有意義な時間と昼食

「あっそうか。それならこっちに持ってくれば……」

 初めて読む本を手にしながら、大きな机の右側に座ったマークが、ぶつぶつと何か呟きながら考えている。

 対面になった左側の机の端では、キムが風の精霊魔法の構築式を展開した魔法陣について詳しく書かれた本を、さっきからずっと夢中になって瞬きもせずに読み漁っている。

 横に長い机の真ん中のあたりに座ったレイが、光の精霊魔法に関する本を、これもまた瞬きも忘れて夢中になって読み耽っていた。

 お互いに質問したり、誰かと話したい時の呼びかけ方を決めておき、あとはまずは好きに本を読む事にしたのだ。



 しばらくの間は、静かでそれぞれに充実した時間が過ぎる。



 突然、マークが本を置いて手を挙げた。

「ちょっと話がしたいです!」

「おう、良いけどちょっとだけ待ってくれ」

「僕は大丈夫だよ」

 キムは本から目を離さずにそれだけを言い、レイも返事をして、大きく深呼吸をしてから本に栞を挟んで閉じた。

「ごめん、どうかしたか?」

 しばらくして同じく栞を挟んで本を閉じたキムが、マークの座っている横に回って来る。レイも立ち上がってマークの横に来る。マークの座っている机の上には、ブルーのシルフも現れて座った。

「これ、どう思う?」

 指差したのは、ノートにぎっしりと書き込まれた構築式の一つで、光と風の合成魔法の構築式だ。

 横から覗き込んだ二人は揃って不審そうな顔になった。

「ううん、考え方としては悪くないと思うけど、これだと光の力が過多になってる。下手したら暴走するんじゃないか?」

 不審そうなキムの言葉に、レイも同意見だったので頷く。

「分かってる。これはわざと光の精霊魔法を多く書き込んでいるんだ。これならあの時の様子を再現出来るんじゃないかと思ってさ。だって、あの時の巨大な光の盾は、ある意味暴走の産物なんだろう?」

