夕食と深夜の外出

「へえ、こりゃあ良いな」

 執事に案内されて向かった夕食が用意されている部屋を見て、ルークは嬉しそうにそう言って笑顔になった。

 壁面に並べられた大きなテーブルには、幾つもの豪華な料理がお皿に盛り付けて並べられている。

 更に料理に並んだ机の横では、昨夜と同じようにワゴンに乗せられた移動式のコンロの上で大きく切った牛肉や鶏肉がいくつも鉄板に並べて焼かれていた。

「だってほら、マークやキムは行儀作法とかテーブルマナーなんて知らないでしょう。だからこんな風に、好きに取れるようにしてくれたのかなって思ってます」

 お皿を手にしたレイの言葉に、ルークも頷く。

「ああ、確かにそんな感じだな。今はそれで良いだろうけど、二人も最低限の行儀作法とテーブルマナーくらいは覚えておくべきだぞ」

 同じくお皿を手にしたルークに真顔でそう言われて、机に駆け寄ったマークとキムは、思わず料理を取ろうとしていた手を止めて振り返った。

「ええ、それはどういう意味ですか?」

「それってどういう意味ですか?」

「惜しい、ちょっとずれたな」

「あ、本当だ。言葉が揃わなかったね」

 ルークとレイの言葉に、全員揃って小さく吹き出す。

「いや、だってさ。二人もこれからはいろんなところへ講習に行ったりするだろう? そうすると、例えば他の部署の士官だったり貴族の人達が、直にお前達の話を聞きたがる事だってあると思うぞ。いや、絶対にあるって。そうなると、単にお茶だけじゃなくて食事をご一緒に、とか、逆に食事に招待するから詳しい話を聞かせてくれ。なんて事を言ってくるようになるぞ」

「ええ、そんな事……」

「無いと、断言出来るか?」

 真顔のルークに、マークとキムは戸惑うように顔を見合わせている。

「まあ今すぐってわけじゃないだろうけど、お前達二人の扱いは軍内部でも、それから貴族達の間でも確実に変わってきている。これからはもっと扱いも評価も上がるだろう。だって実際に陛下が直接二人から話を聞きたいって仰っていたんだから、それ一つとっても今までと扱いが変わる充分過ぎる理由になるよ。まあここから戻ったら、まず間違いなくディアーノ少佐から何か言われると思うぞ」

 お皿の料理を取り分け始めたルークを見て、二人とレイもとにかく先に料理を取る事にした。



「ですが、俺は農家出身だし、キムだって実家は街に住む一般人です。そんな自分達にいきなりそんな事を言われても……」

 マークの隣で、キムは中途半端に盛り付けられたお皿を持ったまま困ったように立ち尽くしている。

「まあ、やる気があるなら教育係の執事を寄越してやる程度の協力はするよ。そうだな。最低でもお茶会に呼ばれた時と、昼食会、後は夜会に呼ばれた時くらいは対応出来るようにしておけ」

「無理ですよ。そんなの……」

「そうですよ、今更そんな……」

 いきなりそんな事を言われても、二人には戸惑いしかない。

「二人ともまだ若いんだから大丈夫だよ。考えてみろよ。カウリはあの年齢で、全く何も知らない状態から礼儀作法やテーブルマナーを学んだんだぞ」

「うわあ、確かにそうだ。分かりました。あの、では甘えるようで申し訳ありませんが、どなたかそういった事に詳しい方をご紹介ください。よろしくお願いします」

 キムの言葉にマークも揃って頭を下げる。

「了解、まあ研究の邪魔にならない程度でいいからな。ほら食べよう。今日は礼儀作法は気にしなくていいからな」

 まだ戸惑っている二人の背中を順に叩いて、ルークは山盛りになったお皿を一旦席に置いて、肉を焼いてくれている料理人に声をかけた。

「お勧めを適当に入れてくれるかい」

「かしこまりました。ではこちらをどうぞ」

 肉の種類とスパイスの種類などを簡単に説明して、ルークのお皿に次々に乗せていく。

「ルディ、僕にも入れてください!」

 目を輝かせたレイが隣に並び、一緒にいくつも料理を取り分けてもらっていた。

「昨日の夕食は、ここで大きな塊の肉を焼いて削ぎ切りにしてくれたんだよ。ルディ、あれもすっごく美味しかったです!」

 嬉しそうなレイの言葉に、焼けた鶏肉のもも肉の塊をレイのお皿に乗せたルディは、嬉しそうに一礼した。

「お気に召したようで私も嬉しいです。ではまた、離宮にお越しの際にはご用意させていただきます」

 離宮付きの料理人と仲良く話すレイを、ルークは半ば呆れたように苦笑いしながら見ているのだった。



「ご馳走様です。僕もうお腹一杯です」

 そう言う割にはデザートを幾つも平らげたレイは、最後のベリーのタルトを口に入れてから残りのカナエ草のお茶を飲み干した。

 その後は全員で書斎へ移動して、今日の合成魔法の話で大いに盛り上がった。

 ルークは夢中になって話す三人の説明を目を輝かせてひたすら聞き、時に質問もしながらかなり遅い時間まで話は尽きなかった。




「さて、そろそろ時間だな」

 話が一段落したので、それぞれに好きな本を持ってきて読んでいると、不意にルークの前に一人のシルフが現れて彼に合図を送った。

 それを見たルークは、読んでいた本に栞を挟んで机の上に置いた。

「ちょっと外へ出るぞ」

 手招きされた三人は、不思議そうに顔を見合わせて読んでいた本を置いてルークの後を追った。

 廊下には小さなランタンを持った執事が待っていて、彼らが書斎から出てくると一礼してそのまま歩き出した。当然のようにルークが後について行く。

「何、今からまた何かするのか?」

「夜は、無理な精霊魔法の練習はやらない方がいいってブルーが言ってたんだけどね」

 戸惑う三人の前を、ルークと執事は歩き、そのまま本当に外へ出てしまった。

 執事が持っていたランタンをルークに渡す。

「ご苦労様」

「では失礼いたします。良い夜をお過ごしください」

 深々と一礼した執事は、そのまま戻って行ってしまった。



「ねえルーク、こんな真っ暗なお外で何をするの? 夜は無理な練習はしない方が良いってブルーが言ってたよ」

 不安そうなレイの言葉に、ランタンを持ったルークは振り返った。その顔は満面の笑みで、レイが驚くようなことを言ったのだ。

「レイルズならわかると思うけど。さてここで問題です。今夜の月齢は? それから、月の軌道と交差する惑星は?」

 そこまで言われたレイは眉を寄せて黙り込んだ。

「えっと、今夜は新月だから月齢はゼロ、月の軌道と交差する惑星って……あ! 準交差の日だ!」

 俯いて小さな声で指を折りながら何かを数えてぶつぶつと呟いた後、突然顔を上げてランタンを持つルークの腕に縋り付いた。

「ねえルーク。まさか……まさか、ここにあるの?」

 目を輝かせてそう尋ねたレイに、ルークは大きく頷いた。

「陛下から、離宮にもあるからせっかくだから夜に咲く瞬間をお前に見せてやれって言われたんだよ。だから今からそこへ行くぞ」

 それを聞いて喜びの声を上げるレイを見て、さっぱり何の事だかわからないけれども何か良い事があるらしいと理解したマークとキムも一緒に、今夜は堂々とランタンを持って離宮の裏庭へ向かったのだった。



 いつの間にかレイの肩にはブルーのシルフが座り、マークの頭の上にクロサイトの使いのシルフが座って、一緒に興味津々で彼らの進む先を見つめていたのだった。

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