離宮へ

 三人揃って駆け込んだ厩舎には、既に鞍を乗せられたゼクスと共にあと二頭のラプトルが準備されていた。

「ああ、申し訳ありません、俺達の分まで準備して頂いて有難うございます!」

 焦ったマークとキムの声に、何人かの兵士達が笑って首を振った。

「お気になさらず。どうぞ行ってきてください」

 マーク達も、いつも精霊魔法訓練所へ行く時にラプトルを借りているので、厩舎担当の兵士達とは顔見知りだ。

 いつもなら自分で鞍や手綱の準備をするし、帰ってきた時にも、余程急いでいる時でない限り装備を自分で片付けて、ラプトルにブラシをかけたやったりもする。

「離宮で勉強会なんだって? しっかり勉強して来いよ」

 仲の良い伍長に小さな声でそう言われて、マークとキムは直立してお礼を言った。

「有難うございます! ではありがたく使わせていただきます!」

 持っていた資料の入った袋を鞍の後ろに取り付けたカゴに入れる。少し離れたところでは、キルート達護衛の兵士も既に待機してくれているのを見て、レイは軽く一礼した。

「じゃあ行こうよ」

 笑顔のレイが、そう言ってゼクスに軽々と飛び乗る。それを見て、マークとキムもラプトルに飛び乗った。

 三頭は仲良く並んで、離宮へ向かう厩舎の横から続く裏道を駆け出して行ったのだった。キルート達は、少し離れてその後を追った




「あ、ブルー! 来てくれたんだね!」

 到着した離宮の庭には、湖から上がってきたブルーが待っていてくれた。

 一気に加速してブルーの近くまで駆け寄り、ゼクスの背からそのまま勢いよく飛んでブルーに飛びついた。

 巨大な身体に駆け上がり、差し出された大きな頭にしがみついて何度もキスを贈った。



「おいおい、無茶するなよ」

 呆れたようにそれを見ていたマークがそう呟いて、いきなり乗り手がいなくなって驚いて跳ね回るゼクスの手綱を掴んだ。

「よし、止まれ」

 はっきりと強めの声でそう言うと、躾られているゼクスは跳ねるのをやめてピタリと止まった。

「はあ、びっくりさせるなよ」

 苦笑いしながら、巨大な蒼い古竜に抱きつくレイの後ろ姿を見ていた。

「おい、大丈夫か?」

 慌てたキムの声に手をあげたマークは、ゼクスの手綱を持ったままラプトルから一気に飛び降りた。

 駆け寄ってきた担当の人にそれぞれのラプトルを任せて、二人もゆっくりとブルーに近寄って行った。



「しかし何度見ても、信じられないくらいのデカさだよなあ」

「うん、何度見てもその度に驚くよ」

 苦笑いしてそう呟いた二人は、それっきり黙ってレイの気が済むのを待った。




「えっと、お待たせしちゃってごめんね」

 しばらくしてようやく我に返ったレイが、照れたようにそう言ってブルーの大きな足の上から降りてくる。

「気にしないでいいよ。お前の大切な竜なんだからさ」

「そうだよ。それにこんなに近くで竜を見る機会なんて、竜騎士隊付きになってからでも滅多にないものな」

 笑ってそう言った二人は改めてブルーを見上げた。

「蒼竜様、今日と明日の二日間、こちらでレイルズと一緒に勉強会をさせていただく事になりました。あの、我が儘を申し上げますが、出来ればまたお話をさせて頂けたらと思うのですが、その……」

