彼らのその後

「こんな感じで、合成の際には共通の部分を省略する事によって術式そのものを簡略化することが出来るんです」

 マークが手帳を取り出して、光と風の精霊魔法の合成の構築式を実際に描いて見せながら考え方の基礎の詳しい説明をする。隣では、同じようにキムが火と風の精霊魔法の構築式を描いて見せている。

 これは、先程の彼らのように単体で発動させるなら精霊魔法の使い手自身が持っている構築式のみで処理出来るのだが、複数人数で同時に合成魔法を発動させる場合や更に高度な技を発動させる場合には、それらの構築式を元にした魔法陣を描いて、その上で鉱物や竜の鱗などを供物として供えて精霊魔法を発動させるのだ。その際に、共通する部分を省略する方法を以前ブルーに教えて貰ったマークは、あれ以来発動を前提とした構築式の書き方には苦労しなくなった。

 彼らの周りには第四部隊の士官達が集まり二人の説明に真剣に聞き耳を立てているのだが、オリヴェル王子の方を向いて必死で説明を続けているマークとキムには、周りを見る余裕は全く無かった。



「なるほど、これは実に興味深い。キム伍長が描いたと言う合成魔法に関する論文も是非とも読ませて貰いたいが構わないだろうか?」

 身を乗り出すようにして聞いていたオリヴェル王子の言葉に、キムは真っ赤になった。

「いや、あの……最初の論文は、全くの思いつきと勢いだけで書いた駄文ですので、お目汚しかと……」

「まあ、全体にまだまだ未熟なのは確かだが、あれはまだ十代の時に書いたものだろう? それを考えると十分評価に値するよ」

 真顔のマイリーにまでそう言われてしまい、さらに真っ赤になる。

「十代でこれの基礎を考え出したのかね。それは素晴らしい」

 感心したように何度も素晴らしいと言ってくれるオリヴェル王子に、キムはもう耳まで真っ赤になっていたのだった。




「いやあ、素晴らしい時間だったよ。次回はぜひとも論文を前に話をしたいね。ではまた」

 時間ギリギリまで、マークとキムはオリヴェル王子の側から離れる事はなく、レイルズを始めとした竜騎士隊の皆も、常に周りにいて彼らが話に詰まって困りそうな時にはすぐに声を掛けて助けていたのだった。

 ようやく時間切れになって、まずオリヴェル王子が退出し、その後竜騎士隊も退出していった。

 マークとキムも周りに人が集まる前に、なんとかディアーノ少佐に連れられて退出したのだった。

 彼らから直接詳しい話を聞きたいと希望する者は多く、この後は第四部隊が主宰して精霊魔法の合成と発動に関する講習会が何度も行われる事になるのだった。




「ああ、もう駄目だ。今日の俺はもう動けません!」

「俺も無理〜! 頭が真っ白だよ」

 第四部隊の本部に戻って来た二人は、またしても大勢の同僚達に取り囲まれたのだが、憔悴しきった彼らを見て、同僚の兵士達は黙って肩を貸してやり部屋まで送り届けてくれたのだった。

「ほら、とりあえず第一級礼装は脱いで着替えろ」

 同じ通信科の日常業務担当のランドル伍長に背中を叩かれて、二人は揃ってなんとかベッドから起き上がった。

 ランドル伍長はもう一人のダーヴィン伍長と同室で隣部屋で、マーク達ともよく一緒に遊んだり勉強したりしている歳の近い友人同士だ。

「皆、お前達の話を聞きたがってるけど、さすがに今日は疲れてるって事ぐらい分かってるよ。だから早いところ着替えて湯を使って休めって。ほら、礼服がシワになるぞ。明日は二人とも通常勤務なんだろう?」

 からかうような言葉に気の抜けた返事をした二人は、お互いにすがるようにしてなんとか立ち上がった。

「そうだな。とにかくこの礼装は脱いでしまわないと……」

「だな、早いところ……着替えちまおう」

 半ば無意識で返事をしたマークは、モゾモゾと剣帯を取り外し、黙って手を差し出してくれたダーヴィン伍長に剣ごと外した剣帯を渡した。

 何とか自力で礼服を脱ぎ、いつも自由時間に着ているもう少し楽な服装になる。

 脱いだ礼服はとにかく全部ハンガーに掛けて衣装掛けに吊しておく。手入れはもう明日でも構わないだろう。ワインを一杯飲んだだけで、あとはひたすら喋っていただけなのだから。

「じゃあ、湯を使って、もう早いところ休もう」

 朦朧とするキムの言葉に、着替えを取り出したマークも死んだみたいな目をして二人揃ってフラフラと湯殿へ向かった。

 いつもなら、時間が厳しく決まっていて自由に湯を使えるわけではないのだが、この日ばかりは担当兵達も誰も文句を言わず、時間外にも関わらず黙って湯を沸かしてくれたのだった。




 キムが書いた論文は、全ての写しがすぐさまオリヴェル王子の元へ届けられ、王子は一睡もせずに一晩かかってその全ての論文を貪るようにして読み込んだのだった。




 翌日、ディアーノ少佐からまたしても呼び出しを受けたマークとキムは、二人の軍曹への昇進の任命書と共に、来月から定期的に第四部隊内で行われる講習会の講師として、二人に交代で出るようにとの命令書を受け取り、またしても少佐の前で悲鳴を上げて慌てふためく事になるのだった。

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