「そ、そりゃあそうだけど。ちょっと危険じゃないか?」

 精霊魔法の暴走は、非常に危険な現象だ。特に、攻撃魔法系が暴走した場合、周りに出る被害は計り知れない。

 慌てたようにキムがそう言ったが、逆にレイは納得したように大きく頷いた。

「それなら、もう一度この構築式を三人で考えてみようよ。それで出来上がったら実際にやってみれば良いよ」

「いやいや。幾らなんでも実際にやるのは危険だって! 万一暴走したら……あ、そうか!」

 マークが、レイの言葉に慌てたように首を振ったが、いきなり黙り込む。

「そうか、蒼竜様がいてくださる今なら、少々無茶な実際の発動実験も可能……です、か?」

 目の前に座ったブルーのシルフの向かって、恐る恐る確認するように話しかける。

「もちろん我は構わんぞ。其方達が扱う程度の合成魔法なら、何があろうとも止めてやる故、安心して励むがいい」

 大きく頷いた頼もしいブルーのシルフの言葉に、三人の顔が一気に引き締まる。

 そこから顔を突き合わせた三人は、持ち寄ったノートに思うままに様々な構築式を書き連ねては、互いの意見を聞いてはまた新しいページに構築式を書くのを繰り返した。




「レイルズ様、昼食のご用意が出来ておりますが、いかがなさいますか?」

 遠慮がちなノックの音と共に執事が書斎に入って来る。

「え、何ですか?」

 先に気付いたマークが驚いて振り返る。

「あ、何ですか? ごめんなさい、全然聞いてませんでした」

 キムと真剣にいくつもの構築式を書いていたレイが、突然入って来た執事に驚いて顔を上げる。

「失礼致しました。非常に有意義な時間をお過ごしのご様子ですね。ですが、お体のためにもまずはお食事をなさいますようお願い申し上げます」

 その言葉に、三人は苦笑いして立ち上がった。

「もうそんな時間なんですね。確かにちょっと腹が減ってきたな」

 マークの言葉に、キムも苦笑いして頷いている。

「そうだよね。確かにお腹空きました。でも鐘の音が全然聞こえてなかったや。ねえ、鳴ってた?」

 二人も、レイの言葉に少し考えて首を振った。

 時を告げる鐘の音は、城内にいればどこにいても大きな音で聞こえる。しかし、三人はその音さえも気付かないくらいに夢中になって話をしていたのだ。

「全然気づかなかったな」

 キムの言葉に、三人揃って顔を見合わせて笑う。

「じゃあせっかくだから、食べて少し休んだら庭で実際にやってみようよ」

「ああ、良いな。じゃあまずは食事をいただくとしよう」

 レイの言葉に二人も頷き、執事の案内で食事の準備された部屋に移動した。




「うわあ、美味そう!」

 部屋に入るなり、そう叫んだマークの声にレイとキムも笑顔になる。

 広い部屋には、奥側の壁一面に訓練所の食堂のように、大きなお皿に用意された様々な料理がいくつも綺麗に並べられていたのだ。一つ一つのお皿は食堂ほどには大きくはないが、三人で食べるには幾らなんでも多過ぎる量だ。

「ねえ、これって、もしかして好きに取って食べて良いの?」

 驚いて執事を振り返ったレイが尋ねる。

「はい、お泊まりの間はこちらの部屋に、このようにお食事を常にご用意しておきますので、お時間を気にせず、何時でもここに来てお召し上がり下さい。こちらにはお食事を、奥の机にはお菓子や果物をご用意しております。カナエ草のお茶や蜂蜜、他のお飲み物も右側の机にご用意しております。何かご希望のメニューがございましたら、出来る限り対応いたしますので、何時でも仰ってください。お召し上がりになったお皿はそのままにしておいていただいて構いません。それではどうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」

 笑顔でそう言うと、一礼して執事は部屋を出て行ってしまった。

 普通なら、横について給仕をしてくれるのだが、恐らくマーク達がそういった場に不慣れである事を考えての配慮だろう。



 二人は、驚きのあまり言葉もなく用意された料理を見つめている。



「ほら、何してるの。食べようよ」

 お皿の料理の上には、訓練所の食堂のように何人ものウィンディーネ達が座ってくれている。こうしておけば、数日程度なら食事が傷む事も無く、美味しい状態を保ってくれるのだ。

「あ、姫、いつもありがとうね。じゃあ早速!」

 満面の笑みのレイが、横に重ねて置かれた大きなお皿を手に取る。

「レバーフライ発見!これは食べないとね」

 そう言って、トングでレバーフライを幾つもまとめて掴むのを見て、マークとキムも慌ててお皿を手にした。

「待て待て! お前、レバーフライを全部食い尽くす気かよ」

 笑ったマークの抗議の声に、レイも笑って舌を出した。

「早い者勝ちだもんね!」

「んなこと言ったら、俺はこのお菓子を全部食い尽くすぞ!」

 キムが、レイの大好物であるカスタードタルトが並んだお皿を手にして叫ぶ。

「ああ、僕が悪かったです。ごめんなさい」

 声を上げて笑ったレイが、掴んでいたレバーフライを離して戻す。

 それを見たマークとキムも声を上げて笑い、三人は先を争うようにして、それぞれに好きな料理を山盛りに取るのだった。



 訓練所や本部の食堂と違い、一つ一つがどれも同じ料理とは思えないくらいに美味しい。

 何時もの食事も充分美味しいと思っていたが、肉の柔らかさに感動し、野菜の甘さにも食べる度に感動するマークとキムだった。

 大喜びでいくつもの料理を平らげる三人を、机に座ったブルーのシルフも楽しそうに見つめていた。その周りでは何人ものシルフ達が料理を食べる振りをしたり、料理の番をしているウィンディーネ達と、楽しそうに手を叩き合ったりしていたのだった。

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