予定の相談と新たな任務

 朝練を終えて部屋に戻ったレイは、軽く湯を使って汗を流してから、いつもの竜騎士見習いの制服に着替えてルークやラスティ達と一緒に食堂へ向かった。

 しかし、いつもの食堂の一角では第四部隊の制服を着た兵士達の人だかりが出来ていて、レイは驚いてその人だかりを見ていた。

「だから、とにかく飯ぐらいゆっくり食わせてくれよ。その辺の詳しい話は、今後講習会を定期開催するんだから、それを待ってくれって」

「そうだぞ。頼むから飯くらいゆっくり食わせてくれって!」

 突然、その人だかりの中からマークとキムの抗議の声が聞こえてきた。

「あ、マークとキムがいる」

「みたいだな。だけど何だか予想以上に大変な事になってるな」

 隣では、ルークも苦笑いして見ている。

「うわあ、本当にいきなり大人気だね」

 呆れたようなレイの呟きに、ルークも頷く。

 どうやら、いつもよりも遅めの食事に来たところを彼の話を聞きたがる第四部隊の兵士達に捕まってしまい、食事も出来ずに取り囲まれていたようだ。

 しばらくしてようやく諦めたのか、人だかりが散らばって席に戻る。

 揃って机に突っ伏した二人は、これまた見事に同じ動作でため息を吐いてから食事を始めた。



 しかし、二人の周りは不自然なほどの空間が開いている。



 顔を見合わせて肩を竦めたレイとルークは、まずは自分の分の食事を確保するために大人しく列に並んだ。

 それぞれ山盛りの料理を取り、そのままマークの横にレイ、机を挟んでキムの前にルークが座る、

 そんな彼らを見て、一瞬だけ食堂内がざわつく。

「昨日はお疲れ様」

 周りの無言の注目など知らん顔のルークの言葉に、キムが慌てたように居住まいを正す。

「はい、ありがとうございます!」

「いいからまずは食え。話は後だな」

 笑ったその言葉に一礼して、四人は黙々と取ってきた料理を平らげた。

 なんとなく全員食べ終えるのを待ってから、揃って食器を下げに行き、そのままそれぞれにカナエ草のお茶を用意して、デザートを見に行く。キムとルークは綺麗にカットされた果物の盛り合わせを、レイとマークはそれぞれミニタルトと果物の両方を取って席に戻った。

 ゆっくりとデザートを食べながら、レイは二人に近々離宮で勉強会をやりたいと考えているのだと言う話した。



「ほら、この前も言ってたでしょう。瑠璃の館はまだ一部の絨毯が届いていなかったりするからさ、これから暑くなるし、しばらくはやるなら離宮での勉強会がいいかと思うんだけど、二人の予定ってどうなってますか?」

「ええと、今日は通常業務の予定だったのですが、結局交代していただいたので、二人共今日と明日の二日間は待機になっています」

「その後は通常業務の予定なんですけれども、この様子だとどうなるのか分からないですね。後ほど確認しておきます。正直、明後日以降の予定は今は分かりませんね」

 周りに気を使う丁寧な言葉のマークに続いて、キムも困ったようにそう言って二人は顔を見合わせる。



 精霊通信科の通常業務の待機とは、どこかに応援要請がある可能性がある場合に、呼び出しがかかれば出られるように待機しておき、その間は休みと同じ扱いになる勤務状態を指す。有事の際などには呼び出しがかかる事もあるが、平時であればほぼ呼び出しは無い。なので、実質居場所を明確にしておき遠出の出来ない休暇と考えて問題ない。



「ああ、それなら今からでも行ってくればいいんじゃないか。お前も今夜は夜会の予定は入ってないし、今日と明日の昼は事務所で資料整理を手伝ってもらうつもりだったからさ。今日行けばそのまま離宮に一泊出来るぞ」

 ルークの言葉に、レイは目を輝かせた。

「そうなんだって、どう? 行かない?」

 しかし、いきなりそんな事を言われて、はい、ではお願いしますと軽く返事が出来る訳も無い。

「待機中の外泊になると、これは少佐に相談すべきだな。ええと……あ、丁度来られたみたいだな」

 小さく呟いたキムが、周りを見回しミラー中尉と一緒に入ってきたディアーノ少佐に気が付いて立ち上がった。

「ちょっと待っててくれ。相談して来る」

 小さな声で二人にそう言うと、キムは小走りに少佐の元に向かった。

「おはようございます!」

 トレーを持って並ぼうとした少佐に、直立して話しかける。

「おはよう、どうしたね」

 トレーを中尉に渡して近くの空いた席に座ってくれたので、すぐ隣で改めて直立して先ほどのレイが言ってくれた話を報告した。少佐がルークをちらりと見た時に、ルークは笑って軽く頷いて見せる。それだけで、もう話は決まった。

