ノームと砂の盾

「はあ、笑い過ぎてお腹痛い」

 芝生に座り込んで涙を拭いながらまだ笑っているレイに、ブルーは首を伸ばしてゆっくりと頬擦りをした。

 両手を広げてその大きな頭に抱きつくレイを、マークとキムは感心したようにこちらも座り込んだまま眺めていた。




 しばらくして、ようやくレイが手を離したので、ゆっくりとブルーは顔を上げて三人を見下ろした。

「先程の話だが、まず、其方達はノームは地面から離れてはいられないと思っているのであろう?」

 面白そうなブルーの言葉に、三人が一斉に頷く。

「だって、タキス達からもそう何度も聞いたし、精霊魔法訓練所でもそう教わったよ? だからノームは指輪の石に入らないんだって」

「うん、俺もそう習いました」

「確かに俺も、そう聞いたな」

 レイの言葉に、マークとキムも揃って何度も頷いている。

「えっと、だから机の上にノームを呼ぶ時は、植木鉢に土を入れてそこにノームを呼ぶんだって教わったよ。土のある場所には何処であれノームは来られるからって聞いたけど、それも違うの?」

 真剣な顔で質問するレイの言葉に、ブルーは目を細めてゆっくりと喉を鳴らした。

 間近で初めて聞く竜の喉を鳴らす大きなその音に、マークとキムは言葉も無く感動していた。



 通常、竜は主や身近で自分の世話をしてくれる一部の人の前でしか喉を鳴らす行為をしない。それは猫が喉を鳴らすのと同じで、竜自身が機嫌が良く寛いでいる時にしか鳴らさないとも聞いている。

 いくら主であるレイルズが一緒とはいえ、世話をしている訳でもない自分達に喉を鳴らす音を聞かせてくれたブルーを二人は感動に震えつつ見惚れていた。



「ノームを呼ぶ際のやり方はそれで良いが、ノームは別に地面から離れられないわけではないぞ」

「ええ、どういう事?」

 マークとキムの様子に気付かないレイは、不思議そうにそう言ってブルーを見上げる。

「ノームが指輪の石に入らないのは、彼らにとって石は採掘して見出して愛でるものだからさ。なので石を見るとその石の産地の様子や石自体の善し悪し、あるいは研磨されている石であればそ研磨の良し悪しに至るまで彼らは逐一観察したくなるのさ。なので自身が石に入る事をよしとせぬのだよ」

 初めて聞く話に、呆気に取られた三人の動きが止まる。

「そして先ほど我がノームを持ち上げたのを驚いていたであろう。だが別段、それは別に難しい事ではないぞ」

 これも揃って目を見開く三人を見て、ブルーは喉の奥で低い声で笑った。

「なるほど、確かに同じだな。面白い」

 その言葉に、三人が同時に吹き出す。

「そんな事より、ねえブルー。ノームを持ち上げるのって僕でも出来る?」

「もちろん」

「ええ、やってみたい!」

 身を乗り出すレイに、もう一度ブルーが笑う。

「では其方達は、まずはそこで見ていなさい」

 マークとキムにそう言ったブルーは、地面に向かって呼びかけた。

「ノームよ、しばし我と共にあれ」

 ブルーの声に応えるように大きなノームが現れる。それをブルーは当たり前のように自分の手の上に乗せて見せた。

 それを見て目を輝かせたレイが、地面にしゃがんでそっと芝生を撫でる。

「えっと、ノームさん出て来てください」

 そう地面に向かって話しかけると、同じようにノームがレイの目の前に現れた。その大きさは30セルテ程でブルーの呼び掛けに応じて現れたノームの半分以下だが、これが普段よく見るノームの大きさだ。

