マークとキム
自分は今、きっと夢を見ているんだ。
マークは目の前の光景が信じられずに、頭の中でそう思う事で何とか冷静さを保っていた。
先程の歓迎式典で光の精霊魔法を披露し、さらにキムと二人で合成魔法を実演して見せたのだ。
実際にやったのは、一番基礎とも言える光と風、炎と風のそれぞれ二種類を合成して互いに投げ合うと言う、研究の合間の息抜きにやり始めた遊びから始まった訓練の一つだ。
しかし、これをやり出したおかげで、一つ大きな発見があった。
光の精霊魔法を扱えないキムであっても、風と合成して発動させた光の玉ならば触れられる事も分かったのだ。以来、暇を見ては二人は合成魔法の球を投げ合い、すっかり基礎の発動は完璧に扱えるようになったのだった。
「遊びを兼ねて訓練するってのは考えてみたら良い方法だよな。ただ黙々と発動するだけなら面白くも何ともないけど、複数人数で投げ合ったりすれば、やっぱり競い合うし楽しいだろうからさ。これは、今後教える立場なった時にも、良い方法だと思うぞ」
そのキムの言葉に笑って同意していたが、最初の頃、マークはその言葉を本気にしていなかった。
未熟な自分が他の兵士達の訓練を指導するなんて、そんな事は夢のまた夢だと思っていた。
しかし、実際に直属の上司であるディアーノ少佐から、合成魔法に関する研究室を発足したのでキムと二人で参加しろと言われ、竜騎士隊の方々と一緒に研究するのだと聞かされて、本気で驚いた。
まだ始まったばかりで顔合わせ程度だが、これからもっと人が増えていけば研究内容もどんどん具体的になるだろう。
それに今日の実演を見た後、光の精霊魔法が出来る竜人の先輩達からは今度時間を取って詳しく教えてくれと懇願された程だ。
自分が思っていた以上に、この研究はやり甲斐のあるものらしい。
気持ちを新たに決心していたところに、いきなり歓迎会での実演しろとの命令。結果として大成功だったが、実際にやった事は彼らに取っては普段遊びでしている程度の事だ。それをここまで評価されてしまって、マークとしては逆に戸惑ってもいた。
人生最大の大仕事だった歓迎式典を終えて一安心だと思っていたところに、まさかの夜会への出席命令。しかも、その場でオリヴェル殿下に先程の精霊魔法の合成方法について話をしろと言われてしまい、二人揃って本気で焦った。
「どんな言葉遣いで話せば良いのかもわからないのに、どうすりゃ良いんだよ。知らないうちに失礼をして、叩き出される未来しか見えないって」
部屋で第一級礼装に着替えている間中、二人は延々と同じ言葉を繰り返していた。
しかし、どれだけ嘆こうが喚こうが今更どうしようもない。もうここまで来てしまったら腹を括るしかない。
二人揃って一大決心をして会場へ向かったのだった。
そして、会場でいきなりディレント公爵閣下を紹介され、その後はマークには公爵閣下が、キムにはディアーノ少佐が側についてくれて、ひたすら彼らに挨拶に来る人達の相手をして捌いてくれた。当初の予定では二人にはミラー中尉がついてくれるはずだったのだが、あまりの人の多さと来る人達の身分が高い事に周りが気が付き、結果としてこうなってしまったのだ。
しかも、キムには途中からアルジェント卿とゲルハルト公爵閣下までが来てくれて、大騒ぎする周りの人達の相手をしてくれたのだった。
「おやおや、大人気のようだな。ですが彼らをお借りしますよ」
あまりの人の多さと、挨拶する人達の身分の高さに本気で気が遠くなりかけていたところに聞き覚えのある声。
思わず振り返ると、そこにいたのは竜騎士隊の第一級礼装に身を包んだマイリー様だった。
この時の彼らには、マイリーが本気で救いの神に見えたほどだった。
「オリヴェル殿下に紹介するからついて来なさい」
彼らを守ってくれた両公爵とアルジェント卿にお礼を言って、マイリーはそのまま後ろを向いて戻って行った。当然二人も慌てて、周りに一礼してマイリーの後を追った。
少し離れたところで立ち止まってくれたので、慌てて駆け寄り話しかける。
「あの、マイリー様。俺達礼儀作法なんて全く知りません、どうしたら良いですか?」
「そもそもオリヴェル殿下にどんな言葉で話せば良いのかすらも分かりません!」
