銀星草

「なあレイルズ。一体何処へ行くんだよ?」

 途中で我慢出来なくなったマークにそう聞かれて、前を歩いていたレイは笑顔で振り返った。

「珍しい花を見に行くんだよ。多分、見た事がないと思うから楽しみにしててね」

「へえ、こんな時間に咲くのか? 昼じゃなくて?」

 隣からこれも興味津々のキムにまで聞かれて、レイは肩を竦めた。

「えっと、僕も花を見たのは一度きりで、咲く瞬間は見た事がないんだ。本で読んだ知識だけど、その花が咲くのは年に数日の決まった日だけで、夜に咲いて数日で枯れちゃうんだってさ」

「へえ、そんな花初めて聞いたよ。そりゃあ楽しみだな」

 笑顔で頷く二人と手を叩き合った時、前から警備担当の兵士が彼らを見て慌てたように駆け寄ってきた。

「ああ、見回りご苦労様。今から精霊の泉と裏庭の花を見に行ってくるよ」

 先頭を歩いていたルークは、駆け寄ってきた兵士に平然とそう言う。

「かしこまりました、ここから先は足元が暗いので、どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ!」

 直立して敬礼した兵士達は、一礼したレイ達が通り過ぎるまでその場から直立したまま動かなかった。



「そっか、昨夜もこうやって堂々と行けば良かったんだね」

 兵士に見送られてそのまま進み、昨夜隠れた茂みの横を通り過ぎた時、レイが不意に思いついたようにそう呟いた。

「何だよ。お前ら昨夜は何をしたんだ?」

 その呟きに、ルークが不思議そうに振り返って三人を見る。

「えっとね、スリッパのままで窓から外に出て、三人でこっそり隠れながら精霊の泉へ行ったんだよ。そこで一緒に遊んでから、帰りも隠れながら戻りました!」

 目を輝かせて得意気に昨夜の冒険の報告をするレイに、ルークは小さく吹き出した後にマークとキムを見た。

「そっか。レイルズの遊びに付き合ってくれてありがとうな」

 苦笑いする二人を見て、ルークは笑いながらレイの額を突っついた。

「お前はこの離宮の正式な滞在許可を陛下から直々に頂いているんだから、夜の外出だってこそこそする必要は無いぞ。まあ別に楽しんでやってるなら止めはしないけど、警備兵達の仕事を増やすなよな」

 警備の兵士達には気付かれていないと思っていたレイは、最後のルークの言葉に目を瞬いた。

「ええ、ちょっと待ってください。警備の人の仕事を増やすってどう言う事ですか?」

 無邪気な問いに、ルークが無言になる。

「お前……昨夜自分達が部屋を出て、隠れながら精霊の泉まで出掛けたのを誰にも気付かれてない、と、思ってる?」

「もちろん。ちゃんと隠れたよ」

 また無邪気に頷くレイを見て、ルークは妙に優しい顔になった。

「何だよこの可愛い生き物は。そうか純粋ってこう言う事を言うんだな。今、俺は猛烈に感動しているぞ」

 そう言いながら手を伸ばして、レイのふわふわな赤毛を撫で回した。

「俺も今ちょっと感動しました」

 キムがそう言い、隣ではマークも笑いながら何度も頷いている。

「えっと、それってどういう意味?」

 何とかルークの腕から逃げたレイが、不思議そうに三人を見ながら首を傾げる。

「何でもないよ。まあ今後は、もしも夜間に外出したい事があれば、今みたいに堂々と行けばいいよ」

 肩を竦めたルークにそう言われて、レイは素直に返事をするのだった。



 小声で話をしながら歩き続け、大きな植え込みの隙間を抜けた途端に急に周りが暗くなった。

 先程の兵士が言ったように、足元がかなり暗くて見えにくい。

「えっと、光の精霊さん出て……」

 ペンダントに向かって呼び掛けようとしたら、ルークが胸の辺りまで上げて持っていたランタンを手を下ろして足元を照らした。

「あ、確かにこれなら大丈夫だね」

 特に何も考えずに呼ぶのをやめた為、中途半端に呼ばれた光の精霊達は不思議そうにペンダントから出てきて光は発せずにそのままレイの頭の上に座った。そして、ふわふわの赤毛を撫でたり触ったりして遊び始める。

 後ろでそれを見ていたマークは、小さく吹き出してキム不思議そうにされていた。




 大きな植木の横を通り抜けた時に、先頭を歩いていたルークが突然立ち止まった。

 すぐ後ろを足元を見ながら歩いていたレイが、それに気付かずにルークに当たって止まる。

「うわあ、突然止まらないでください!」

 当然、同じく足元を見ながらすぐ後ろを歩いていたマーク達も、レイの悲鳴に慌てて立ち止まる。

 しかし、それっきり全員揃って目の前の光景に目を奪われて言葉が出ない。



「うわあ……これは凄い」

 唯一呟いたキムの言葉に、全員が無言でただただ頷く。



 目の前にあったのは、樹高が10メルト近くある大きく枝を広げた一本のブナの木だった。その広がった枝先のあちこちに鳥の巣のような塊が点在していて一部は垂れ下がるようにして全体に広がっていた。

 そして、その塊からいくつもの膨らんだ小さな蕾が突き出し、真っ白な小花が今まさに咲き始めている真っ最中だったのだ。

「これは、銀星草ぎんせいそうって言って、宿り木なんだよ。だけど親木に悪い事はしなくて、それどころかこの数日のためにせっせと親木に栄養を送り続けるんだよ。だからこれは宿り木の一種だけど寄生植物じゃなくて共生植物だね」

 目を輝かせて説明するレイの言葉に、三人は何度も頷きながら目の前の光景に見入っていた。



 銀星草の周りは、そこだけ明るくなっていて、光に照らされた白い花が綺麗に輝いている。

 その光の正体は、自然に集まってきている光の精霊達で、光の精霊が見える三人の目には、驚きの光景が繰り広げられていたのだ。


『これは良き場所』

『これは良き場所』

『懐かしき花達』

『愛しい花達』

『我らも共に咲かせようぞ』


 レイの頭に座っていた五人の光の精霊達がふわりと飛び出して花の周りに集まる。マークの指輪に入っていた光の精霊達も、呼びもしないのに出てきてレイの光の精霊達に続いた。

 小指の先程の小さな花のつぼみ達は、房状に連なって垂れ下がり、今にも弾けそうなくらいに膨らんでいる。

 レイの光の精霊が近寄り、その蕾にそっと触れる。


『光あれ』

『銀の輝きをここに』


 その言葉が聞こえたかのように、次々に蕾が開き始める。

 蕾が開いた瞬間、銀色の霧のようなものが花から溢れ出て風に流される。

 すると、周りに集まっていたシルフ達が大はしゃぎでその銀色の霧に向かって集まったのだ。


『愛しき花達』

『星の便り』

『星の便り』

『芳しき香り』

『愛しき花達』


 大喜びで歌いながら銀色の霧に触れ、手を取り合って輪になって踊り始める。

 光の精霊達は次々に蕾を叩いては開花させ、あふれ出す銀色の霧にシルフ達が集まって大喜びで踊っていた。

 ブルーのシルフだけでなく、他の竜達の使いのシルフもいつの間にか全員が集まって来ていて、一緒になってシルフ達のお祭り騒ぎに参加していたのだった。

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