突然の出来事
ゆっくり休憩したレイ達三人は、クロサイトが来るまでの間は、書斎に戻ってもう一度構築式の確認をする事にした。
それぞれ思い思いに参考になりそうな本を読んだりノートに書き出したりして、一刻程の時間が過ぎた時だった。
何かの気配を感じたレイは、不意に顔を上げる。
不思議そうに見渡した後、立ち上がって廊下に続く扉を開いた。
「あれ、どうかしたか?」
こちらもノートに思いつくままに構築式を書き散らかしていたマークが、突然のレイの動きに気付いて顔を上げる。
本を読んでいたキムも、不思議そうに廊下を覗くレイを見ている。
顔を見合わせ二人は、立ち上がってレイの横に行く。後ろから廊下を見たが、別に誰かが立っている様子はない。
「いきなりどうしたんだよ」
マークの質問に、レイは困った様に眉間にシワを寄せて答える。
「えっと、今ね、誰かの声が聞こえた様な気がしたんだけどなあ?」
「ええ、声? さっきの執事さんか?」
今離宮にいるのは自分達だけで、それ以外でここにいるのは、ここで働いている執事や使用人達だ。
しかし、今の離宮の主人であるレイが来ている以上、使用人達がレイの聞こえる場所でうるさくするとは思えない。執事達も当然同じ。
「ううん、別に何も聞こえないけどなあ。だけど、万一何か問題があるのなら執事さんが知らせに来てくれるんじゃないか?」
先程のルークの使いのシルフの様子と言い、確かにちょっと気にならないと言ったら嘘になるだろう。
「じゃあ、庭に出てみれば良いんじゃないか? 蒼竜様がいらっしゃるんだから、聞いてみれば良いじゃないか。もしかしたら、クロサイト様も来たのかもしれないぞ」
「ああ、確かにそうだね」
もう一度顔を見合わせた三人は、とりあえずここはそのままにして庭に出てみる事にした。
「クロサイト様が来てくれたら、改めて再現実験だな」
「何とか上手くいって欲しいよ。再合成の発動条件さえ判れば、あの現象を再現するのは難しくても不可能じゃあないと思うからさ」
三人の間でいつもやっている合成魔法とは別に、あの神殿での偶然の産物である巨大な光の盾の事は、再合成された合成魔法、と呼ぶ事にしたのだ。
のんびりと話をしながら廊下を歩いていると、ここへ案内してくれた執事が早足でこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
「ああ、レイルズ様、それにマーク軍曹、キム軍曹、すぐに庭にお越しください」
やや早口の執事の言葉に、頷いたマークとキムが早足になりかけて止まる。
「どうした。早く行こうクロサイト様が来てくれたんじゃないのか」
レイが立ち止まった事に気付いて、二人揃って振り返る。
「ねえ、今、今二人の事を軍曹って呼んだ?」
レイがいきなりそう言って執事を見る。
「はい、本日付で軍曹に昇進なさったとお伺い致しましたので」
軽く一礼する執事を見て、レイは声を上げて二人に駆け寄った。
「ずるい! 言ってくれないと!」
二人は揃って誤魔化す様に肩を竦めた。
「ごめんよ、先に話つもりだったんだけどさ。ここに来てすぐに書斎へ行っただろう。もう本に夢中になっちゃったから。だから、この話は後でも良いかと思って」
「おめでとう! あ、またお祝いさせてよね!」
目を輝かせるレイの言葉に、二人が慌てて首を振る。
揃って口を開こうとした三人だったが、その直前に執事がわざとらしく軽く咳払いをする。
「失礼いたしました。どうか取り急ぎ庭にお出になってください」
いきなり会話を横から止められた形になり、レイは驚いて執事を見る。この様な事をされたのは初めてだ。
「大変失礼いたしました。どうかお許しくださいませ。ですが、緊急事態につき大至急庭に出て頂きますようお願い申し上げます」