すっかりやつれて困り果てている様子の二人を見て、マイリーは苦笑いして執事に合図を送る。すぐに来てくれた執事から、まずはお飲みください言われて軽いワインを渡された。
二人揃って顔を見合わせて一気に飲み干す。身体中にワインが染み渡るみたいだった。
「はあ、美味しいです」
これまた揃って同じ感想を言う。
「味がするなら上等だ。ほら、背中がクシャクシャだぞ」
マイリーにからかうように言われて、慌てた二人が上着を引っ張るのを見た執事達が駆け寄って来て身なりを整えてくれた。
この時の三人の周りには見事なまでにぽっかりと空間が空いているのだが、マークとキムの二人にはそれを見ている余裕は全く無い。
「大丈夫そうだな。では行くとしよう」
マイリーの言葉に、二人は揃ってこれ以上無いくらいに背筋を伸ばして胸を張った。
「そうだ。それで良い。しっかり胸を張って前を向いていなさい。大丈夫だよ。誰も君達に完璧な礼儀作法など求めてはいない。君達が貴族では無く一般階級の出身である事もお伝えしてあるから、いつも上官と話している程度の言葉遣いで良い。質問をしてくださるだろうから、出来る範囲で答えなさい。大丈夫だ、俺達がいるよ。放っておくような事はしないから安心しなさい」
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします!」
またしても言葉が完全に揃い、それを聞いたマイリーは小さく吹き出した。
「レイルズから聞いてはいたが、君達二人の同調率も中々のものだぞ」
「ええ、そうですか?」
この言葉まで完全に一致してしまい、マイリーは咄嗟に声を出して笑いそうになって口元を押さえたのだった。
マークは、マイリー様が彼らの目の前でオリヴェル殿下に自分達を紹介するのを半ば呆然と見ていた。
シルフが耳打ちしてくれる自己紹介の言葉を、夢中になって話した。
差し出されたオリヴェル殿下の手は、しっかりと固い軍人の手をしていて驚いた二人だった。
「急にお願いして申し訳ない。休んでいたのではないかい?」
「い、いえ、とんでもありません。お呼びいただけて光栄です!」
キムの言葉に、マークも一緒に直立する。
「ああ、そんなに畏まらないでくれたまえ。じゃあ、助けてもらおうかな」
苦笑いしたオリヴェル殿下が後ろを振り返る。そこには笑顔のレイルズとカウリが立っていたのだ。
「レ、レイルズ〜!」
思わずマークがそう叫んでレイの袖に縋り付く。隣では、キムも同じように側に来てくれたカウリに縋り付いている。
「あ、違った。レイルズ様!」
慌てて言い直すその様子に、周りから笑いが漏れる。
「良いよ、いつも通りにして」
「だ、駄目です。ここは公の場ですから!」
そう言って小さく首を振って背筋を伸ばしたマークだったが、右手はレイルズの袖を掴んだままだ。
カウリとキムも、呼び捨てこそしなかったが似たような感じだ。
「ね、二人ともいつもこんな風に外だとすごくよそよそしいんですよ。酷いと思いませんか?」
口を尖らせるレイの言葉に、マークが慌てる。カウリとキムはそんなレイの言葉を聞いて苦笑いしている。
「こらこら、彼を困らせるんじゃないよ。良い事じゃないか。きちんと公私混同をしないように己を律している」
にっこりと笑ったオリヴェル王子は、目を輝かせて二人を見た。
「しかし、ここではあまり詳しい話は聞けそうにないね。後日、改めて二人と話の出来る機会を設けたいんだけど、構わないかい?」
後半はマイリーに向かって話しかける。
「そう仰るだろうと思って、既に日程の調整は段取り済みですよ。まあ、今日の所はさわり程度にしておいてください」
満面の笑みで頷いたオリヴェル殿下は、立て続けに二人に質問をぶつけ、我に返った二人は真剣にそれに答えていたのだった。
時折レイルズやカウリの助けを借りながら、精霊魔法の合成が如何に難しく、安定して発動するためにいかに苦労したかを、時折専門的な説明を交えつつ詳しく話して聞かせたのだった。
オリヴェル王子の肩には彼の伴侶の竜であるジェダイトの使いのシルフが座っていて、彼らの話を真剣に聞き入っていたのだった。
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