様々な準備
少佐の執務室から出た二人は、そのまま扉を閉めて立ち止まり、無言で互いの顔を見て全く同じ事をした。
つまり、手を伸ばして相手の頬を思いっきりつねったのだ。
「痛ってえ〜!」
二人の悲鳴が同時に廊下に響く。
隣で、何事かと見ていた部屋付きの護衛の兵士が堪える間も無く勢いよく吹き出す。
「夢じゃない!」
「なあ、痛いって事は夢じゃないんだよな!」
満面の笑みでそう叫び、マークとキムは互いの肩を叩き合うようにしてその場で飛び跳ねる。
何事かと、周りにいた兵士達も彼らを見ている。
「軍曹昇進の任命書を頂きました!」
二人が声を揃えてそう言うと、周りの兵士達から拍手が起こった。
「そうだよな。あれは凄かったものな」
あちこちから感心したような呟きが聞こえて、二人は顔を見合わせて笑い合った。
「よし、じゃあ先に精霊通信科に挨拶に行くべきじゃないか?」
「あ、確かにそうだよな。じゃあそれが終わってからこれを部屋に置いて、それからレイルズに連絡しよう」
頷き合った二人は、そのまま自分達の職場である精霊通信科のある本部の事務所へ向かった。
「おお、来たぞ!」
何故だか通信科の事務所では拍手で迎えられた。
「昇進おめでとう。新しい任務、頑張れよな」
通信科の責任者であるトナー大尉にそう言われて、二人は直立した。
どうやらディアーノ少佐から既に連絡が入っていたようで、トナー大尉と一緒に通信科の仲間達に担当変更の連絡と挨拶をした。
「まあ、本部からいなくなる訳でなし、改めてこれからもよろしくな。だけどどちらかと言うと、俺達の方がこれからお世話になりそうだものな。で、講習会はいつからやるんだ?」
先輩だった軍曹にそう言われてしまい、苦笑いしつつ必死になって首を振った。
「だから、俺達はさっき命令書をいただいたばかりなんですって! 何か決まればお知らせしますので、もうちょっとお待ちください!」
必死になってそう言い、この後レイルズ様に誘われているからと言って、話を聞きたがる通信科の仲間達から何とか逃げ出して来たのだった。
「はあ、じゃあこれを部屋に置いたら、幾つか論文の資料を持ってレイルズに連絡して離宮行きだな」
兵舎の部屋に向かいながら苦笑いして頷き合い、思わず小走りになる二人だった。
一方、マークとキムと別れて事務所へ戻ったレイは、二人から連絡が来るまでの間、ルークの資料整理を手伝って過ごしていた。
「おう、ご苦労さん。あとはこれを頼むよ」
また分厚いメモの束を渡されて、レイはため息と共にそれを受け取りせっせと整理を始めた。
ルークのメモは、マイリーとは違っていてある程度まとまっているものが多いので資料の整理はまだやりやすい。かなり慣れて来たこともあり、いつもより早く整理が終わった。
「ええと、これが意味不明なメモです。自分で見てください!」
明らかに何なのかわからないメモが何枚かあったので、それらは別にしてまとめて束ねておく。
内容別に分けられたメモの山を見て、ルークはわかりやすく笑顔になった。
「助かったよ、ありがとうな。じゃあ、あとは参考資料だけど興味があるかと思ってもらって来ておいてやったから、時間のある時に読んでおくと良いぞ」
そう言ってまた分厚い書類の束を渡される。
「えっと、何の資料ですか?」
「女神の神殿の、皇族のご成婚の際の役割と巫女達の働きについての報告書だよ。かなり前の資料だけど、確認したら今とほとんど変わらないらしいから、まあ参考までに読んでおくと良い、彼女達がどんな事を担当しているのかよく解るぞ。確かに勉強になったよ」
「ルークはもう読んだの?」
「おう、全部読んだよ。それはタドラからマイリー経由で回って来た資料だよ。急がないから、読み終わったらタドラに渡しておいてくれるか」
「そうなんですね。分かりました。じゃあ読ませてもらいます」
自分の席に戻ると、レイは真剣な顔で渡された資料を広げ始めた。
一方ラスティは、食堂から戻ってレイがルークと一緒に事務所へ行ったのを確認してから、大急ぎで離宮の執事に連絡を取り、今日、レイがマークとキムと一緒に離宮で勉強会をして一泊する事を伝えた。
三人が泊まるとなると、食事の準備などがあるからだ。
『かしこまりました』
『ではお待ちしております』
伝言のシルフの伝える離宮の執事の言葉に頷き、ラスティはレイのお泊まりの準備を大急ぎでするのだった。
貰った資料の半分くらいを読み終えたところで、レイの机の上に伝言のシルフが現れて座った。
『マークですお待たせしました』
『準備が整いましたので今からそちらの事務所へ向かいます』
「了解。じゃあ待ってれば良いね」
『はいすぐに参りますのでもうしばらくお待ちください』
一礼した伝言のシルフがいなくなるのを見送り、レイは机の上の資料を手早く片付けて未読の書類入れに入れておいた。
「楽しんでおいで。どんな話をしたのか、後で教えてくれよな」
「はい!」
ルークの言葉に嬉しそうに返事をして立ち上がった時、分厚い資料の束を抱えたカウリが事務所に入って来た。
「ああ、手伝います」
慌てて駆け寄り、今にも崩れそうになっていたシルフ達が支えてくれた資料を横からまとめて取った。
「おう、悪いな。こっちの机に置いてくれるか」
横に置かれた広い机に持って来た資料を乗せる。
「これ、すごい量ですけど、何の資料ですか?」
呆れたように、積み上がった資料の山を見る。
「まあいろいろだよ。もう、こんなのばっかりで嫌になって来たよ。気軽な倉庫番時代が懐かしいよ」
情けなさそうにそう言うと、一つため息を吐いて山を崩し始めた。
手伝おうかと思ったが、何の資料なのかもわからないので手の出しようがない。手伝って欲しい時はそう言ってくれるので、レイは黙って自分の机の上を片付けた。
「お待たせいたしました!」
丁度机の上が片付いた時にマークとキムが駆け込んでくる。その声にレイは分かりやすく笑顔になる。
「それじゃあ行ってきます。カウリ、資料整理頑張ってくださいね」
嬉しそうにルークとカウリにそう言うと、早足に二人の元に駆け寄り、そのまま楽しそうに三人で出て行ってしまった。
「何っすか? あれ」
カウリが不思議そうに三人が出て行った扉を指差す。
「三人で、今から離宮にお泊まりで勉強会なんだってさ」
ルークの説明に納得したカウリは、にんまりと笑った。
「そう言えば聞きましたか?あの二人、本日付で軍曹に昇進したそうですよ」
目を見開くルークに、カウリはたった今聞いたばかりの彼らの昇進と、二人に与えられた新しい任務の話をしたのだった。
机の周りでは、シルフ達が大勢並んでその話を聞きながら、大喜びで手を叩いたりダンスを踊ったりしていたのだった。
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