離宮での時間

「じゃあ、せっかくですから少佐もやってみてください」

 マークが、目を輝かせて元上司のダスティン少佐にそう言う。

「私は残念ながら光の精霊魔法には適性がない。なのでするとしたら火と風の合成魔法の盾だな」

 嬉しそうに頷く少佐に、キムが横について合成の感覚的な部分の説明をする。

「あ、これって初めての人に教える練習にもなるね」

 手を打ったレイの言葉に、三人も手を止めて顔を見合わせたあと何度も頷いた。

「確かにその通りだ。では、一度やってみるとしよう」

「まずは、火の玉を作ってそこに風を合わせる練習からですね」

 キムの説明に真剣な顔の少佐は、一つ深呼吸をしてから右手に大きな火の玉を作り出した。

「ふむ、何となく分かるが、雲を掴むみたいな何とも不思議な感じだな」

 小さくそう呟いた直後に一気に炎が大きくなる。

「おお、さすがですね。じゃあそのまま俺に投げてみてください」

 両手を広げたキムに向かって、頷いた少佐が火の玉をそっと投げる。しかし手を離れた直後に火の玉は消えてしまった。

「安定度がまだ低いみたいですね。ですが合成自体は出来ていますからあとはもう練習あるのみです。俺達も最初は手から離れた直後に消えていましたから」

「成る程な。何となくだが解った気がする。確かにちょっとした匙加減だな。これは難しいぞ」

「練習あるのみです」

「そのようだな。分かったよ、とにかくまずは感覚を掴む事。そして加減を覚える事、だな。確かにこれは練習あるのみだな」

 何だか嬉しそうな少佐の言葉に、マークとキムも笑っている。

「いやあ、何だか楽しくなってきたぞ。まさか、この歳になって未知の精霊魔法に出会えるとはな」

「お前が言うな」

 真顔のガンディの言葉に、少佐が吹き出す。

「失礼しました。それならガンディはどうなんですか?」

 振り返った少佐の質問に、ガンディは肩を竦めた。

「初めてマークが光の盾を飛ばすのを見た時には、正直言って鳥肌が立ったよ。ダスティンの言う通りさ。まさかこの歳になって未知の精霊魔法を見る事になろうとはな。長生きはするものだと感激したぞ」

「ものすごい勢いで、マークの事振り回してたもんなあ」

 竜騎士隊の本部で初めて合成魔法を披露した時の事を思い出したキムの呟きに、ルークとレイが同じく思い出して笑っている。

「論文が書き上がったら、是非私にも回覧してくれたまえ」

 ダスティン少佐の言葉に、まだ一本も論文を書き上げていないマークは、悲鳴を上げてレイの後ろに隠れたのだった。



「それでは、もう今日の実技は終わりにしなさい。人の子には休息が必要だ」

 ブルーの言葉に、全員が頷き、今日のところはここまでになった。

「それじゃあ戻るね。お疲れ様。明日もまた一緒に勉強しようね」

 差し出された大きな頭に抱きついたレイは、そう言って何度も大きな額にキスを贈った。

 ブルーは愛しい主人の気が済むまでじっとしたまま喉を鳴らし続けていたのだった。




「それでは、帰る前に其方達の額を診てやる故、中に入りなさい」

 ガンディの言葉に、レイとマークは苦笑いして自分の額に手を当てた。マークの額には湿布は無いが、最初にレイの頭と当たった時の小さなタンコブがまだ存在を主張している。

「もう大丈夫だよ?」

「ええ、もう痛くありませんから大丈夫ですよ」

 揃って首を振る二人を見て、ガンディは呆れたように鼻で笑った。

「残念だが、それを決めるのは其方ではなく医者の仕事だ」

 額を軽く叩かれて悲鳴を上げたレイとマークは、大人しくガンディの後について離宮へ戻って行ったのだった。

 それを見て、キムとルーク、それからダスティン少佐の三人も彼らの後を追って一旦離宮へ戻って行った。

「では我らも戻るとしよう」

 離宮へ入っていく一同を見送り、ブルーとクロサイトも湖へ戻って行った。



 離宮に戻ったレイとマークは、ガンディから念の為シルフ達を使った診察を受け、打ち身による軽い内出血のみで特に問題無しとの診断を貰い、無事にレイルズの湿布も剥がしてもらえた。

