夜会の始まり
「うわあ……こんなところで俺に何をしろって仰るんですかぁ〜」
ディアーノ少佐に連れられて到着した会場には、すでに大勢の人達であふれていた。
着飾った女性の姿も見えるが、どちらかというと普段の夜会に比べると男性が多い。しかも軍関係者達が。
当然、貴族の人達も大勢いる。ディレント公爵に始まり、主だった貴族は殆どいるだろう。
会場に入ったはいいものの、マークもキムも、もうどうしたら良いのかさっぱりわからず途方に暮れていた。
「もう間も無くオリヴェル殿下が竜騎士隊の皆様と一緒に到着なさるから、ご挨拶に行くからそこにいなさい」
笑顔のディアーノ少佐にそう言われても、はい、そうですかと返事ができる訳も無い。
「おう、来たな」
横から気軽に声を掛けられて、マークとキムは同時に振り返った。
そこに立っていたのは、ディレント公爵閣下その人だった。
今はもう引退しておられる。しかし若い頃は、皇太子時代の陛下と共に国境で何度も戦いに出られた元軍人だ。
自らも前線に立つ最強の指揮官として、当時の兵士達から絶大な支持を受けていたと聞く。
また、若い頃は戦斧の達人との異名を持ち、個人の武勇でも数々の伝説を持つ。そして今でも時折兵士達の訓練に立ち会い、主に指揮官達を指導する事もあるほどの人物だ。
その人物が、笑顔で自分達を見ている。
「ディー、紹介してくれんのか?」
隣に立つディアーノ少佐を見てディレント公爵が笑う。
「ああ、失礼しました。閣下、彼がマーク伍長。こちらがキム伍長です」
それぞれの背中を叩いて身体ごと公爵の方を向かせる。
『初めましてお目にかかれて光栄です』
『敬礼してそう言えばいいよ』
どうしたらいいのか全く分からずに呆然と立ち竦む二人の耳元で、シルフ達がディアーノ少佐からの伝言を伝えてくれる。
花祭りの花の鳥のカラクリよりもギクシャクとした動きで何とか敬礼をした二人は、緊張しすぎて息も出来ない。
「お、お、お目にかかれて光栄であります!」
何とか二人揃って、声を振り絞ってそう言うのが精一杯だった。
「お待たせしたね、それじゃあ行くとしようか」
全員着替えが終わり、案内された控えの部屋で待っていると、同じく着替えを終えたオリヴェル王子がやって来てそのまま揃って会場へ向かった。
どうやら今夜の夜会は野外で行われるようで、到着した広い中庭を見て嬉しくなった。
そこは以前、閲兵式の後にレイもこっそり参加した夜会の会場と同じ場所だ。あの時も、観兵式で大活躍だったマークやキムと話をして、一緒にクラウディアの見事な舞いを見たのだ。
「そっか、ここはお城の中庭の中でも広いから、野外で行う夜会の会場になるんだね」
ブルーのシルフに小さな声でそう話しかけ、レイは胸を張って背筋を伸ばした。
「一応、父上が先に入ってるからマークとキムの面倒を見てくれる予定になってるんだけど、今から考えればディアーノ少佐に頼んだほうが良かったような気がするな。いきなり父上に話しかけられたら、あの二人ならそれだけで固まってそうだよな」
隣を歩くルークの言葉に、レイは目を瞬いた。
ルークのお父上という事は、ディレント公爵閣下。確かに、マークとキムがいきなり公爵閣下に話し掛けられてずっと側にいられたら、それだけで緊張のあまり倒れるかもしれない。
「うわあ、確かに緊張のあまり倒れるか固まっていそうだよね。早く行ってあげないと」
思わずそう呟くと、苦笑いしたルークに背中を叩かれた。
「やっぱりそう思うよな。今日は最低限の挨拶が済めば、お前は二人のところへ行ってやれよな」
「はい。僕がマークのところに、カウリはキムのところへ行って一緒にいるようにしようって、さっきカウリと着替えながら話していたんです」
「ああ、それは良い考えだと思うぞ。お前達は今日はあくまでも脇役だからさ。大事な友達なんだろう? しっかり守ってやれよな」
笑ったルークに背中を叩かれ、レイは胸を張って大きく頷くのだった。
オリヴェル王子と竜騎士隊の到着を案内する執事の声の後、揃って会場である中庭に出て行く。
早速あちこちから声を掛けられて、レイはまずは笑顔で挨拶をした。
一通りの挨拶が終わった頃、ようやく落ち着いて周りを見回せるようになったレイは、広い会場の隅に物凄い人だかりができているのを見て、思わず声をあげそうになった。
「おうおう。こりゃあ予想以上だなあ。大丈夫かねえ」
同じく挨拶を済ませたカウリの面白がるような呟きに、レイはもう一度さっきの人だかりを振り返った。
「えっと、もしかして……あそこ?」
苦笑いして頷くカウリにレイは目を見開く。
「ああ、これは大変な騒ぎになっているな。じゃあ、まずは二人を救出に行くとするか」
マイリーのこれも面白がるような言葉に、ヴィゴや若竜三人組も揃って笑いを堪えて頷いている。
「では、連れて参りますのでこちらでお待ちください」
まだ挨拶が続いているオリヴェル王子に横から声を掛けたマイリーは、レイが呆然と見ている前でそのまま会場を突っ切ってあの人だかりに近付いて行った。
マイリーが周りの人達に何か話しかけている。すると、それを聞いた周りの者達が一斉に下がりマイリーを通した。
背の高いマイリーは、人の中にいてもすぐに分かる。
しばらくすると、マイリーはマークとキムを連れて出て来た。
二人共かなり憔悴しているのが遠目に見ても分かる。立ち止まって駆け寄って来た執事達から飲み物をもらっている二人をレイは心配そうに見つめていた。
執事達に身なりを整えてもらった二人は、待っていたマイリーと一緒にこちらへ向かって歩いてくる。
到着した二人がマイリーに紹介されて、オリヴェル王子に挨拶している。
緊張と興奮のあまり頬を紅潮させてながらも、しっかりとオリヴェル王子に挨拶する二人を、レイはまるで自分の事のような嬉しさと誇らしさを感じながら、目を輝かせて見つめていたのだった。
彼らの周りでは、シルフ達が大はしゃぎで手を叩いたり、マーク達の髪を引っ張ったりして遊んでいる。
「もう、せっかく一生懸命ご挨拶してるんだから、邪魔なんかしちゃダメだよ」
呆れたように小さく呟いたレイの言葉に、シルフ達が揃って笑って知らん振りをするのだった。
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