛の中だった事もあり、布を当てて冷やしているだけで湿布は貼られていない。
キムの方は、レイの頭とまともに額を打ち付けたため大きなタンコブが出来ている。ハン先生が湿布の用意をしてくれていて、今は額を覆うように布を当てて冷やしている。
どちらの布の上にも、ウィンディーネ達が笑いながら大勢集まってきてくれて、せっせと作り出した氷で患部を冷やしてくれている真っ最中だ。
「いやあ、最後の最後に自ら当たりに行くとはいい度胸だ。しかもまさかのキムもレイルズに負けず劣らずの石頭だったとはね。これから先、俺の大事な頭蓋骨を二人に壊されないように注意しないとな」
一人平然とすっかり身支度を整えたマークは、椅子に座ってさっきからずっとそう言いながら笑っている。
『おはようルークです』
『もう皆起きているかい?』
その時、机の上に何人ものシルフ達が現れて並んで座った。これは上位の伝言のシルフ達だ。
「おはようございます。マークです。ええと、レイルズは今、ちょっと取り込んでおります」
『朝からハン先生がそっちへ行ったと聞いてね』
『今度は何をやらかしたんだい?』
笑ったルークの言葉を伝言のシルフ達が伝えてくれる。
「おはようございます。えっとね、朝からキムに石頭攻撃されました」
横になったままのレイの返事に、ルークが吹き出す様子までシルフ達は律儀に再現してくれる。
『まさかのキムからの攻撃かよ』
「しかも、レイルズに負けないくらいの硬さだったらしいですよ」
横から答えたマークの言葉に笑い崩れるルークのシルフを見て、三人とハン先生もこらえきれずに大笑いになるのだった。
『じゃあもしかして額に大きな湿布だったりするのか?』
「残念でした。僕は髪のある部分だったから湿布は無しだよ」
笑ったルークの質問に、何故かレイルズが得意げに胸を張って答える。
『何だよ殿下のご成婚に湿布付きで参加するのかと思ったのに』
その言葉に、レイは悲鳴を上げてキムに抱きついた。
「ありがとうキム。ちゃんと額は避けて当たってくれたんだよね」
「そんなの……狙ってやれるもんなら、絶対、俺は、お前の、額のど真ん中に、ぶち当ててるぞ」
額の布を押さえたまま呻くように答えたキムの言葉に、堪えきれずに二人揃って吹き出し、またしても全員揃って大爆笑になるのだった。
『まあ大事なくてよかったよ』
『それで今日の予定を伝えておくよ』
その言葉に、手をついてゆっくりとレイが起き上がる。
もう頭のぶつけた部分の腫れも痛みも、頑張って冷やしてくれたウィンディーネ達のおかげでほぼ無くなっている。
『朝食はそっちで食べてくれていいよ』
『十点鐘の鐘までに本部に戻って来ておくれ』
『そのまま第一級礼装に着替えてもらう』
『全員揃って精霊王の別館へ行くからな』
『詳しい事はその時に説明するよ』
「了解です。じゃあ朝食を食べたら早めに戻ります」
真剣な顔で頷くレイを、マークとようやく起き上がったキムは二人揃って黙って見つめていた。
ここから先はもう、竜騎士見習いである彼の仕事であり、マークとキムには立ち入る事の出来ない領域だ。
「そう言えば俺達って、殿下のご成婚の際には参加しなくて良いのかな?」
マークが心配そうにそう呟く。
「恐らくだけど、式が終わって中庭にお出になる際に俺達一般兵も整列して剣を捧げるか、或いは直立して敬礼するか程度だと思うぞ。戻ったら少佐が何か言ってくれるんじゃないか?」
「だな、じゃあ俺達も食事をしたら早めに戻ろう」
頷き合った三人は、手を振るルークの伝言をシルフ達を見送ってから交代で顔を洗い、寝癖を直して身支度を整えた。
離宮での最後の朝食は、自由に食べられるように様々な料理が並んでいて、三人は大喜びで最後の自由で豪華な食事を堪能したのだった。
「大変お世話になりました。あの、本当に勉強になりました。またここに来ることがあればよろしくお願いします」
「お世話になりました。部屋を散らかしっぱなしにしたりして申し訳ありませんでした。食事、どれもとても美味しかったです。それに本当に勉強になりました。またここに来ることがあればどうかよろしくお願いします!」
見送りに出てきてくれた執事さん達に、マークとキムは揃って直立して敬礼をして感謝の言葉を伝えた。
「ありがとうございました!」
そして最後は、レイルズも参加して三人揃ってお礼を言って深々と頭を下げたのだった。
「とんでもございません、どうぞご遠慮なくいつでもお越しください。我々一同、お越しを心よりお待ち致しております」
一番お世話になった執事さんが笑顔でそう言ってくれ、マークとキムは密かに感動していたのだった。
「えっと、クロサイトはどうすれば良いのかな?」
ラプトルの手綱を受け取りながら、庭で並んで自分を見ているブルーとクロサイトを振り返る。
「クロサイトは、我の使いのシルフが一緒に行って竜舎へ戻らせる故、心配は要らぬ」
「そうなんだね。それじゃあよろしくね」
手綱をマークに一旦渡して、レイは庭にいるブルーのところへ駆けて行った。
「ずっと一緒で楽しかったよ。またお勉強会やろうね」
「ふむ、我も楽しかったぞ。是非またやろう。では戻りなさい。そろそろ時間だ」
目を細めて低い音で喉を鳴らしたブルーはレイの体に頬擦りするように何度も鼻先を擦り付けた。
「うん、それじゃあ戻るね」
抱きしめた大きな額に何度もキスを贈り、隣で自分を覗き込んでいるクロサイトの額にも同じようにキスを贈った。
「ここに呼んでくれてありがとう。ラピスの主殿。すごく勉強になったよ。僕も、もっともっと精霊魔法を勉強して強くなるからね」
ブルーの鳴らす喉の音とは全く違う、まるでミスリルの鈴を鳴らした時のようなコロコロと可愛らしい音で喉を鳴らしたクロサイトも、レイの体に鼻先を擦り付けるようにして甘える仕草を見せた。
「へえ、同じ竜でもあんなに喉を鳴らす音が違うんだな」
「そうだな。これもここに来て初めて知ったな」
二頭の竜の鳴らすまるでハーモニーのような喉の音を聞き、マークとキムは密かに感動しつつ、半ば無意識でそう呟いた。
「ごめんね。お待たせしました」
照れたように笑ったレイが、そう言いながら早足で戻ってくる。
「構わないさ、お前の大切な竜なんだから」
笑顔でそう言ってくれた二人にお礼を言い、マークから手綱を受け取ったレイは軽々とゼクスの背に飛び乗った。
「さあ戻ろう」
レイの声に返事をした二人も揃ってラプトルに飛び乗り、執事達と竜達に見送られた三人は、護衛のキルート達と一緒に並んで本部へ戻って行くのだった。
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