夜更かしの楽しみ方

「無事に到着〜!」

 無事に警備兵に咎められる事もなく離宮の部屋まで戻った三人は、レイルズを先頭に開けっ放しのままだった窓から部屋に戻った。



「それじゃあ、もう一回湯を使ってから休むか」

 まだ残っていた冷たいカナエ草のお茶を飲んでから、もう一度交代で湯を使った。

 レイが先に湯を使っている間に、マークとキムは着ていたカーディガンを脱いで、絡まっていた枝や葉っぱを出来る限り取って綺麗にした。

 そしてスリッパを脱ごうとして大変な事に気がついた。

 履いたまま外に出た為に、最高級品の綿兎のスリッパはすっかり埃と砂にまみれて色が変わってしまっていたのだ。しかも噴水の水で濡れた部分には泥汚れがついて点々と茶色くなっている。

「うわあ、どうしようこれ。砂だらけだよ」

「ああ、本当だ。うわあ……これ、どうしたら良いかなあ?」

 真っ青になって顔を見合わせた時、丁度レイが新しい寝巻きを着て湯殿から出て来た。

「お先でした。あれ、どうしたの? 二人とも」

 二人の様子がおかしい事に気付いたレイは、驚いてこっちを見ている。

「なあ、これどうしたら良い? 砂だらけになっちゃったよ」

 汚れた綿兎のスリッパを二人揃って上げて見せる。

 今履いているのは、また別に用意してくれてあったこれも綿兎のスリッパだ。

「えっと、使ったのは下の棚に置いておけば良いと思うけど?」

「いや、だってこんなに汚して……駄目だろう?」

 目を瞬いたレイは、ソファーに座って肩を竦めた。

「じゃあ僕が綺麗にしておくから、その間に湯を使って来てよ」

 何でもない事のようにそう言い、自分の汚れたスリッパも持ってくる。

 二人のスリッパと一緒に並べて置き、ウィンディーネに頼んで出してもらった掌ほどの水球で擦って、汚れたスリッパをあっという間に綺麗にしてしまった。

 これは洗浄と呼ばれる、ニーカも使っている水の精霊魔法の中でも上位の技だ。

 レイも洗浄の技は使える。だけどあまり大きなものはまだ上手く出来ないが、これくらいの大きさのものだったら簡単に綺麗に出来るようになった。

「ほら、綺麗になったよ」

 あまりにも簡単に綺麗にされてしまい、二人は驚きに声も無い。

 通常の洗浄はもっと多くの水を使うし、こんなに早く綺麗にはならない。

「まあ、レイルズだもんな」

「そうだよな。レイルズだもんな」

 しみじみとそう言った二人は、苦笑いして肩を竦めて、まずはキムが湯を使う為に湯殿へ向かった。

 キムが湯から上がってくるまでレイとマークは並んでソファーに座り、カナエ草のお茶を飲みながらクッションを抱えてビスケットを齧っていたのだった。




「はあ、さっぱりした」

 マークが最後に湯を使って出て来た時、レイとキムはベッドに並んで寝転がり、うつ伏せになって枕を胸元に抱え込んで一冊の本を二人で読みながらベッドにノートを広げていた。

 ベッドの周りには何人もの光の精霊達が現れて座ってくれているので、部屋はとても明るい。

「何を読んでるんだ?」

 レイの隣に、マークが寝転がり同じように枕を敷いてうつ伏せになって二人の手元を覗き込んだ。

「ガンディがくれた本なんだけどね。かなり古い本みたいなんだけど、精霊魔法の暴走事故に関する記録がまとめられた本なんだ」

「多分、三百年近く前に書かれた本みたいで、曖昧な部分もあるんだけどさ。今読むと、絶対合成魔法に失敗して暴走してるんだと思われるような供述が、いくつもあるんだよ」

 マークは目を見開いて広げられたノートを見る。

「一応、疑わしい部分を書き出して栞を挟んでるの。これ、明日もう一度検証する際に確認しようよ。合成魔法の参考になりそうな部分がかなりあるよ」

 嬉しそうなレイの言葉にマークも笑顔で頷く。

「そっか。考えてみたら精霊魔法の研究が盛んなこの国で、今まで精霊魔法の合成が研究されていないはずがないんだよな」

「成功例がほとんどないから、机上の空論だと思われていたんだけどさ。実際には、それと知らずにやっていた人は大勢いたって事だよな」

 苦笑いするキムの言葉に、マークも苦笑いして頷く。

 精霊魔法の合成に関しては、現在彼ら二人が最先端の研究者であり専門家だとされている。

 しかし、再現例の絶対数がまだまだ少なすぎる彼らにしてみれば、先達達の失敗体験はこれ以上ない素晴らしい見本であり参考なのだ。

「レイルズが、無期限でこの本を貸してくれるって。本部に戻ったら、ちょっとまずはこれをしっかり読み込んで再現できる部分がないか考えてみよう」

「ええ、良いのか? こんな貴重な本を気軽に貸し出したりして」

「言ったでしょう。本は読まないと価値が無いよ。収集と保管は図書館にお任せして、僕達は持っている本を有効に使わないとね。合成魔法に関しては、僕よりも二人に研究してもらうのが一番だと思うもの。あ、ブルーもそうしたほうが良いって言うから、渡す際には正式に鍵のノームに管理をお願いするから、遠慮しないで良いよ」

 それを聞いて、マークは密かに安堵した。

 貴重な本を信頼して貸してくれるのだからもちろん管理には気をつけるが、彼らが住んでいるのは兵舎の一般兵達が大勢一緒にいる階だ。勤務中は基本的に部屋に置く事になる以上、盗難の可能性が全く無いとは言えない。しかし、鍵のノームが管理してくれるのならば、その可能性は限りなく低くなるだろう。

 高価な書物などの貸し借りの際には、精霊を介しての契約をするのが慣例で、鍵のノームがそれを担当する。

 鍵のノームの管理は、この世界で一番信頼のおけるものだ。

 笑顔で頷き合った三人は、一冊の本を仲良く読みながらいつまでも時間を忘れて話に夢中になっていたのだった。



『もう良い加減にしなさい。また明日にすればよかろう。夜は眠るものだぞ』

 笑ったブルーのシルフに優しく諭されるまで、三人の話は尽きなかった。

「そうだね。そろそろ眠くなってきたや」

 大きな欠伸をしたレイがそう言い、本を閉じる。

「そうだな。確かに眠くなって来た。それじゃあ明日にしてもう寝ようか」

 起き上がってノートを片付けながらキムがそう言い、マークも起き上がって散らかった枕やクッションを片付けた。

 使った本とノートは、枕元に置かれた小さな机にそのまま重ねて置いておく。こうしておけば勝手に片付けられる事は無い。



「光の精霊さん。明かりをありがとうね、もういいよ」

 レイの言葉に、五人の光の精霊達は枕元に置かれたレイのペンダントの中に戻って行った。

 部屋が一気に暗くなる。

「それじゃあおやすみ」

「ああ、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 レイの声に、二人も揃って挨拶をしてそれぞれ胸元に毛布を引き上げる。

 すぐに寝息を立て始めた三人の周りでは、楽しそうに集まって来たシルフ達が彼らの額にキスをしたり、胸元に潜り込んで一緒に眠る振りをしたりして遊んでいたのだった。

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