「もちろんだ。我のシルフをこの前のように寄越すので、後ほど中でゆっくり話をさせてもらおう」

「有難うございます!」

 目を輝かせるマークとキムを見て、レイも嬉しそうに頷くのだった。




 出迎えに出て来て、ブルーとの面会が終わるまで待っていてくれていた執事の案内で、三人揃って離宮の中に入る。

 それを見送ったブルーはその場に座って丸くなった。




 マークとキムにとっては二度目の離宮だ。

「うわあ。やっぱり何度見ても凄えよなあ」

「だよな。あまりの豪華さに、何だか夢みたいな気がして来たよ」

 単純に感激しているマークと違い、キムは先ほどからあまり周りを見なくなった。

「大丈夫だよ。俺にも見えてるからこれは夢じゃない。何なら確認してやろうか?」

 笑ったマークが手を伸ばして頬をつねろうとしているのに気付き、キムは慌てて頬を押さえて離れる。

「待てよ。何も逃げる事ないだろう?」

 平然とそう言ったマークがキムを追いかける。それを見たレイは、堪える間も無く吹き出したのだった。

「じゃあ、もうこのまま書斎に行こうよ」

 二日あるとはいえ時間は限られている。レイの提案に二人も声を揃えて同意する。

 豪華な応接室で、緊張のあまり味も分からないようなお茶を飲むよりは、確かにこのまま書斎へ行きたい。

 一旦お茶を飲んでもらうつもりだった執事は頷き、そのまま三人を書斎に案内した。




「ではごゆっくりどうぞ。何か御用がございましたらいつなりとお呼びください」

 本棚の内容を一通り説明して、書斎は飲食禁止のため、お茶とお菓子は隣の部屋に用意している事など注意事項を伝えた執事は、そのまま一礼して書斎を後にした。



「うわあ、改めて見るとやっぱりすげえな」

「うん、本当にすげえ。俺、ここに住みたい……」

 マークは本棚を見上げたきり、そう言って固まってしまったし、キムは小さな声でここに住みたいと呟いて、目の前に置かれた移動階段をそっと撫でた。

「この部屋だけで良い。床に寝るし、水だけでいい」

 移動階段の手すりにしがみついて小さな声でそう呟く。感動のあまりの半ば無意識の呟きだった。

「そんなの駄目だよ、床で寝たら体が痛くなるし、食事はちゃんと食べないと駄目です。いつでも呼んであげるって。ここでならゆっくり自分の研究だって出来るでしょう? 実技の実験は庭でやれば広いから大丈夫だしね」

 思っていた事を口に出していた事に気付いて慌てるキムを見て、レイは笑ってその背中を叩いた。

「キムの研究は、これから先もっともっと大事にされるよ。僕に手伝える事なんてこれくらいだもん。だから、ここの本が読みたい時はいつでも遠慮無く言ってね。あ、貸出しは良いのかな?」

 簡単に言われて、二人が慌てる。

 ここにある本ならどの一冊を取っても、幾らするかその価値と金額を考えたら気が遠くなる。彼らのような一般兵にとっては、本は決して気軽に手に入るものではない。

「いえいえ、ここで読ませて頂くだけでも充分ですって」

 慌てたようにレイの腕を掴んで首を振る。

「遠慮しなくて良いのに。本は棚の飾りじゃないよ。本は知識の宝庫であり人生の導き手なんだよ。だから、誰かが読む事で初めて値打ちが出るの。ここに置いてあるだけだと、図書館と違って誰も読まないでしょう? それは死蔵しぞうって言うんだよ」

 当たり前のようにそう言ってくれるレイの言葉に、二人は感動のあまりその場で膝をついて両手を握りしめて額に当てて深々と頭を下げた。

「心から感謝します。有難うございます!」

 声を揃えてそう言うと、もう一度深々と頭を下げた。



「ああ、もう立ってよ。ここまで来てその言葉使いは無し〜! 今から敬語禁止!」

 二人の腕を掴んで立たせてやり、ふざけた口調でそう言って笑う。

 顔を見合わせた二人も揃って笑顔になった。

「ええと、精霊魔法関係は、ああ、ここだね!」

 何と無く照れ臭くなって、誤魔化すように大声でレイがそう言って移動階段を引っ張って精霊魔法関係の本が並んだ棚に向かう。

「ああ待って、俺も見たい!」

「待って、俺も見る!」

 離れた所にもう一台置かれていた移動階段を、マークが走って行って引っ張って来る。

 隣に並べて駆け上がり、三人は時折話をしたり歓声を上げたりしながら夢中になって本棚を見て回り始めた。



 あちこちの棚には、シルフ達が並んで座り、仲良く話をしたり本を開いたりしている三人の事を愛おしげにいつまでも見つめていたのだった。

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