新たな来客と勉強会

「ええ、もっと聞きたいです!」

 三人が身支度を整えている間、ハン先生とルークはソファーに座ってずっと笑っている。

「まあ、彼らの名誉の為にもここまでにしておきます」

「ええ、そんなあ」

 無邪気な抗議にハン先生とルークがまた笑う。

「これ以上知りたければ、後は本人に聞いてください」

 笑い過ぎて出た涙を拭いながらのハン先生の言葉に、さすがにそれは無理だと思ったマークとキムだったが、目の前で目を輝かせるレイルズがどういう相手だったかを思い出して、二人は慌ててレイの口を塞いだ。

「じゃあマイリーが来たら、ふがぁ」

 いきなり後ろから口を塞がれて、レイは妙な悲鳴を上げる。

「待て待て。お前、まさか本当にマイリー様に直接聞くつもりじゃないだろうな!」

「ええ、だってハン先生が教えてくれないなら、本人に聞くしかないでしょう?」

 これまた無邪気な答えに、マークとキムは天を仰いだ後、無言でルークとハン先生をジト目で見る。

 ハン先生は素知らぬ顔で平然としているし、ルークはもう先程からずっと笑っている。

 諦めのため息を吐いたキムは、口を塞いでいた手を離してレイルズを自分の方に振り返らせる。

「良いか、レイルズ。大事な事を教えてやるからよく聞けよ」

 突然の大真面目なキムの言葉に、不思議そうにしつつも頷いたレイは居住まいを正した。

「世の中には知らない方が良い事だってあるんだ。いいか、この話はもう終わりだ。これ以上聞いたらお前の為にならない」

「ええ? どうして?」

「だから、言っただろうが、聞かなくてもいい話も世の中にはあるんだよ。はい、もうこの話は終わり!」

 無理矢理話を終わらせたキムは、レイルズの肩に腕を回して確保すると、まだ笑っているルーク達を振り返った。

「じゃあ、朝食をいただきに行きましょう!」

「そうだな、笑い過ぎて腹が減って来たよ。ハン先生もせっかくですからご一緒にどうぞ」

 ルークが笑いながらそう言い、全員揃ってそのまま食事が用意された部屋に向かった。

「おやおや、これは良いですね」

 部屋に入ったハン先生は、壁側に置かれた机に並んだ料理の数々を見て笑顔になる。

「なるほど、ここにいる間の食事はどうしているのかと心配していましたが、これなら彼らでも遠慮なく食べられますね」

 元は地方貴族の三男であるハン先生も、今ではもうほぼ必要ない知識だが一通りの礼儀作法は覚えている。

 嬉しそうに笑いながら、先を争うようにして料理の取り合いっこをしている三人を、すっかり保護者目線のルークとハン先生は、苦笑いしながら眺めているのだった。



「ご馳走様でした。もうお腹一杯です」

 朝から山盛りの料理だけでなく、デザートの果物まで綺麗に平らげたレイは、食後に飲んでいたカナエ草のお茶の残りでカナエ草のお薬を飲んでからそう言って立ち上がった。

 もう食べ終えていたルーク達も、それぞれに薬を飲んでから立ち上がる。

「美味しい食事をご馳走様でした。では私は本部に戻ります。午後からはガンディが来てくれるそうですから、額は彼に見てもらってくださいね」

 ハン先生にそう言われて、レイは額に大きく貼られた湿布を撫でながら頷いた。

 マークは、もう腫れもないからと湿布を剥がしてもらっている。

 笑顔で鞄を持って出ていくハン先生を見送った後、マークは額を触りながらレイを振り返った。

「それにしても、お前の頭の固さはおかしいぞ。冗談抜きで、本当に鋼鉄製なんじゃないか?」

 次に後頭部を押さえながら呆れたようにマークがそう言い、キムとルークが同時に吹き出した。

「なあ、せっかくだから今度はキムに一撃お見舞いしてくれよ。俺はもういいからさ」

「あ、そうだよね。マークばかりするのも不公平だもんね。じゃあ今度はキムにします」

「こら待てお前ら! 何を勝手に決めてるんだよ。俺はそんなの知りたくねえよ!」

 慌てたようなキムの悲鳴に、全員揃って大爆笑になったのだった。




 午前中は、また書斎に集まって好きに本を読んだり思いつくままに構築式を書き散らかしては、皆でそれを検証したりして過ごした。

 ブルーのシルフとクロサイトのシルフも加わり、ようやく安定した幾つかの構築式から展開した魔方陣が描かれたところで昼食の時間になった。

 少しメニューの変わった豪華な昼食をいただき、午後からは庭に出てまた再現実験をする事にした。

「あれ、そういえば午後からは誰か来るって言ってたよね?」

 庭に出ながら、昨日聞いたルークの言葉を思い出したレイは、隣を歩くルークを見た。

「ああ、もうそろそろ来るんじゃないかな?」

 平然とそう言いながら庭に出て行くルークを見て、キムとマークは顔を見合わせる。

「ええと、オリヴェル殿下や竜騎士隊の方も来られるって言っていたものな」

「そう仰ってたよな。誰がお越しになるんだろうな」

 苦笑いしながら庭に出たところで、ラプトルに乗った一行が奥の林に作られた道を通って庭に到着したところに出くわす形になった。

 その一同の顔ぶれを見たマークとキムの二人の動きが完全に止まる。

「ええ、陛下!」

 レイの言葉に、マークとキムの二人は弾かれたようにその場で直立して揃って敬礼をした。

 先頭のラプトルに乗っていたのは皇王様その人で、オリヴェル王子の隣にはイクセル副隊長の姿もある。その後ろにいるのはマイリーとカウリの二人だ。その後ろにいるのは、第四部隊のマークとキムの元上司のダスティン少佐だ。その隣にはガンディの姿もある。



「ご苦労。構わんから楽にしなさい」

 ラプトルから軽々と降りた陛下が、軽く手を挙げて二人にそう言って笑う。

 その言葉に敬礼を解いたものの、直立したままの固まっている二人を見て苦笑いしたオリヴェル王子がキムの肩を叩いた。

「ほら、構わないから楽にしなさい。それで、あの後の進捗は?」

「おお、それは私も聞きたいな」

 いきなり話しかけられて、緊張のあまり酸欠の魚のように口をパクパクしながら、何とか喋ろうとしているキムを見かねてルークが口を開いた。

「では、まずは中へお入りください。お茶をご用意します」

 しかし陛下はその言葉に首を振った。

「時が惜しい。構わんから話が聞きたい」

 その言葉に苦笑いして頷いたルークは離宮を振り返った。

「では、このまま書斎へどうぞ。ここまでの進捗と、ようやく描き上がった魔法陣をまずは見ていただきましょう」

「おお、もうそこまで進んでいるのかい。それは素晴らしい。是非見せてもらおう」

 オリヴェル王子の言葉に陛下も笑顔で頷き、全員がそのまま休憩もせずに書斎へ向かった。



 執事の案内でそのまま書斎へ通され、レイとルークが散らかしたままになっていた机の上を大急ぎで片付ける。

 全員が座ったところでマークとキムは黒板の前へ行き、そこに描いていた魔法陣の説明を始めた。そしてその説明を陛下をはじめとした全員が真剣な顔で聞き入っていた。

 また、彼らの肩にはそれぞれの竜達の使いのシルフ達が現れて座り、主と一緒になってその説明を真剣に聞き入っていたのだった。

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