夜会への参加準備
「ええ、俺達が行くんですか? あ、失礼しました」
叫ぶようにそう言った後、慌てて口を押さえて謝罪するキム伍長を見てディアーノ少佐は小さく笑った。
隣では、驚きすぎて衝撃のあまり瞬きすら出来なくなっているマーク伍長が、茫然とした表情のままで固まっている。
あまりにも予想通りの反応にもう一度笑ってから、少佐は目の前に直立している二人を見て口を開いた。
「オリヴェル殿下が、二人から直接先程の精霊魔法についての解説を聞きたいとの仰せだそうだ。しっかりと其方達の口から説明してきなさい。既にマイリー様が説明してくださっているかもしれないが、気にせず構築式の一から詳しく説明して構わないぞ」
少佐の言葉に、ようやく我に返ったマークとキムは、揃って直立した。
「かしこまりました! では準備して参ります!」
真っ赤な顔の二人を見てもう一度笑った少佐は、立ち上がって二人の側へ行き肩を叩いた。
「夕食は早めに食堂で食べておきなさい。軽食は用意されているが、おそらく食べる余裕はないだろうからな。話はそれだけだ、七点鐘の鐘が鳴ったらここへ来なさい」
「かしこまりました!」
改めてそう答えて、敬礼してから部屋を出ていく二人の背中を見送った。
「さあ、これからどうなるか本当に楽しみだよ。二人ともしっかりやってくれたまえ」
満足そうにそう呟くと、机の上に置かれた処理しかけの書類に目を落とした。
人生最大の大仕事を終え、ようやく本部へ戻ってきて安堵のあまり座り込んでいたマークとキムは、突然ディアーノ少佐から呼び出されて、今夜、城で行われる夜会に少佐と一緒に二人も参加するように命令されたのだ。
当然第一級礼装で。
突然のご指名に、少佐の執務室から出てきた二人は揃ってその場にへたり込んだ。
扉の前にいた、部屋付きの護衛の兵士が驚いたように駆け寄ってきてくれる。
「大丈夫ですか? 具合が悪いなら衛生兵を呼びますが?」
扉が閉まっていたため、中での少佐との会話は彼らには聞こえていない。
「ああ、大丈夫です。ちょっと腰が抜けただけです」
苦笑いするキムの言葉に、その兵士は目を瞬いてから小さく笑った。
「もしかして、何か言われましたか?」
その言葉に小さく笑った二人は、揃って大きなため息を吐いてから立ち上がった。
「ご心配かけてすみませんでした。急遽少佐と一緒に城で開催される夜会に出ろって言われてしまいました。農民と街出身の一般人をそんな所に連れ出してどうするつもりなんですかね? 俺達、行儀作法なんてかけらも知りませんよ?」
「おお。それは大変だ。健闘を祈ります」
苦笑いしたその兵士にそう言われて、マークとキムは揃って遠い目になるのだった。
急いで自室に戻ったが、その途中も何度も知り合いに声を掛けられて、急いでるからまた後でと断り続けていた。
先ほど行われた歓迎式典での彼らの活躍はあっという間に第四部隊の兵士達の間に広まり、彼らから詳しい話を聞きたがっている兵士は多いのだ。
いや、第四部隊の兵士達全員が、彼らからの話を聞きたがっていると言っても過言ではないだろう。
マークとキムの古巣である第四部隊の精霊塔でも、彼らに来てもらって講習会をやって欲しいと言う嘆願書が、既に複数の兵士達の発案で準備されている。
王立図書館に収蔵されている過去にキムが書いた論文には、この数時間の間にどれも閲覧希望者が殺到して、順番待ちの予約は既に三桁を大きく超えようかという勢いだ。
そんな周りの大騒ぎなど露知らず、第一級礼装の準備をしたマークとキムの二人は、まずはそのままの制服で食堂へ向かった。
当然、話を聞きたがる知り合いやその他の兵士達に取り囲まれたが、それを見たキムが顔の前で大きくばつ印を作りながら大声でこう叫んだ。
「悪いけど今は時間がないから今度にしてくれ。今夜、城の夜会に出席しろって言われてるんだ。七点鐘で集合だから、それまでに何か食っておかないと夕食を食いっぱぐれちまうって」
大きなどよめきの後、納得した兵士達が口々に謝りながら解散して行った。
ようやく解放された二人はそれぞれの食事を取ってきて簡単なお祈りの後、大急ぎで食事を終えたのだった。
「おかしいところは無いか?」
「うん、大丈夫だと思う。俺は?」
「後ろ向いて、はいこれで良い。よし、完璧だ」
お互いの背中側を確認し合い、外してあったミスリルの剣を装着する。
レイルズから貰った襟飾りをそっと撫でたマークは、大きく深呼吸をしてからキムに向き直った。
「じゃあ行こう。こうなったらもう腹括るしかないよ」
「だな。俺達に期待されてるのは、完璧な礼儀作法や立ち居振る舞いじゃなくて精霊魔法談義だろうからな。それなら何とかなりそうな気がしてきた」
「オリヴェル殿下も、当然光の精霊魔法はお使いになられる。確か土以外はほぼ上位までお使いになられるはずだから、光の精霊魔法に関しての説明はお前に任せるよ」
「お、おう、そりゃあ当然だよ。それは任せろ。しかしまあ……そうだな。ここで考えてても答えは出ないな。とにかくお互い頑張ろうぜ」
互いに上げた手を叩き合い、腕を交差させるようにして当てあった二人は、大きく深呼吸をして部屋を出て行ったのだった。
当然、第一級礼装の彼らが今からどこにいくのか察した兵士達から何度も応援の声を掛けられ、さらに緊張してしまい、最後には右手と右足が同時に出てキムに笑われたマークだった。
『大丈夫かしら?』
『大丈夫かしらね?』
『緊張してた』
『緊張してたね』
『応援応援』
『頑張れ頑張れ〜!』
廊下を歩く彼らの後ろをふわりふわりと追いかけながら、彼らと仲の良いシルフ達が楽しそうにお祭り騒ぎに便乗していたのだった。
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