ルークからの伝言

「はい、これでよろしい。念の為、明日の朝にもう一度診てあげますからそれまで湿布は外さないように。ですがお二人共、もしも明日の朝までに頭痛や目眩が起こったら、例え深夜であっても大至急シルフを飛ばして知らせてください。よろしいですね」

 レイとマークの真っ赤になった額に湿布を貼りながら笑いを堪えてそう言ったハン先生は、今朝貼ったマークの額の湿布を剥がして確認して濡らした布で額を拭いてくれた。

「こちらはもう大丈夫なようですね。それにしても一日に二度も石頭の攻撃を受けるなんて、あなたも災難ですね」

「いやあ、俺も生きてる自分にちょっと感心しています。それにしても、レイルズの頭蓋骨は絶対に鋼鉄製ですよ。俺は確信しましたね」

「おお、同士がここにもいたぞ。だよなあ、あれは絶対におかしいよな」

 マークの言葉に大喜びのルークが、そう言ってまた笑っている。

「ルーク様も被害者だと聞きましたが、大丈夫でしたか?」

「俺も、そんな感じで湿布をべったり貼られたよ」

 自分の額を指差して笑い、ルークは大きく深呼吸をしてレイの背中を叩いた。

「お前は、ちょっと自分の頭の攻撃力を理解して、動く時は人を巻き込まないように意識して動けよな。竜騎士隊や第二部隊の身内ならいざ知らず、外部の人間にこれをやったら本気で事故だぞ。死人が出たらどうしてくれるんだよ」

「ええ、それは困ります! わかりました。気をつけます」

 湿布した額を突っつかれそうになり、レイは悲鳴をあげてマークの後ろに隠れたのだった。




「それより、ルークはどうしてここに来たの?」

 今日はゆっくりして良いと聞いていたが、また何か急な用事が入ったのだろうか? もしもルークが自分を迎えに来てくれたのなら、もう帰らなければいけないから残念ながら勉強会はここまでだ。

 そう思って聞いたのだが、ルークは満面の笑みでレイの背中を叩いた。

「本当なら、明日、お前は昼食会と夜会の予定が入っていたから一日城にいる予定だったんだけどな。感謝しろよ。若竜三人組が代わってくれたよ」

 驚きに目を見開くレイを見てちょっと胸を張ったルークは、振り返って自分を見ているマークとキムにも笑顔で頷く。

「それからディアーノ少佐に確認して来たんだが、明日以降の精霊通信室の任務から二人は外されているらしいな。って事で、俺も参加するから今夜もここで泊まって研究の続きをするぞ。明日の午後からはまたオリヴェル王子殿下と、竜騎士隊からも誰かが来る予定だから、ここで前回の続きをする予定だよ」

 呆気に取られる三人を見て、ルークは肩を竦めた。

「ちなみに、陛下からも直々に、しっかり研究するようにとのお言葉を頂いているよ。出来れば定期的に研究成果の報告を直接聞きたいとも仰せだ。もしかしたら明日、殿下と一緒にお越しになるかもな。ああ、だけどアルス皇子殿下は神殿での祭事に立ち会わなければいけないから、明日からはもう、式までもう自由になる予定は無いみたいだけど」

 突然の話に驚き、言葉もない彼らを見てルークは真顔になった。

「わかるかい? 君達が今研究している事は、軍内部でも高い評価を受けている。それはまた君達の研究成果に大勢の人達が注目しているって事でもある。って事で、この離宮の書斎は君達二人にも解放すると陛下から許可が出ている。いつでもここへ来て、必要なら泊まってくれて良いから、ここで好きなだけ本を読んで自分達の研究をして良いって事さ。分かるか?」

 驚きに固まってしまった二人に、レイが歓声を上げて飛びつく。

 振り回されてようやく我に返った二人も、歓声を上げて手を叩き合って大喜びしていたのだった。



「それじゃあ、まずはここまでの成果を聞かせてもらおうかな」

 ハン先生が本部へ戻るのを見送った一同は、そのまま日が暮れるまで庭で今日の成果を実践をして見せる事にした。

「ええと、それならまずはやっぱりこれだよな」

 三人同時にそう言い、しゃがんで地面に向かって話しかけた。

 ルークは不思議そうにしつつも、黙って彼らのする事を見ている。

 呼びかけに応じて出て来たノームを、顔を見合わせて笑い合った三人は手のひらに乗せて持ち上げたのだ。

 その瞬間のルークの顔は見ものだった。

 目と口が完全に開いて男前が台無しになったまま、空気が抜けるような奇妙な呻くような声をあげたのだった。



「待ってくれ。ラピス、一体彼らに何をしたんだ?」

 明らかに、今のはブルーが何かしたのだと確信しているルークが、自分達を見下ろしている巨大なブルーを見上げて問いかける。

「我は知識を与えただけで、何もしてはおらんよ」

「だったら、だったらどうして、ノームが手の上に乗って地面から離れているのに消えないんですか?」

 真剣なルークの問いに、ブルーは喉の奥で笑った。

 レイ達も、ノームを手に乗せたまま揃ってブルーを見上げている。

「こんなに簡単に手の上に乗ってくれるのなら、どうして今まで誰も気づかなかったんだろうね。僕にはそっちの方が不思議だよ」

 顔を下ろして手の上のノームを見ながらレイが首を傾げる。

 改めて見ても、やっぱり信じがたい光景だ。

「まあ、これは土の精霊魔法に対する適性が、最低でも中程度以上の者でなければ出来ぬよ」

「それにしても……」

 腕を組んで考え込んでいるルークを見て、ブルーは面白そうに笑っている。

「それからもう一つ、ノームを地面から持ち上げるには条件がある」

 全員の顔が一斉に真剣になりブルーを見上げる。

「何、別段難しい事ではないさ。つまり、それを行う者が地面に足をつけて立っている。という事さ」

 思わず四人は自分の足元を見る。

「靴は履いてても大丈夫なんだね」

 レイの呟きに、全員同時に小さく吹き出す。

「まあ、靴は殆どの人が履いておるからな。ある意味自分の体の一部のようなものさ。つまり、それを行う人は、自分の体の一部を地面につけて立っていると感じるのと大差無い。ノームにとってはそれで充分なのさ」

「成る程ね。じゃあ例えば竜に乗って空中にいればノームは呼べない?」

「我は呼べるが、それは特別だ。普通は竜であっても空中でノームを呼ぶのは無理だな」

 笑いながらブルーがそう言うのを聞き、レイは呆れたようにため息を吐いた。

「まあ、ノームを持ち上げたからどうだって話だけどさ」

「あ、それを言いますか」

 キムの言葉にルークは振り返ってキムを見た。

「じゃあ逆に聞くけど、ノームを持ち上げる事で土魔法が何か変わるか? 通常の土魔法で砂を出してもらったり、岩を砕いてもらったりするのなら、ノームは地面にいても何ら問題無いよな?」

「た、確かにそうですね。でも、今まで出来なかった事が出来たら何だか嬉しくありませんか?」

「まあそれは認める。って事で、俺もやってみよう。どうやるんだ?」

 嬉しそうにそう言ったルークに、目を輝かせた三人がほぼ同時に説明を始めてしまい、全く何を言っているのか分からなくて、全員揃って大笑いになったのだった。



 その後は、日が暮れて真っ暗になった後も光の精霊達に照らしてもらって、四人とも懸命に合成魔法の再現の訓練を何度も繰り返していた。

 ブルーとクロサイトは時折合成魔法を手伝いながら、執事が夕食の時間だと呼びに来るまで、そんな彼らにずっと根気よく付き合い続けていたのだった。

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