大好きな読書と夕食会の練習
「レイルズ様、そろそろ夕食のご用意が出来ております。どうぞお食事をお忘れなきようお願い致します」
全員揃って夢中になって本を読んでいて全く反応が無かったので、やや大きな声でもう一度執事がレイにそう話しかける。
「へっ、何ですか?」
我に返ったレイの返事に、執事が改めて伝える。
「大変有意義な時間をお過ごしのご様子ですが、夕食のご用意が出来ております。お体のためにも、どうか食事はお忘れなきようお願い致します」
「ああ、はい。そうだね。ごめんなさい」
照れたように笑って肩を竦め、レイは読んでいた本に栞を挟みそのまま机の上に置いておく。
今、レイルズが読んでいるのは、窓越しに見える人形の娘に一方的な恋をする青年の恋の喜劇だ。
何があろうとも全く反応を返してくれない人形の娘の為に、様々な声を掛け踊って見せたり周りを花で飾ったりする。花を投げ、お菓子を届けようとするも全く反応が無い。とうとう我慢しきれずに二階の窓まで這い上がるも、伝って上がっていた雨樋が割れて転がり落ちてしまう始末だ。
最後には相手が人形だったと知るも、それは間違いで彼女は絶対にいたのだと言って、その人形にキスをする。すると、悪い魔法使いによって人形にされていた娘が蘇って二人は幸せに暮らしました、というお話だ。
レイは知らなかったが、恋は盲目、と言う人気の喜劇の舞台を物語にしたものらしい。
「バルテン男爵が作る人形だったら、窓越しに手ぐらい振ってくれたかもね」
小さく呟いて本を閉じると、マークとキムを振り返った。
「じゃあ食事に行こうよ」
「うん。悪いけど、もうちょっとだから、お願いだからキリの良いところまで読ませてくれ!」
本から顔を上げないマークの手元を覗き込むと、もうかなり後半まで進んでいて、精霊王から封印の鍵となる宝石を託されたシャーリーとヘミングの二人が闇の配下から逃げる場面だったのだ。
「ああ、ここは一気に読まないと勿体無いよね」
笑って頷き、マークの背中を叩いてレイも横から覗き込んで一緒に大好きな場面を読んだ。
キムは、レイルズお勧めの嘘つき男爵の大冒険をあっという間に読み終え、その次の、冒険伯爵の物語を夢中になって読んでいたのだった。
「初めて読んだけど物語って面白いんだな。じゃあこうしよう。午前中は今まで通りに精霊魔法に関する本を読んでそれぞれに考えて勉強しよう。上手く出来そうなら一緒に相談して構築式を書くのもありだ。それで昼食の後は庭に出て実際に蒼竜様やクロサイト様に見てもらいながらやってみる。日が暮れるまでやって、夕食まではそれらの検証。それで、夕食の後は勉強はやめて好きな本を読むのでどうだ? それなら休憩にもなるだろうし、頭の切り替えにもなるだろうからさ」
「あ、良いねそれ。じゃあ基本そのやり方で行こう」
キムの提案にレイとマークが笑って頷き手を打ち合わせた三人は、それぞれの本を置いて立ち上がり、待っていてくれた執事の案内で食事を用意してくれている部屋に向かったのだった。
「あれ?」
部屋に入るなり、先頭にいたレイルズが足を止める。
すぐ後ろを歩いていた二人は、ぶつかる直前で慌てて立ち止まった。
「どうしたんだよ。いきなり止まると危ないじゃないか」
キムがそう言い、首を伸ばして部屋を覗き込む。そしてそのまま固まってしまった。
「何だ? 二人ともどうしたんだよ?」
不思議そうにマークがそう言いキムとは反対側から首を伸ばして部屋の中を見て、奇妙な呻き声を上げてその場に座り込んだ。
「待って。これってもしかして……もう始まってるのかよ!」
悲鳴のようなその叫び声に、室内にいた何人もの執事達が笑顔で揃って振り返る。
「まずは、ごく簡単なテーブルマナーの説明からさせていただきます、今日のところは説明をさせていただくのみで、後はご自由にお食べくださって結構です」
にっこり笑う、しかし目は全く笑っていない執事の言葉に、マークとキムは声無き悲鳴をあげて揃ってレイルズに縋り付いたのだった。
「俺もう泣きたい。椅子に座る姿勢にまで決まりがあるなんて……」
「料理に関する説明だけで余裕で半刻はあったよな。めっちゃ美味そうな料理を前にして一口も食えないなんて、何の拷問だよ」
レイルズにしてみればごく簡単な説明程度だったと思うのだが、既に説明を聞いただけでマークとキムの二人は、完全にやる気が虹の彼方まで飛んでいって見事に消滅してしまったみたいだ。
「ええ、それほど難しい事は言ってなかったと思うけどなあ?」
「無理、絶対無理だって〜!」
「大丈夫だよ。じゃあカトラリーの持ち方くらいはやってみようよ」
椅子に座る姿勢やカトラリーの持ち方さえ全く知らない二人に、レイは嬉々として座り方をやってみせ、カトラリーの持ち方を教え、食べる順番を教え、正式な料理の夕食を説明をしながら食べ終える頃には、二人とも少なくともカトラリーの扱いくらいは何とか様になるようになっていた。
「ほら、一日でこれだけ出来るようになったんだもの。すぐに覚えられるよ」
「ええ、そうか?」
最低限のマナーでさえも覚えるのはそう簡単な事ではないが、全く何も知らない状態で初めて、すぐにカトラリーの扱い方を覚えたのだ。一つでも出来るようになったのだからこれは褒めてもいいだろう。
そう判断した執事達も一緒になって二人を褒めたものだから、何だか気分が良くなった二人は、離宮にいる間中、食事の際にテーブルマナーと基本的な礼儀作法を覚える事に同意してしまったのだった。
『二人とも頑張れ〜』
『頑張れ頑張れ』
『しっかりお勉強』
『覚える覚える』
初めて食べる料理に苦労しているマークとキムを見たシルフ達が、笑いながら大喜びで頑張れ頑張れとはしゃいでいる。
『ニーカのお友達の二人、頑張れ〜』
笑ったクロサイトの使いのシルフの言葉に、ブルーのシルフも一緒になって笑った。
『そうだな、では我からも応援してやろう。頑張れ〜』
大真面目なブルーのシルフの応援に、周りにいたシルフ達は大喜びで手を叩いて笑い転げていたのだった。
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