特別研究会の始まり

「えっと、大丈夫?」

 苦笑いしながらレイはマークとキムの顔を覗き込んだが、二人とも完全に固まってしまっている。

「大丈夫?」

 もう一度、二人の顔の前で手を振りながらそう聞いてやる。

「お、おう、勿論大丈夫。だ、よ」

「うん、うん、うん。全然、大丈夫、だぞ」

 瞬きもせずに二人同時に大丈夫だと言うが、何処から見ても全然大丈夫ではなさそうだ。

「あの、とにかく中へどうぞ。今研究している構築式について説明します」

 レイのその言葉に、ラプトルに乗ったままだったオリヴェル王子がようやく降り、一同は一旦書斎に戻った。

 それを見て、ようやく動ける様になったマークとキムもレイの後に続いた。




「いきなりで驚かせて悪かったな。陛下にお誘いいただいて、両殿下と大人組は奥殿で昼食会だったんだ。それでオリヴェル殿下がお前の竪琴を聞きたいとの仰せだったんだ。だけどお前は今日は勉強の日だから、公式行事には不参加だって言って断ったんだ。それで最初は誤魔化せていたんだけどさ。ラピスが、いきなりクロサイトを借りたいと陛下に伝言を寄越して来て、それを陛下が簡単に了承したものだからさ。オリヴェル殿下が今のは何の話だって食いついてきてね」

 申し訳無さそうなルークの言葉に、レイは納得して頷いた。

「しかも、食後に急いでお前に連絡したら殿下に気づかれてさ。せっかくだから驚かせたいし、マーク軍曹とキム軍曹に逃げられたら駄目だから知らせるなって言われてシルフを追い払われちゃったんだよ」

 それを聞いて、いきなりシルフが消えてしまったあの一件の意味が分かった。

「ああ、あれはそういう事だったんですね」

 そう言って堪えきれずに小さく吹き出す。

 何かあったのかと心配していたが、確かにあの時のルークにとっては呼んではいけないくらいに大変な状態だったらしい。

 隣では、一緒に聞いていたマークとキムも堪え切れずに小さく吹き出していて、誤魔化す様に何度も咳払いをしていた。




「ああ、話には聞いていたが、これは確かに素晴らしいね。ここでなら好きなだけ自分の研究が出来そうだ」

 ぎっしりと専門書が詰まった本棚を見たアルス皇子の嬉しそうな言葉に、竜騎士隊の皆も笑顔で頷いている。

「瑠璃の館にも同じくらいにたくさんの本があります。あの、本当にたくさんの本をありがとうございます」

 目を輝かせるレイの背中を叩いて、ルーク達が本棚に駆け寄る。

「これを読んでるだけでも、充分研究出来そうだ」

 手にした精霊魔法に関する本は、ルークも持っていない古い本だ。

 その本にはガンディの蔵書印が押されていて、その横に贈られた日付と彼の手書きのサインがしてある。自分の蔵書を誰かに贈る場合は、この様に蔵書印の横に贈った日付と贈った本人のサインをするのが慣例だ。

「ああ、読みたい!」

 笑ってその本を抱きしめる。

「気持ちは分かるが今日はこっちを優先しよう。本読みの会の際には。ぜひ俺も呼んでおくれ」

 こちらも嬉しそうに本棚を見上げるマイリーがそう言ってルークの肩を叩き、大きなため息を吐いたルークは手にしていた本をひとまず棚に戻した。



 散らかしていた本を一旦片付けて返却用の木箱に入れ、机の上には先ほどマークが書いていたノートの合成魔法の構築式の部分を開いて置いた。

 全員が身を乗り出す様にしてノートを覗き込む。

 執事が大きな移動式の黒板を持ってきてくれたので、マークとキムが解説役を務めて、今までの自分達なりの考え方に始まり、先ほど行った実際に合成魔法を複数発動した際の問題点なども、思いつくままに話し続けた。

 時折レイも自分の考えや実際に合成魔法を発動した際の感想などを伝え、次第にマイリーやルークだけでなく、カウリやヴィゴ、若竜三人組までもが次々と意見を言い始め、最初のうちは黙っていた両王子とイクセル副隊長までもが参加して、いきなり白熱した話し合いが始まった。



「うわあ、何だかすごい事になったな」

「うん、だけどすごく勉強になるよ。さすがに皆様精霊魔法に関する知識や考え方が半端ない」

「だな。もうこの際だから俺達も遠慮なく参加させてもらおう」

「だよな。遠慮しなくても良いって仰って下さったもんな!」

 そう言って互いの両手を握り合い満面の笑みになった二人は、黒板に勢いよく新しい構築式や魔法陣を描き始める。

「あの、こっちもよろしいでしょうか!」

 マークの声に、全員が一斉に黒板を振り返る。

「ああ、成る程。それなら確かに辻褄はあうな」

 いくつかの魔法陣の箇所を確認したマイリーが感心した様にそう呟く。

 そのまままた白熱した話し合いになりそうになった時、レイが手を挙げて大きな声でいきなり叫んだ。



「あの、外が明るいうちに一度再現実験をやってみませんか。これだけ上位の精霊使いが集まれば、さっきよりも発動は容易になってるはずです!」



 その声に、全員が黙る。

「確かにそうだな。これだけの人数の上位の精霊使いがいて、さらにラピスとクロサイトまでいるのだから、実験しない手はないな」

 苦笑いするマイリーの言葉に、全員が立ち上がる。

「この魔法陣はどうしますか?」

 黒板を振り返ったマークが質問する。

「今からそれを正確に描いていたら日が暮れるよ。とりあえず、まずは例の巨大な光の盾を再現してみよう。再合成された合成魔法から新たに展開するのは、再現実験に成功してからだ」

 マイリーの言葉に頷き、マークも持っていた本を置いて竜騎士隊の後に続いた。

 そんな彼らを見て、多くのシルフ達が嬉々として彼らの後について出て行くのだった。

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