再現実験

 庭に出ると、ブルーとクロサイトが揃って彼らを振り返った。

「では始めるとしよう」

 前置きもなくブルーがそう言い、全員の顔をが一気に引き締まる。



「マーク軍曹、ここに立ってくれ。キム軍曹はそっちだ」

 マイリーが広い庭の端に立ち自分の足元と少し離れた石像がある辺りを指差す。

 それだけでマイリーの言葉の意味を理解した二人が、大きな声で返事をして早足にその場に立つ。

「レイルズはこの辺りに、彼女の役は……」

「あ、じゃあ俺がやります。光の盾でいいんですよね」

 ルークが手を上げてマイリーが立っている少し横に立つ。

「場所はこんなものだろう。俺達はまずは見学させてもらおう」

 そう言って両王子も少し下がらせ、マイリーはその斜め前に立つ、ヴィゴがその反対側に立ち、両王子を守る位置についた。

 万一の際の盾役だ。

 それを見た若竜三人組も、マイリーの左にタドラとイクセル副隊長が、ヴィゴの右側にロベリオとユージンが並んだ。



 大きく一度深呼吸をしたルークが、自分の前1メルトくらいの位置に、少し考えてベルトの小物入れから手拭き布を取り出して軽く結んで置いた。

「これでよし、と。じゃあ俺の合図で、あの時を思い出して俺の前に一斉に術を発動してくれ。目印はこの布の位置の上、この辺りだな」

 手で男が持っていた短刀の位置を示す。

 そのルークの真剣な声に、マークとキムが返事をする。レイも負けないくらいに大きな声で返事をした。

 スマイリーは、ブルーから少し離れた位置で真剣な顔でルークを見つめていた。



「よし、来い!」



 ルークの大声に合わせて、全員が一斉にあの時と同じ精霊魔法の術をそれぞれ放った。

 レイは、光の盾と風の盾を合成して飛ばした。

 マークは、光の盾に風を合成して飛ばした。

 キムは、風の盾を作り出して風で飛ばした。

 スマイリーは、あの時と同じ様に少しだけ発動が緩めの風の盾をルークの前に作り出した。

 そしてルークは両手を伸ばして手の平を前に向けてを突き出して、彼女がいつも作っているくらいの大きさの光の盾を作り出した。



 その直後、一瞬だけルークの目の前の光の盾がものすごい光を放ち一気に大きくなったが、残念ながら巨大化はせずにあっという間に消滅してしまった。

 全員が目を見開いたまま、黙って中心に立つルークを見ていた。




「い、今のって一瞬だけだったけど盾が大きくなったよね。あれって成功したの?」

 小さなレイの声に、ルークは黙って首を振った。

「今の光は単なる術の暴走だ。俺に、すげえ反動が来たよ」

 そう言って大きなため息を吐いて、ルークはいきなり糸の切れた操り人形の様にその場に座り込んだ。

 全員がほぼ同時にルークに向かって駆け寄る。

「大丈夫ですか!」

 マークとキム、それからレイの三人同時の悲鳴の様な声が庭に響いた。

「うわあ、両手の感覚が無いよ」

 座り込んだまま自分の両手を見てそう呟くと、ルークはそのまま倒れる様に地面に仰向けに転がった。

「おい、ハン先生を大至急呼んでくれ!」

 ヴィゴが振り返ってこちらを見ている執事に指示を出した。

 隣では、アルス皇子がシルフを呼び出し、ガンディに至急離宮に来るように頼んでいた。



「おい、しっかりしろ!」



 ヴィゴが駆け寄って地面に転がるルークを抱き起こす。レイ達も慌てて駆け寄り膝をついてルークを覗き込んだ。

「ああ、大丈夫だよ。ごめんごめん。とにかく凄い反動だったから、咄嗟に両手で風の盾を発動して反動から来る衝撃を防いだんだ。パティとラピスも風の盾で庇ってくれたから、俺の被害はまともに反動を受け止めた両手の痺れだけだよ」