「今言ったように、ノームは石の中には入らぬが頼めば手の上には乗ってくれるぞ。やってみると良い」

 目を輝かせたレイが、ノームに手を差し出す。

「ここに乗ってもらえますか?」


『乗れば良いのか?』


 不思議そうにしたそのノームはそう言って、差し出したレイの手の上に当たり前のように乗って座った。

 目を輝かせたレイがゆっくりと立ち上がっても、そのノームは消える事なくレイの手の上に座っている。

「うわあ出来た!」

 嬉しそうにそう言って笑顔になる。

 それを見たマークとキムも、顔を見合わせて頷くと揃って地面に向かって話しかけた。

「ノーム、出て来てくれ」

 それぞれの前にもノームが現れる。これもレイの手に座っているノームと同じくらいの大きさだ。

『如何した?』

 自分を見上げるノームに、マークとキムは揃ってしゃがんで手を差し出した。

「ええと、ちょっとした実験をやってるんです。手の上に乗ってもらえますか?」

『なんだ乗れば良いのか?』

 そう言ったノームが手の上に乗って座る。

 ゆっくりと立ち上がっても、レイと同じようにノームが消える事は無かった。



 互いの手の上のノームを見て揃って目を輝かせた三人だったが、マークがまた口を開いた。

「あの、先ほど土の精霊魔法で盾を作り出されていましたよね。あれはどうやったのですか?」

 マークの真剣な様子に、ブルーは目を細める。

「では、そのノームにやって貰えば良かろう。其方は土魔法に関してもかなり適正値が高い、大丈夫だと思うぞ」

 その言葉を聞いたマークは真剣な顔で頷いて、自分の手の上に座ってこっちを見ているノームに話しかけた。

「砂で盾を作れますか?」

 その声にノームは嬉しそうに笑うと手を差し出した。

 ノームの手から吹き出した砂が、ブルーがしたように空中で渦を巻いて円盤状に集まり始める。

 やがて砂は完全に固まり、直径50セルテほどの大きさの一枚のお皿みたいな盾が出来上がった。

 用が住んだと思ったのか、ノームはその砂の盾をマークに渡すとそのまま消えてしまった。

「ああ、消えちゃったよ」

 小さく呟いたが、左手に渡された砂の盾を見てマークは嬉しそうに目を輝かせた。

「すっげえ。本当に出来たよ。だけどこれって……強度はどうなんだ?」

 またそう呟いて、右手で砂の盾をそっと触った。



「ああ! 崩れた!」



 マークの悲鳴に、レイとキムが驚きに目を見開く。

 マークが手を触れた瞬間に、砂の盾はあっけなく崩れ去ってしまった。足元に散る砂を見てマークは肩を落とした。

「なあ、俺のは壊れちゃったよ。お前らのはどうだ?」

 振り返ったマークの言葉に、レイとキムは顔を見合わせる。

「じゃあ、今度は俺がやってみるよ」

 キムが真剣な顔でそう言って、手の上のノームに話しかける。

「砂で盾を作ってください。出来るだけ頑丈な盾を」

 ノームは同じく嬉しそうな笑顔になると、先ほどのノームと同じように砂を噴き出させて直径50セルテ程の砂の盾を作り出して、キムに渡すと消えてしまった。

「さて、どうだろうな」

 恐る恐る砂の盾に手を触れてみる。

「あ、触れた。だけど何て言うか……粘土を軽く乾かしたみたいな感じだな。軽くてパキパキな感じだ」

 そう言って、右手で改めて砂の盾を突っつく。



「うわあ、やっぱり駄目だ!」



 少しは持ち堪えていたキムの砂の盾だったが、残念ながらわずかな衝撃で呆気なく崩れてしまった。

「ううん、これはどうすれば良いんだ?」

「だよな、砂を結合させて強度を出させるにはどうすれば良いんだ?」

 真剣な顔で相談を始めた二人を見て、突然レイが目を輝かせた。

「ああ、これならいけるかも! ねえ、一度やってみるから見ててくれるかな」

 ほぼ同時に顔を上げた二人が真剣な顔で頷き、レイを見つめる。

 ブルーは、安易に助けを求めず、まずは自分達で解決しようとする真面目で勉強熱心な三人を愛おしげに黙って見つめていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る