枕戦争

「では、こちらの部屋をお使いください。私は隣の部屋に控えておりますので、何か御用がありましたら、どうぞご遠慮なくお呼びください」

 部屋にはラスティがいてくれると思っていたレイは、ここでも執事の案内で三人一緒の部屋に来て驚いた。

 離宮の一階にあるその広い部屋は奥側の壁が一面大きな窓になっていて、広くて綺麗な庭が見えるが、篝火の焚かれた庭にはもうブルーとクロサイトはいない。どうやらレイ達が建物に入った後に湖に戻ったみたいだ。



 部屋の真ん中には大きな机と全部で六脚の椅子が置かれていた。壁側に置いてあるソファーもとても大きいし、幾つものクッションが並べて置かれている。

 大きな机の上には綺麗なグラスが伏せて並べられているし、横に置かれたワゴンには綺麗なガラスのポットが並んでいて、氷の浮いた冷たいカナエ草のお茶が用意されている。

 ワゴンの下の段にはクラッカーやナッツの瓶が並んでいる。それから干した果物やビスケットの入った瓶もあるみたいだ。

 また反対側の壁際には驚くほど大きなベッドが置かれている。しかもそのベッドは、大きなベッドを三つ隙間無く並べて、一つのベッドになる様にしてあったのだ。

 ベッドにぎっしりと並んだどう見ても多すぎる枕に気付き、レイが目を輝かせて執事を振り返る。

「では、私は失礼させて頂きます。どうぞ楽しい夜をお過ごしください」

 笑顔で一礼した執事は、そのまま続きになった隣の部屋に下がってしまった。



「へえ、執事さんに世話を焼かれるって、こんな風なんだ」

「だよな。なんかめっちゃ緊張したよ」

 感心したような二人の呟きに、レイは振り返って首を振った。

「ええ、普段とは全然違うよ。普通なら着替えやお茶のお代わりまで全部やってくれるんだよ。でも僕もこれくらいのほうが良いや」

 笑ってそう言い、奥にある扉の前へ行きその扉を開いた。

「えっとここが洗面所だね。こっちの扉が湯殿になってるみたい。じゃあ、まずは交代で湯を使おうよ」

 ベッドの横の棚には、二人が持って来た着替えがいつの間にか綺麗に畳まれて並べられている。当然そこにはレイの分も用意されている。

 脱いだ制服を掛けるハンガーも用意されていて、笑顔で頷き合った三人は相談の結果、レイ、キム、マークの順番で、まずは湯を使う事にしたのだった。




「いやあ、気持ち良かったよ。あんな広い湯殿で一人で湯を使うのなんて、俺生まれて初めてだよ」

 寝巻きに着替えたマークが満面の笑みでそう言いながら湯殿から出てくる。

「確かに気持ち良かったな。俺達はいつも共同で湯を使ってるから、あまりゆっくり出来ないんだよな」

 キムの言葉に、マークも笑って頷いている。

「僕、以前身分を隠して第二部隊の倉庫へお手伝いに行った事があるんだけど、その時初めて共同生活をして、皆と一緒に湯を使ったよ。狭くて大変だったけど楽しかったな」

 目を輝かせるレイに、二人は苦笑いしている。

「さて、それじゃあもう休むのか?」

 マークがそう言って座っていたベッドに寝転がり、少し離れて座っているレイを振り返る。

「休むと思うか?」

 にんまりと笑ったキムが、ゆっくりと手を伸ばして山積みになっている枕に手を伸ばす。

 さっきまでは綺麗にベッドの端に並んでいた枕が、どうしてこんな事になってるんだろう?

 全く状況を理解していないマークの左右に、笑顔のレイとキムが並んで座る。二人の手には、何故か枕が二個ずつ掴まれている。

「枕を二個も取って何するんだよ?」

 そう言って起き上がろうとした瞬間、レイが大きな声を上げながらいきなりマークを持っていた枕で叩いたのだ。

「ああ、そういう事かよ!」

 叩かれた枕を引っ掴んで確保して勢いよく腹筋だけで起き上がり、そのままレイを枕で殴り返す。悲鳴を上げたレイが、積み上がった枕に突っ込んで行き両手で枕を掴んで高々と挙げる。キムも持っていた枕を振り回し、三人揃って声を上げて笑いながら互いを殴り合い枕を振り回した。



「はあ、ちょっと休憩」

「湯上りにいきなりこれはキツいぞ」

 レイの横に、笑い過ぎて息を切らせたマークが座る。レイの反対側にキムが座った。

 三人共枕を抱えている。

 並んで笑顔で顔を見合わせ、次の瞬間三人同時に持っていた枕で隣をぶん殴った。

 歓声を上げてレイがマークに飛びかかり、右手に持った枕で相手を叩く、叩く、叩く。笑いながらマークも持っていた枕でレイを叩きまくった。

 キムがそんな二人をまとめて横からシーツでグルグル巻きにして上に飛び乗る。歓声を上げた二人が息を揃えて下からキムを蹴り上げ、背中からベッドに転がったキムに向かってぐるぐる巻きのまま息を揃えて起き上がった二人が飛びかかっていった。

 二人がシーツから抜け出し、また枕での殴り合いと、今度は互いの枕を奪って投げ合いが始まる。

 投げるものが足りなくなってソファーからクッションが追加され、最後には三人揃ってベッドから勢い余って床に転がり落ちて、三人揃って声を上げて大笑いをした。

「はあ、これは湯を使う前にやるべきだったな、せっかくなのに、また汗かいたぞ!」

 床に転がってまだ笑っているマークの言葉に、座り込んだまままた転がったレイも笑いながら何度も頷いている。

「はあ、喉渇いた。そっか、これを見越して冷たいお茶なんだな。執事さん凄え」

 キムがそう言って立ち上がり、グラスを三つ取り冷えたカナエ草のお茶を注いだ。

「飲むだろう?」

 両手に持って二人に渡し、もう一度机に戻って椅子に座ってお茶を一気に飲み干した。

「ああ美味しい。もう最高だな」

 満足の大きなため息を吐くキムを見て、レイも笑顔でもらったお茶を一気に飲み干す。

「おかわりください!」

「俺も欲しいです!」

 床に座り込んだままおかわりを要求する二人に、苦笑いしたキムはピッチャーを持って行き、差し出されたグラスにたっぷりとおかわりを注いでやった。



 机の上に置かれたグラスに並んで座ったブルーのシルフとクロサイトの使いのシルフは、楽しそうにお茶を飲んでは笑っている三人を、優しい眼差しでずっと見つめていたのだった。

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