 座ったまま抱き起こされて苦笑いしながらも、意外にしっかりした声で答えるルークを見て全員の口から安堵のため息が漏れた。

 マークとキムの二人は、安堵のあまりその場に座り込んでしまっている。




「ふむ、これまた興味深い現象だったな」

 静かなブルーの声に、全員が一斉にブルーを振り返った。

「今のは、ただの暴走では無いと?」

 オリヴェル王子の言葉に、ブルーは頷いた。

「いかにも。失敗ではあるが、また幾つか解った事がある」

「聞かせてください!」

 王子の叫ぶ様な声に、全員の注目が集まる。

「あの、巫女を庇った際に起こった巨大な光の盾。あれ自体を再現するのは、おそらく可能だ。だが今のやり方では無い、これは全く違ったやり方ですべきだ」

「全く違ったやり方?」

「ふむ、一度我がやってみようと思うので、其方達は念のため建物の中に入っていろ」

 そう言うと、丸くなって座っていた身体を起こして大きく伸びをしてから座り直した。

「さっきの話をやってみるんだね。ここでするの?」

 ブルーの言葉に、クロサイトも嬉しそうにそう言ってブルーを見上げた。

「ふむ、まずは我がやってみるので、其方はそこで見ていなさい」

 元気良く返事するクロサイトにそっと鼻先で頬擦りして、ブルーは茫然と自分を見ている人間達を振り返った。

「言ったであろう。念の為に其方達は建物の中から見ていなさい。ああ、医者達が来た様だな。丁度良い。彼を中で診てもらうといい。診察が落ち着いてから、改めて我が再現実験をやってみよう」

 ラプトルに乗ったガンディとハン先生が、先を争う様にして庭に駆け込んでくる。

 ヴィゴはまだルークを抱えたままだ。

 それぞれに大きなため息を吐いて頷き合った一同は、駆け寄って来たガンディとハン先生、そしてその後ろから同じくラプトル乗って走ってきた竜騎士隊付きの医療兵達に向き直った。

「お忙しいところを無理を言って申し訳ありません。念の為、彼を診てやってください」

「何があった?」

 ラプトルから飛び降りたガンディの言葉にヴィゴとマイリーが目を見交わす。

「詳しい説明は中でします。とにかく中に入りましょう」

 マイリーの言葉に頷いたロベリオとユージンは、駆け寄って来た執事に、庭には誰も絶対に出さない様に指示してルークを支えて建物の中に戻った。

 半ば呆然とそんな彼らを見送ったレイは、ブルーの所へ走り、大きな前脚に手を添えた。

「僕も中にいた方が良い?」

「ふむ、大丈夫だとは思うが、念の為、其方も建物の中にいてくれるか。そうすれば建物ごと結界で包んで守れるからな」

「うん、分かった。じゃあそうするね。でも……」

「ん? 如何した?」

「ブルーに危険は無い?」

 真剣なその声に、ブルーは喉の奥でゆっくりと笑った。

「我は大丈夫だよ。古竜はその程度で傷付いたりはせぬ。安心して見ていなさい」

 低いブルーの声で優しく諭す様にそう言われて、小さく笑ったレイは、差し出された大きな頭に両手で力一杯抱きついた。

「じゃあ中にいるね。でもお願いだから無理はしちゃ駄目だよ。ブルーは僕のものなんだからね。勝手に怪我したりしちゃ駄目なんだよ」

 真剣な声でそう言うと、大きな額にそっとキスを贈った。

「もちろんだ。安心して見ていなさい」

 手を離したレイは、小走りに走って離宮の中に駆け込んで行った。



 ルークは、手の痺れ以外は怪我もなく特に問題は無いと診断され、一人だけ椅子に座った状態で見学する事になった。

 全員が、ブルーのいる庭を見渡せる広い部屋にいる。



 起き上がってもう一度翼を伸ばすブルーを、全員が息をするのも忘れて食い入る様に見つめているのだった。

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