離宮での朝
翌朝、何も言われなかったシルフ達はいつもの時間にレイ達三人を起こそうとした。
『おはようおはよう』
『起きて起きて』
『時間ですよ〜!』
しかし、三人並んでくっ付き合うようにして熟睡している彼らは、一人として起きる気配が無い。
唯一、キムが寝返りを打って半ば無意識で返事をしただけでそのまままた眠ってしまった。
『寝ちゃったね』
『眠い眠い』
『じゃあ寝るの〜!』
『一緒に寝るよ』
顔を見合わせて笑ったシルフ達は、レイの髪の毛に潜り込んでふわふわの赤毛を絡ませて遊び始める。
それから胸元の寝巻きの隙間に潜り込んだシルフは、彼の首にもたれかかって眠る振りをしたり、マークやキムの胸元や前髪の隙間にも潜り込んで一緒に眠る振りをした。
九点鐘の鐘が鳴った後にキムが起き出し、ぼんやりとベッドに座って部屋を見渡す。
散々大暴れして散らかしたはずの部屋はいつの間にか綺麗に片付けられていて、読みかけの本やノートだけが机の上に綺麗に重ねて置かれている。
「あれ……ここって? あ、そっか。離宮に泊らせてもらったんだっけ。ええと、部屋はいつの間に片付けたんだ?」
実はかなり寝起きの悪いキムがベッドに座ったままそう呟いたきりぼんやりとしていると、レイを挟んで反対側で寝ていたマークも目を開いた。
「おはよう。かなり寝坊したみたいだな」
すっかり明るくなった外を見ながら、起き上がったマークがいつもの口調でそう話しかける。マークは寝起きがいいので、目を開いたらその時からいつもと同じだ。
「うん……良い天気だな」
キムの寝ぼけた声の答えが返ってきて小さく笑う。彼の寝起きが悪いのは知っているので、手を伸ばして後頭部を突っついてやる。
「しっかりしろって。それで、レイルズはまだ熟睡かよ」
真ん中で、枕に抱きついたまま熟睡しているレイは全く起きる気配が無い。
笑ったマークが肩に手をかけて、全体に揺するようにして起こしてやる。
熟睡している人を起こす時は、これが一番目を覚ましやすい。
そのまま耳元に顔を寄せて大きな声で話しかける。
「お〜き〜ろ〜!」
寝ぼけたレイが、突然の事に驚いて手をついて勢いよく飛び起きる。
「うわあ! 何? 何?」
直後に鈍い音がして、吹っ飛ばされたマークが背中からベッドに仰向けに倒れる。
キムの吹き出す音と、レイが後頭部を押さえて枕に突っ伏すのは同時だった。
レイの石頭攻撃をまともに受けて仰向けに倒れたマークは、額を抑えたまま無言で悶絶していたのだった。
「まあ、大丈夫かとは思いますが、念のためハン先生をお呼びしましたので、お越しになるまではどうぞそのままに」
「うう、申し訳ありません」
執事の心配そうな言葉に、ベッドに逆戻りして額に氷で冷やしてもらった布を当てながら横になったままマークが謝る。
情けない声で返事をするマークの横で、後頭部でマークを攻撃をした張本人のレイは申し訳なさそうに苦笑いしながら座っている。
しかもぶつけた方のレイの後頭部は何とも無くて、当の本人も平然としている。
「お前……あり得ない硬さだろう。何なんだよその石頭は……」
「ごめんなさい。実はマークは僕の石頭攻撃の五人目の犠牲者だよ。ルークには、僕の頭蓋骨は絶対に鋼鉄製だろうって言われてます」
大真面目なその答えに、マークとキムの二人が同時に吹き出す。
「ちなみに誰が犠牲者か聞いて良いか?」
「えっと、僕の森の家族が一人と、ルークとラスティとカウリです!」
何故か胸を張って答えるレイに二人はもう一度揃って堪えきれずに吹き出してしまい、そのあとは三人揃って大笑いになった。
「これはまた、見事に決まりましたね。大事ありませんが今日はその湿布は外さないようにしてください」
駆けつけて来てくれたハン先生に診てもらい額に大きな湿布を貼られたマークは、もう先ほどからずっと笑っている。
「夕方にもう一度診てあげますから、それまでは勝手に湿布を外さないようにしてください」
ハン先生も笑いながらそう言って立ち上がる。
「お忙しい中を、ありがとうございました!」
直立して敬礼するマークとキムを見て、小さく笑ったハン先生は笑って軽く敬礼してくれた。
ハン先生は、白の塔から派遣されている竜騎士隊専属の医師であって軍人では無い。しかし、通常任務の際には、医療支援を中心に働き、軍内部では士官と同じ扱いとなっている。
ハン先生についている医療兵や衛生兵達は、全て第二部隊の兵士達だ。
「それでは、ほどほどにね」
そう言って、治療道具の詰まった大きな鞄を持って本部へ戻って行った。
「大事なくて何よりでした。では落ち着かれましたら、遅くなりましたがまずはお着替えをなさってから、朝食をご用意しておりますので、どうぞお召し上がりください」
安堵したような執事の言葉に、その時初めて自分達がまだ顔も洗わずに寝巻きのままだった事に気付き、そしてレイの頭の物凄い寝癖を見て三人揃ってまた笑い合うのだった。
「だって、これは僕のせいじゃなくて、シルフ達がいつも僕の髪の毛で遊ぶからなんだよ!」
頭を押さえたレイの叫びに、また大笑いになるマークとキムだった。
大急ぎで顔を洗って身支度を整える。
準備が出来たら、料理を置いてくれている部屋へ執事の案内で移動する。
「ああ、またメニューが変わっている!」
柔らかな白パンやミルク粥など、朝食用のメニューが数多く並べられているのを見て、マークが嬉しそうに叫ぶ。
「うわあ、本当だ。朝からすげえ豪華だなあ」
キムの素直な感想に、レイも笑顔になる。
「懐かしい……ミルク粥だ。僕、これにしようっと」
あの日のミルク粥と同じように、ドライフルーツが入ったミルク粥をレイはお椀にたっぷりと取る。それを見た二人も同じようにミルク粥をお椀に取り分けた。
他にも色々取って来て、結局山盛りになったお皿を持って席につく。
揃ってしっかりと精霊王にお祈りをしてから食べ始めた。
「何だよこのミルク粥。俺の知ってるのと違うぞ」
「本当だ、同じなのに全部が違う」
マークとキムは、ミルク粥を一口食べただけで感動している。
柔らかく煮込まれたそれは、舌触りも良く、甘くて口の中でとろけるような優しい味をしていた。
「美味しいね。僕、ミルク粥なんて久し振りに食べたよ」
嬉しそうなレイの言葉に、満面の笑みで二人も何度も頷くのだった。
大満足の食事を終えた三人は、午前中は書斎で好きに本を読んで過ごした。
時折声を掛け合い、思いつくままに三人で話をしたりしながら、ブルーのシルフも加わって思いつく限りの構築式を書き散らした。
少し遅めの豪華な昼食は、また賑やかに話をしながら好きなように食べ、食後のデザートまでしっかりと頂いた。
「はあ、お腹一杯です」
レイが、最後のタルトの一切れを飲み込んでから、嬉しそうにそう言って残りのカナエ草のお茶を飲む。
『では、少し休んだら改めて庭で再現実験をしてみるとしようか』
机の上に座っていたブルーのシルフの言葉に一気に真剣な顔になった三人は、揃って大きく頷くのだった。
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