「まあ、気をつけてな。誰かさんの頭は、本当に武器らしいぞ」

 笑ったガンディの言葉に、レイ達は揃って大爆笑になったのだった。



 レイの治療が終わったところで、ガンディとルーク、それからダスティン少佐が本部へ戻り、また離宮は三人と竜達だけになった。

 夕食までまだ時間があるのでそのまま書斎へ移動した三人は、それぞれ好きな本を読んで時間を過ごした。

「ありがとうなレイルズ。本当にここの本を好きなだけ読めるなんて夢を見てるみたいだ」

「本当にそうだよな。しかもここにある本は訓練所の図書館の蔵書とも内容がかなり違ってるから、読んだ事が無い本がいっぱいだよ」

 二人の言葉に、嬉しそうに頷いたレイは目を輝かせて本棚を見上げた。

「今開けているのは、精霊魔法に関する部分が収められた本棚だけだけど、ここは他にもいろんな本があるんだよ」

「へえ、他にはどんな本があるんだ?」

 顔を上げた二人が、不思議そうに本棚を見上げる。

「えっとね、こっちが僕の好きな物語とか冒険譚とかがある本棚だよ。精霊王の物語もあるよ」

「ああ、初めてここを使わせてもらった時に、確か執事さんがそんな事を言ってたな」

 キムの言葉にマークも頷く。

「それでこっちが星系信仰と天文学に関する本棚。その奥は政治経済や兵法に関する本棚。その奥はそれ以外の色んな本があるんだって。だけどまだ僕も全然読めていないから、出来ればここの本棚も、もっと深く掘りたい!」

「良いじゃないか。ご成婚までまだ日があるから、じっくり本が読めるぞ」

 マークとキムも嬉しそうに本棚を見上げている。

「じゃあ、合成魔法に関する本を読む日と、それ以外の本を読む日、みたいに分けても良いね」

 嬉しそうなレイの言葉にマークとキムも目を輝かせる。

「良いなそれ。だけど、物語なんて俺達ほとんど読んだ事が無いよ。それこそ精霊王の物語くらいだな」

「俺はそもそも、専門書以外は読んだ事が無いよ。精霊王の物語は神殿での説教で部分的に知ってるくらいだな」

 マークのその言葉にレイは驚き、慌てて精霊王の物語を取りに行き、本棚の前に作られたガラス製の扉の鍵が閉まったままになっているのを見て悲しそうな顔になった。

「えっと執事さんを呼んで鍵を開けて貰えば良いんだね」

 慌てるマークとキムが止める間も無く、レイが机の隅に置かれた綺麗な銀のベルを鳴らす。

「ご用をお伺いいたします」

 すぐに、執事さんが来てそう言ってくれる。

「ご苦労様です。あのね、他の本棚の本も読みたいので、鍵を全部開けてもらえますか」

 驚いたように顔を上げた執事だったが、すぐに笑顔になって頷いた。

「かしこまりました。ではすぐにそのように致します」

 そう言って、腰に取り付けていた鍵束を取り出し、本当にすぐに全ての本棚の鍵を開けてくれた。

「何かお探しの本などございましたら、どうぞ遠慮なくお呼びください」

 そう言って一礼すると、執事さんは下がって行った。

「ほら、これが精霊王の物語だよ」

 目を輝かせたレイから二冊の本を受け取ったマークは、嬉しそうに座ってその本を読み始めた。

 キムも物語の本棚の前へ行き、レイから説明を聞きながら嬉しそうにその中から一冊の本を手に取って、マークの隣に座って読み始めた。

 レイは初めて見る本で、離島に漂着した少年達が大冒険する、少年漂流記と題された本を手に取り、座って読み始めた。



 三人は、執事が夕食の時間だと言って呼びに来るまで、夢中になって初めて読む物語の世界に没頭していたのだった。

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