「せっかくお誘い頂いたのだから、構わないから行ってきなさい。ああ、だけど君達二人に渡さなければいけない物があるので、食事が終わったら先に私の執務室へ来てくれたまえ。それが終われば行ってくれて構わないよ。離宮なら城内扱いになるので外泊届けは必要無い」

「はい、ありがとうございます! では行かせていただきます!」

 改めて直立して敬礼したキムに、立ち上がったディアーノ少佐はお手本のような敬礼を返してくれた。

「では失礼します!」

 そう言って回れ右をして席に戻ったキムは、目を輝かせて待っていた二人に大きく頷いて見せ、三人揃って大喜びで手を叩き合ったのだった。

「だけど、食事の後で少佐の執務室に来るように言われました。何か渡すものがあるらしいです」

 座ってカナエ草のお茶を飲みながらそう言ったキムの言葉に、このまま一緒に行こうと思っていたレイはちょっと残念そうに残りのタルトを口に入れた。

「そうなんだ。それじゃあ準備が出来たらシルフを飛ばしてよ。それでラプトルで一緒に行けばいいよね」

「了解しました。では準備が出来ましたら連絡致します」

 大きく頷いて言ってくれたその言葉に、レイはちょっと眉を寄せて口を尖らせた。

「やっぱりその話し方、嫌だ」

「だから、わきまえてくださいって」

 こちらも困ったように眉を寄せてキムがそう言い、三人揃って小さくため息を吐いたのだった。



 一旦食堂で別れて、本部に戻ったレイは、彼らの準備が整うまで待っているその間だけでも事務所へ行って、ルークの資料整理を手伝って過ごした。



 一方、レイと分かれて本部に戻ったマークとキムは、まずは大急ぎで精霊通信科の上司に、待機中レイルズ様に誘われて離宮で勉強会をして一泊してくる事を報告した。こうしておけば、万一の呼び出しの際にも問題にならない。

「それは羨ましい限りだね。行ってしっかり勉強してきなさい」

 笑って背中を叩かれ、悲鳴を上げ、慌ててお礼を言った二人だった。

 それから、少佐が食事から戻っている事をシルフ達に確認してもらって二人揃って執務室へ向かった。



「ああ、来たね、ちょっと待ってくれ」

 そう言って、手元の幾つかの書類に手早くサインをする。

「ではまずは、これを渡しておこう」

 そう言って書類を手に立ち上がった少佐を見て、二人も改めて直立する。

「マークス・ウィルモット伍長。キムティリー・フィナンシェ伍長。両名を本日付で軍曹に任命する。しっかり励んでくれたまえ」

 驚きに言葉も無い二人を見て、少佐はにっこりと笑って任命書を手渡してくれた。

「それからこれも渡しておこう。新たな任務の命令書だ。二人には、来月からまずは竜騎士隊付きの第四部隊の実働兵達に、再来月以降は他の第四部隊の兵士達に、それぞれ交代で受けさせるので、精霊魔法の合成と発動に関する講習会を行ってもらう。明後日以降、二人は通信科の日常業務からは外す。今後半年間、まずはこれらの講習会の講師として君達二人には働いてもらう。業務配分は各自の差配に任せる。精霊魔法訓練所に行くのも自由だ。ああ、ケレス学院長からも講義の依頼があるので、後日時間を取ってその辺りも相談しておきなさい。私からは以上だ」

 これ以上無いくらいの笑顔でそう言われて、半ば呆然とミラー中尉から渡された命令書を受け取る。

「いつでも相談は受けるよ。困った事があれば、なんなりと言ってくれたまえ」

 ようやく言われた内容が理解出来た二人は、揃って改めて直立した。

「ありがとうございます! 新たな任務、精一杯努めさせていただきます!」

 敬礼した二人の声が見事なまでに揃う。

「では行きなさい。レイルズ様が待っているよ」

「はい、では失礼します!」

 これまた同時にそう言い、揃って回れ右をして部屋を出ていく。

 しかし、二人揃って右手と右足が出ているのを見て、少佐とミラー中尉は堪えきれずに吹き出したのだった。



 彼らの周りでは、なんだか良くわからないけれども良い事があったと理解したシルフ達が、大喜びではしゃぎ回り、部屋を出ていくマーク達の後を追いかけて行ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る