大満足の夕食

 三人が夢中になって本の世界に没頭してしばらく経った頃、控えめなノックの音と共に執事が書斎に顔を出した。

「レイルズ様。夕食の用意が整っておりますが、いいかがなさいますか?」

 丁度その時、レイは分厚い本を読み終えて自分の思いつくままにノートに書き出し始めたところだった。

「あ、はい、もうそんな時間ですか?」

 手を止めて顔を上げる。

「皆様、大変有意義な時間をお過ごしのご様子ですが、どうかお食事をお忘れになりませぬよう」

 執事のその言葉に、苦笑いした二人も読んでいた本に栞を挟んで閉じた。

「確かに放って置かれたら、お茶も飲まずに一日中本を読んでる自信はあるよな」

 キムのその呟きに、レイとマークも笑って頷く。

「今夜はこのまま片付けずに置いておきますので、どうぞ本やノートはそのままに」

 笑顔でそう言ってくれた執事に三人は揃ってお礼を言い、立ち上がって夕食を用意してくれている部屋に向かった。




「うわあ、いい匂い!」

「うわあ、これまた美味しそう!」

 昼食と同じ部屋に入ったマークとキムは、そう叫んで目を輝かせた。

 昼食よりもさらに豪華になった料理の数々が、綺麗にお皿に盛られて何種類も並べられている。

 そして真ん中の机の横に置かれている大きなワゴンには、炭を起こして使う移動式のコンロが乗せられていて既に真っ赤に火が起こされていた。

 そのワゴンの前には、真っ白な制服を着た大柄な男性が立っていて、三人が来たのを見ると笑顔で一礼した。

「料理担当のルディと申します。今夜はこちらのコンロで肉を焼かせていただきます」

 そう言って取り出した肉はレイの頭よりも大きな塊で、太い金串に突き刺さったそれをワゴンに取り付けた土台の上に乗せた。しかもその肉はもう既に焼かれていて、表面が美味しそうに焦げて油が滴っている。

「うわあ、すげえ」

 マークが感心したようにそう呟き、キムも満面の笑みになって大きな肉が焼かれるのを見ていた。そして、それを見たレイの目が輝く。

「ねえ、あれってあの焼けたところを切ってもらうんだよね!」

 それは以前、カウリも一緒に四人でクラウディアとニーカを街の神殿まで送り届けた後、初めて連れて行ってもらった居酒屋で食べたのと同じ焼き方だった。

「ああ、そうか、以前カウリも一緒に黒竜亭で食べたな。そうだよ、あれは元はオルベラートの料理法の一つだよ。まあ、今ではこの国でも普通に見られるけどな」

 キムの言葉に、レイとマークが嬉しそうに頷く。

「めっちゃ美味そう。ぜひ切ってもらおう」

 マークの呟きに、先を争うようにしてお皿を持った三人が肉の前に集まる。

 笑顔で一礼したルディが、肉を一口で食べられるようにどんどんと削ぎ落として、三人のお皿に順に山盛りに入れてくれた。

「追加ももちろんすぐに焼けますので、どうぞいつでも仰ってください」

「ありがとうございます!」

 三人の声が重なり、それぞれの席に山盛りのお肉の乗ったお皿を置いて、他の料理を取りに向かう。

 これもまたそれぞれ山盛りに取って来た三人は、笑顔で頷き合い、しっかりと食前のお祈りをしてから食べ始めた。



「うわあ、何だこれ。めちゃめちゃ肉が柔らかい」

「本当だな。黒竜亭の串焼き肉もうまいと思ってたけど、これは比べるのが失礼だよ」

 マークとキムが、美味い美味いと言って夢中になって食べているのを、レイは嬉しそうに見て、自分もお肉をパンに挟んで大きな口を開けて齧り付いた。

 あっという間に平らげてまたお肉を切ってもらいに行く。一番最初に肉を取りに立ったのはレイで、マークとキムもすぐにその後に並んだ。

 三人は笑顔で山盛りに用意された料理を楽しみ、何度も焼けた肉を切ってもらっては、その度に料理人のルディにお礼を言った。

 三人は食べながら好きにおしゃべりを楽しみ、時には声を上げて笑い、そして笑顔で何度も乾杯をした。

 はっきり言ってお行儀は最悪だっただろうけれど、レイにとっては最高に楽しい夕食の時間になったのだった。




 大満足の夕食を食べ終え、執事が淹れてくれたカナエ草のお茶と一緒に、また新しく用意されたデザートを頂いてから、最後にカナエ草のお薬を揃って飲んだ。

 そのあとは、別に用意されたお酒を前に、精霊魔法の合成に関する話で真剣に語り合った。

 酒の摘みは、ロディナ名物の干し肉を細かく切ったのと、チーズに罪作りを乗せたものだ。

 ブルーのシルフとクロサイトのシルフも加わり、真剣な話はかなり遅くまで続いた。



『ふむ、では明日改めてあの再現実験をやってみよう。その上で上手くいくようであれば、改めて構築式を確認して正確な魔法陣を描いてみれば良い。その上でもう一度その魔法陣を元に発動させてみよう。それがあれば他の者達にも理解が早かろうからな。そこまで出来れば最高だな』

 三人が真剣な顔で頷くのを見て、ブルーのシルフは満足そうに頷いた。

『さて、もう時間も遅いのでそろそろ休みなさい。執事が休む為の部屋を用意してくれているぞ』

 ブルーのシルフの言葉に笑った三人が頷くと、まるでそれを合図にしたかのように遠慮がちなノックの音が聞こえた。

「レイルズ様、もうお時間も遅うございます。そろそろお休みになられたほうがよろしいのではありませんか?」

「あ、はい。もう休もうって言ってたところです」

 残っていたりんご酒を飲み干したレイがそう言い、マークとキムも残っていたウイスキーをゆっくりと飲み干した。

「ううん。しかし三十年物のウイスキーなんて生まれて初めて飲んだけど、噂に違わず美味いな」

「確かに、全然違うよ。これは本当に美味しい」

 キムの呟きにマークも思いっきり同意する。

 レイは、あまりまだその辺りのお酒の味は分からず、三十年物のウイスキーも水で割って少しいただいた程度で、後はりんご酒を飲んでいたのだ。

「僕はまだ、その辺のお酒の味とかはよく分からないです」

 悔しそうに口を尖らせるレイを見て、二人は笑ってふわふわの赤毛を撫でてくれた。

「まあ、レイルズももう少し大人になったらこの美味さが分かるさ」

「だよな。また一緒に飲もうな」

 笑顔の二人にそう言われて、レイは満面の笑みで大きく返事をしてまた二人に頭を撫でられたのだった。



『ラピスの主様は本当に可愛いね』

 感心したようなクロサイトの言葉に、ブルーのシルフは嬉しそうに笑顔で頷く。

 その優しい視線はずっと愛しい主に注がれていて、古竜であるブルーの隠そうともしない主への愛情を見て、クロサイトも笑顔になるのだった。

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