深々と頭を下げる執事を見て、キムがレイの背中を叩いた。
「何だか知らないけど、執事さんがここまで言うんだから何かあったんだろう。とにかく先に庭に行こう」
頷いたマークも、戸惑うレイの背中を押して、とにかく庭に向かった。
「うわあ。これは確かに緊急事態だよ……」
庭に出たマークとキムは、ほぼ同時に全く同じ事を言いそのままその場から一歩も動けなくなった。
それに対して、レイは庭を見た瞬間に大きく吹き出して駆け出して行った。
「ルーク! 黙っててくれるって言ったのに!」
そこにいたのは、アルス皇子を先頭に竜騎士隊全員が揃っており、アルス皇子の隣にはオリヴェル王子とイクセル副隊長の姿もある。
全員がまだラプトルに乗ったまま、笑顔でレイを見ている。
庭に丸くなって座っているブルーの横には、小さなクロサイトがブルーの尻尾に隠れる様にしてこちらを見ていた。
「せっかくだから、レイルズも誘って演奏会をやりたいとお願いしたら、君は今日、何でもご友人達と一緒にとても楽しそうな事をしていると聞いてね。迷惑かと思ったのだけれど、我慢出来ずに来てしまったよ。お邪魔させてもらっても構わないだろうか?」
「えっと……」
戸惑う様にルークを見ると、声を出さずに、ごめんよ。と謝られてしまった。
どうやら、先程の突然消えてしまったシルフは、オリヴェル王子に止められて消えてしまったのだろう。
同じ竜の主でも、オルヴェラートの守護竜であるジェダイトの主であるオリヴェル王子の方がルークよりも格は上だ。そのため王子に止められてしまって伝言のシルフを飛ばせなかったのだろう。
事情が分かって、レイは思わず小さく吹き出した。
それから、固まっているマークとキムを振り返る。
「えっと、何だかごめんね。皆様も一緒でも……良いよね?」
最後は小さな声で話しかける。
瞬きもせずに固まっていた二人は、その声に何とか息を吹き返した。
「そ、そりゃあもちろん」
「だよな、だだだってもうお越しになってるのに、今更、お断りするなんて無茶は言わないって」
プルプルと震えながらも、うんうんと頷き続けている。
「あの、マーク軍曹とキム軍曹は一般の出身なので、礼儀作法や貴族のマナーを全く知りません。もしも何かご無礼があってもお許し頂けますか?」
二人のを庇うかの様に前に進み出たレイは、戸惑いつつもオリヴェル王子に向かって真っ直ぐに問いかけた。
それを聞いた竜騎士隊の一同が、密かに感心した様に頷き合った。
「もちろん、私としては喜んでその意見に同意するよ。出来ればここは、君達が通っている精霊魔法訓練所の別館程度に思ってもらえれば嬉しいんだけれどね。私はただのオリヴェルで、君はただのレイルズ。そして、マークとキム。どうだい? ああそうだ。ここにいる間は是非ともオリーと呼んでくれたまえ」
それを聞いたマークとキムが、揃って声無き悲鳴を上げて膝から崩れ落ちる。
「殿下、さすがにそれは無茶が過ぎましょう」
苦笑いしたマイリーがそれは止めに入ってくれたおかげで、隣国の次期国王となる王子を愛称で呼ぶなどと言う無理難題は却下された。
「ブルー、殿下がお越しになるって知ってたんでしょう。どうして教えてくれなかったんだよ」
ブルーに駆け寄って小さな声で口を尖らせながら文句を言う。
「いやあ、あまりに楽しそうにしていたのでな。良いでは無いか。彼も光の精霊魔法は使う。精霊魔法の使い手は多ければ多いほど良いからな」
「それはそうだけどさあ」
ようやく起き上がって来たが、まるで魂が抜けているかの様な様子のマークとキムを見たレイは困った様に笑って、二人のところへ走って戻って行ったのだった。
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