離宮での最後の夜
翌日から、三人は言っていた通りに午前中は書斎にこもって精霊魔法に関する書物を好きなだけ読み漁り、それぞれに合成した状態の構築式を思いつくままに書き散らかしては、互いにそれを見て検証し合ったりした。
昼食の後は、庭に出てブルーやクロサイトと一緒に実際に合成魔法をやってみたり、再合成させて安定度を確認したりして過ごした。
また午後からは、竜騎士隊から誰か離宮に来てくれたりする日もあり、そんな時は一緒に合成魔法の訓練や再合成の実験を行なって過ごした。
オリヴェル王子はずっと来たがっているらしいが、さすがに月末が近付いている為に予定がぎっしり詰まっていてなかなか抜けられないらしく、誰かが離宮に行く度にどんな事をしたのか詳しく聞きたがった。
そして夕食は執事達の指導の元、毎回実際の料理を使って簡単な礼儀作法の説明や繰り返して何度もテーブルマナーの講習が行われた。
最初は勝手が分からず戸惑っていたマークとキムだったが、レイルズから、知識と技術そして教養は幾らあっても邪魔にならないんだよ。せっかくの機会なんだから一緒に覚えてお茶会をやろうよ。と真顔で諭されて以来、必死になって教えられた事を覚えるようにしていた。
ちなみに朝食と昼食は、最低限の礼儀さえ守っていれば良いとの事で、今まで通りに自由に食べさせてもらっている。しかし、メニューの中に前日に習ったばかりの骨付きの鶏のもも肉の違う料理が出たり、同じく違う種類の骨付きの魚の切り身が出たりするので、三人は無言でそれを取り、改めてレイルズに教えてもらって何とか必死になって綺麗に食べる練習をしたのだった。
そして夜は、仲良く同じベッドで枕を並べて眠った。
もちろん毎晩、声を上げて笑いながらお互いを枕で叩きまくって枕戦争を楽しみ、胡桃の殻を投げ合い、互いをシーツでくるんで転がして擽っては笑い転げた。
そして最後には揃って部屋を抜け出して、こっそり精霊の泉へ遊びに行ったり、明かりの少ない裏庭へ行って、レイルズの解説で星を見たりもした。
それは今まで一生懸命言われた事をひたすら覚え、また言われるがままに予定通りに行動しているばかりだったレイルズにとって、自由に何をしても良いという思わぬ楽しい休暇の時間にもなった。
また、マークとキムにとっても、ここでの六日間は思っていた以上の知識を吸収出来る絶好の機会となり、また貴族の贅沢な生活を垣間見た貴重な体験となった。
こうして、それぞれにとってかけがえのない、貴重で有意義な時間を過ごしたのだった。
「はあ、もう明日でこの贅沢な生活も終わりか」
大騒ぎだった最後の枕戦争がようやく終わりを見て、マークは枕と共に倒れ込んだベッドに転がって天井を見上げたまま、半ば呆然とそう呟いている、
「いやあ、楽しかった。そして本当に有意義な時間だったよ。おかげでめちゃめちゃ研究が進んだよな。本部に戻ったら、ここまでを一度まとめて改めて検証してみるよ。これだけで論文が何本も書けそうだ」
同じくクッションを抱えて床に座り込んでいたキムは、嬉しそうにそう言って隣に転がるレイルズを見た。
「僕も毎日楽しかった。こんなに楽しかったのって、ここに来て初めてだったよ」
嬉しそうにそう言い、ゆっくりと起き上がって窓を見る。
「じゃあ最後は堂々と、聖霊の泉へ行ってみる?」
「あはは、良いなそれ。毎回こっそり隠れながら行ってたもんな。じゃあ一度くらい俺達だけで堂々と夜の散歩に出かけても良いんじゃないか?」
笑ったキムが起き上がり、それを見たマークも何とか起き上がって身嗜みを整えた。
「じゃあ行こうよ」
そう言って、やっぱり窓から出て行くレイルズを見て、マークとキムは堪えきれずに吹き出したのだった。
レイとマークが光の精霊を呼んで明かりを灯してもらい、三人は堂々と精霊の泉へ向かった。
茂みを出たところで、彼らに気付いて慌てて駆け寄って来た警備担当の兵士に、レイは嬉しそうに胸を張った。
「見回りご苦労様です。えっと、彼らと一緒に、精霊の泉へ行って来ます」
レイルズの言葉に、安心したように笑った兵士は、直立して敬礼してくれた。
「かしこまりました。足元がこの先は暗くなっておりますので、どうかお気をつけていってらっしゃいませ!」
「ありがとう。じゃあ行って来ます」
一礼したレイが笑顔でそう言って先に進む。後ろをついて来ていたマークとキムも、揃って直立して警備の兵士に敬礼してから一礼してレイの後を追った。
「最初から、そうやって堂々と行ってくださいよ」
光の玉と共に歩いて行く三人を見送り、苦笑いしたその兵士はそう呟いていつも彼らが潜り込んで隠れていた茂みを見る。
「今日は仕事が無くて残念だったな」
茂みに向かって笑ってそう言うと、一つ深呼吸をしてから持ち場の定位置に戻っていったのだった。
「うわあ、やっぱり綺麗だね」
レイの声に、マークとキムも笑顔になる。
すっかり見慣れた精霊の泉には、今夜も大勢の精霊達が集まっていてちょっとした集会状態になっている。
『主様だ』
『主様だ』
『愛しき友達』
『優しき友達』
『大好き大好き』
堂々と姿を現した彼らに気付いたシルフ達が、笑って三人の周りに集まる。
『夜更かし夜更かし』
『いけない子達』
『悪さをするのは誰ですか?』
「はあい、それは僕達で〜す」
笑ったレイの答えに、シルフ達だけで無く、水盤で戯れていたウィンディーネ達は霧の様な水飛沫を撒き散らし、女性の像の周りに集まっていた光の精霊のウィスプ達や火蜥蜴達も揃って嬉しそうに笑って点滅したり小さな火の玉を吐き出したりして歓迎してくれた。
笑顔になったレイは、水盤の縁に座ってウィンディーネ達と戯れたり、膝に乗ってくる火蜥蜴達をくすぐったりして遊んだ。
それから、シルフ達と一緒に追いかけっこをして遊んだ。
今回は、葉っぱの数を予め決めておき、制限時間内にどれだけ集められるかで遊んだ。
三人は声を上げて笑いながらシルフ達を追いかけ、シルフ達は大喜びで葉っぱを振り回しながら彼らのすぐ目の前をからかうように飛び回っては逃げ、三人が揃って疲れて座り込むまで、残り数枚になった葉っぱを守って見事に逃げ切り、大喜びで手を叩き合っていた。
ブルーのシルフは、他のシルフ達と一緒になって葉っぱを振り回して大喜びで逃げ回り、最後は疲れて座り込んだレイの肩に座って、愛しい彼の柔らかな頬に何度もキスを贈った。
それぞれにとって思わぬ楽しい休暇となった離宮での日々は、こうして穏やかに過ぎていったのだった。
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