休憩と騒ぎの予感?

「駄目だ。これはもう一度最初の構築式からやり直しだ。これじゃあ駄目だよ。全然話にならない」

 頭を抱えて地面に転がるマークの叫びに、同じく芝生に座り込んでいたレイとキムも同じ様に呻き声を上げて転がった。

「ねえ、ブルーはどう思う?」

 よく晴れた空を背景に、真っ青なブルーの大きな顔が上から首を伸ばして覗き込んで来る。

「ふむ、そうだな。少なくとも、どうやらあれを再現するのは簡単な事では無い、というのは解ったな」

 大真面目にそう言ったブルーの言葉に、三人が揃って大きなため息を吐く。

「そんなの最初から解ってます! その上でそれをやろうって言うんですから、そこを一緒に考えてくださいって!」

 キムの叫びに、ブルーは面白そうに喉の奥で笑った。

「誰もやった事が無かったであろう、全く新しい構築式で成り立つ合成魔法を、さらに複数合成させて発動させようと言うのだ。そう簡単に出来ては面白くなかろうが」

「そりゃあそうですけど!」

 キムの言葉に、いきなりマークが腹筋だけで起き上がる。

「あれ、ちょっと待てよ。俺達思いっきり見落としてる重要な要素があるぞ」

 その言葉に、同じく腹筋だけで二人も揃って勢いよく起き上がる。

「ええ、どうして?」

「そうだよ。あれで良いんじゃないのか?」

 二人の声が重なる。

 マークは大きなため息を吐いて頭を抱えた。

「俺達、自分達の合成魔法の事ばっかり考えていたからさ。それでこの重要な要素を見逃してるのに今まで誰も気付かなかったんだよ。ほら、考えてみろよ。前回よりも今回の方が人数が少ないじゃないか! だって、クラウディアが光の盾を発動させたって言ってたし、ニーカは自分の竜に助けを求めたって言ってなかったっけ?」



 その言葉に、数秒間の沈黙が落ちる。



 その直後に、レイが声無き悲鳴を上げてまた地面に転がる。

 キムは、呆気に取られた様にマークの顔を見た後、いきなり笑い出した。

「あはは、本当だ。どうして今まで誰も気づかないんだよ! ちょっと本気で自分が馬鹿なんじゃないかと思えてきた」

 それを聞いたレイとマークも揃って笑い出し、地面に転がったまま大爆笑になる。その後しばらく、三人の笑いは収まらなかった。



「ブルー! 絶対気付いていたでしょう。どうして言ってくれなかったんだよ!」

 笑い過ぎて出た涙を拭いながら、今度は手をついて起き上がったレイがブルーを見上げて文句を言う。

「いや、少人数でやってみるのも決して無意味では無いさ。現に、我には一つ解った事がある」

 いきなり口調の改まったブルーを見て、慌てた様に三人が立ち上がる。

「あの時の完全な再現をやってみたい。其方達に是非とも協力してもらおう」

 驚きに目を見開いた三人は、揃って大きく頷くのだった。




『あれ?』

『こんな所で集まって何をしているの?』

 ブルーの前に一人のシルフが現れて、辺りを見回して不思議そうにそう言った。

「あ、クロサイトだね」

 そのシルフを見たレイが、駆け寄って話しかける。

『うんそうだよ』

『ラピスに呼ばれてきたんだけど』

『ここで何をしてるの?』

 ブルーのシルフと違って、その声はシルフのものだ。

「これで役者は揃ったな。あの巫女殿が発した光の盾は我が受け持ってやろう。ではまずはあの現場の再現からだな。クロサイトよ。あの夜、其方は主の親友である巫女殿を守るためにどんな術を使った?」

 静かなブルーの問いを、レイ達三人は食い入る様にして聞いている。

『あああの時だね』

『風の盾だよ』

『慌てていきなり発したからね』

『ちょっと術の発動自体は弱かったかも』

 その言葉を聞いた途端に、三人の顔色が変わる。

 もしもあの時の風の盾が通常の風の盾と違うのなら、今まで考えていた構築式が根底から変わる事になる。

「それを再現できますか!」

 キム言葉に、クロサイトのシルフは目を瞬いて考えた。

『ううん不可能ではないと思うけど』

『使いのシルフを通じてではちょっと微妙な加減が難しいと思うよ』

『僕がそこへ行けば良い?』

 最後はブルーの方を向いてそう尋ねたが、レイは困った様に眉を寄せた。

「クロサイトは竜舎から勝手に出ちゃ駄目なんだ。移動には皇王様の許可がいるんだよ」

 その言葉に、マークとキムは再現実験を諦めた。

 しかし、それを聞いたブルーは平然と頷いた。

「ああ、そうであったな。ちょっと待て、許可をもらってやる」

 目を見開くマークとキムを見て、レイは小さく笑った。

「そっか。僕らが言うより、ブルーに直接頼んでもらったほうが早そうだね」

 当たり前の様にそう言って笑うレイを見て、マークとキムはなんとも言えない顔になるのだった。



「えっと、じゃあクロサイトが来るまで少し休憩しようか。僕、喉が渇いちゃったよ」

 昼食のあとはずっと庭に出て合成魔法を発動させ続けていたので、確かに疲れている。

「だな。じゃあさっきの部屋に戻って少し休憩するか。俺も喉が渇いたよ」

「確かにちょっと休憩したほうが良さそうだな」

 クロサイトのシルフは、ブルーの元に留まって今までの実験の話を聞いているので、三人はとりあえず、先ほど昼食を食べた料理が置かれている部屋に戻った。



「ああ、お菓子が追加されてる!」

 料理は少し品数が減っていて、摘んで食べられそうな軽食を中心にお菓子が何種類も追加されていたのだ。

 それを見た三人の目が輝く。

 先を争う様にしてそれぞれに好きなだけお菓子を取り、カナエ草のお茶だけでなくグラスに氷を入れて何種類ものジュースを入れて回った。

 声を立てて笑いながら席に戻り、先ほどの失敗の原因を思いつくままに話しながら夢中になってお菓子を平らげた。

 食堂で出るお菓子も充分美味しいと思っていたマークとキムだったが、ここのお菓子の美味しさには別格だ。普段はそれほど甘いものを食べない二人もすっかり魅了されてしまい、レイに負けないくらいにまた幾つも取ってきて、顔を見合わせては大喜びで食べていたのだった。



 その時、シルフが突然机の上に一人だけ現れて座った。

「あれ、伝言のシルフだね。誰だろう?」

 それに気付いたレイが、口の中のものをきちんと飲み込んでからシルフに向き直る。

『ルークだよ』

『進行はどうだい?』

 それを聞いたレイは、ちょっと眉を寄せて首を振った。

「今休憩中です。あのね、午後から何度も合成魔法を同時に発動して実験をしてるんだけど上手くいかないんだ。それでブルーがね……」

 そこまで話した途端に、ルークの使いのシルフがいきなり慌てた様に立ち上がった。そして何か言おうと大きな口を開けたところで、いきなり伝言のシルフは消えてしまった。

「あれ? 消えちゃったよ?」

 当然、先ほどのルークの使いのシルフの言葉はマーク達にも聞こえていたので、二人も不思議そうに首を傾げた。

「何かあったのかな?」

「うん、なんだか焦っておられたみたいだったよな」

 二人は不安そうにレイを振り返った。

「なあ、もう一度ルーク様に連絡したほうが良くないか?」

「何があったのか確認しないと」

「そうだね。えっと、シルフ、ルークは今何をしてる?」

 すると、シルフ達は面白そうに笑うと揃って首を振った。


『今忙しいの!』

『呼んだら駄目なの』

『駄目なの』

『ね〜!』


 それを聞いた三人は、困った様に顔を見合わせた。

「何かあったのなら、本部に帰ったほうが良いんじゃないか?」

 戸惑う様なキムの言葉にレイも困ってしまった。

「ねえブルー、ルークに何かあったの?」

 この場で一番信頼出来るブルーに質問する。すると、目の前に現れたブルーのシルフは笑って首を振った。

『心配は要らぬ。気にせず食べなさい』

 頼もしいブルーの言葉に、三人は揃って安堵のため息を吐いた。

 もちろん何かあったのなら戻らなければならないのは当然だが、出来ればせっかくの機会なのだからここでゆっくりしたい。

 顔を見合わせて頷き合った三人は、残りのお菓子をまた取ってきて話をしながら楽しんだのだった。



『さて、この後の騒ぎが楽しみだな』

 そんな彼らをブルーのシルフは面白そうに眺めていたが、小さくそう呟くと何事もなかったかの様にレイのところへ飛んで行き、肩に座って頬にキスを贈ると三人の話を楽しそうに聞いていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る