歓迎式典の後

「マークもキムも凄い!」

 主賓であるオリヴェル王子やアルス皇子を始め、大勢の兵士達の前で堂々たる演技を終えたマークとキムに、立ち上がったレイは何度もそう呟きながら精一杯の拍手を贈った。

 オリヴェル王子も、素晴らしかったと言いながらずっと拍手をしている。

 ようやく拍手が収まり、両殿下が着席したのを見て、会場が静かになる。

 この後、何人かの軍関係者の挨拶があり、アルス皇子が終了を宣言して式典は無事に終了した。



「お疲れ様。今夜はまた夜会があるからお前も参加だぞ」

 退出する時にルークからそっと耳打ちされて、レイはもう少しで蹴躓けつまずくところだった。

「えっと、今夜は何の夜会なんですか?」

 歩きながら小さな声で質問する。すると、振り返ったルークはにんまりと笑った。

「そんな改まったものじゃないよ。立食式の気軽な会で、何の夜会かと言えば、今夜の式典の参加者達を慰労する会、と言えばわかるか?」

 目を瞬き、意味を理解した時、レイは思わずルークの腕を掴んだ。

「それってつまり、マークとキムをオリヴェル王子に紹介しても良いって事ですか?」

 笑って頷いてくれるルークに、レイはもう嬉しくて堪らなかった。



 大勢の兵士達に見送られて、ラプトルに乗った一行は城へ戻って行った。

 当然、帰り道でも道沿いの屋敷から大勢の人達が出て来て花を撒いてくれ、いつもと違う景色を楽しんだのだった。






「お疲れ様。いやあ、素晴らしかったぞ」

 彼らの直属の上司であるディアーノ少佐は、さっきから何度もそればかり言っているし、文字通り満面の笑みだ。

 それに対して、戻って来て一旦は列に戻ったマークとキムだったが、両殿下と竜騎士隊が退場して解散した後、二人揃って腰が抜けたようにその場に座り込んでしまったのだ。



「あはは、今更だけど腰が抜けたぞ」

「お、俺もだ。足が立たない」



 顔を見合わせて半泣きになって笑っている二人を見て、何人かの同僚達が慌てて駆けつけて手を貸して、立てない二人を助け起こしてやったのだった。

「ご苦労だったな。まずは本部へ戻ろう。話はそれからだ」

 笑顔のディアーノ少佐に背中を叩きながらそう言われて、何とか返事をした二人だった。

「まだ夢を見てるみたいだよ」

「だよな。だけど、お互いこれ以上なく上手くやったと思うぞ」

「おう、最初の炎を後ろを向くお前に投げる時、もう本気で足が震えて倒れそうだったんだぞ」

「俺はお前を信じてたよ。絶対出来るってな」

 満面の笑みで拳を突き出されて、一瞬言葉に詰まったキムは、泣きそうな顔で拳を突き出した。

「おう、ありがとうな。おかげでなんとかなったよ」

 拳を突き合わせて改めて顔を見合わせる。

「言っておくけど、今日で終わりじゃないぞ。今日は始まりなんだからな。君達二人には大いに期待してるよ。これからもしっかり精進してくれたまえ」

 ディアーノ少佐の言葉に二人はこの後の事を考えてしまい、揃って乾いた笑いをこぼしたのだった。




 城に戻った一行は、いったん竜騎士隊専用の部屋に通された。

 しかしアルス皇子は、夕刻まで参加しなければならない祭事があるからとそのまま神殿へ戻り、竜騎士達はオリヴェル王子を囲んでお茶とお菓子を頂いた。

 当然、話題は先程の式典での事になる。



「ええ、マーク伍長とキム伍長は君の友人なのかい?」

 マイリーから話を聞いたオリヴェル王子は、驚いて端に座ったレイを振り返った。

「あ、はい。精霊魔法訓練所でいつも一緒に勉強しています。大切な、自慢の友人達です」

 嬉しそうなレイの言葉に、オリヴェル王子も笑顔になる。

「それは素晴らしいね。利害関係のない場で出会った友人は生涯の宝になるよ。大事にしなさい」

「はい、もちろんです」

 目を輝かせたレイはそこで、マークと初めて会った時の、彼がカマイタチやカッターが全く出来なかった時の話をした。



「ええ? 光の精霊魔法であるライトやフラッシュが出来て、一番簡単な風の精霊魔法のカマイタチや、水の精霊魔法のカッターが出来ないって……そんな事があるか?」

 思いっきり不審そうなその言葉に、皆苦笑いしている。

「ところが実際にそうだったんです。もう周りの教授達も完全にお手上げ状態で、その頃には、彼に無理に攻撃魔法を覚えさせるのはやめて、防御系と癒し系のみに絞ったほうがいいのではないか。なんて話も出ていたくらいだったんです」

 苦笑いするヴィゴの説明に、オリヴェル王子も苦笑いしつつ頷く。

「まあ、ただの人間に光の精霊魔法の適性があった時点で、第四部隊は彼を絶対に離さないだろうがな。しかし、そこまで言われるほど酷かったのか?」

 目の前で披露されたあの見事な技の数々を見た後では、まさか僅か二年ほど前にそんな状態だったなんてにわかには信じられない。

「ちょうどその頃、蒼の森からレイルズが正式に竜騎士見習いとなるために、ラピスと共にオルダムに来た所だったのです。精霊魔法の基礎とそれ以外の一般常識と他人との付き合いを学ばせる為に、レイルズを身分を隠して精霊魔法訓練所に通わせることにしました。彼を初めて訓練所へ連れて行った日、たまたまマーク伍長、当時はマーク上等兵でしたが、彼が授業に来ている日だったのです。彼も元は農村の出身ですからね。レイルズと歳も近いし話が合うのではないかと思い、会わせてみたのです」

 ヴィゴが臨時の講師役としてマーク伍長を教えていた事も併せて説明してから、所用でヴィゴが席を外した時に、レイルズと二人きりになる時間があったのだと話した。

「それで、どうなったんだい?」

「本人からもカマイタチやカッターが全く出来ないって話を聞いて、僕が以前やった方法なら上手くいくかもしれないって、そう思って彼にやらせてみたんです」

「一体どうやったんだい? 精霊魔法訓練所の教授達なら教えの専門家達だ。その彼らが匙を投げた生徒に、何をやらせればあんな風になると言うんだい?」

 興味津々のオリヴェル王子に、レイは自分が考えた麦刈りのやり方の説明をした。

 その際に簡単な麦刈りの仕方も説明して、それを例にして、風をまとめる感覚を掴ませたのだと説明した。そしてその結果、精霊の守護がかかっているはずの訓練用の教室の壁に巨大な亀裂を生じさせた話もした。

「へえ、成る程ねえ。握った麦の束を手に持った鎌で切る、か。確かに言われてみればカマイタチの技はそんな感じだね」

 納得したように頷くオリヴェル王子の言葉に、逆にレイが驚く。

「ええ、殿下は麦刈りをご存知なんですか?」

 そう言って目を見開くレイに、オリヴェル王子は笑って首を振った。

「ああ、違うよ。話を聞く限り動作自体は草刈りと同じだと思ってね。どうだい?」

「く、草刈りですか?」

 そう言って考えた後、大きく頷く。

「あ、確かに同じですね。束ねて切る」

 そう言いながら左手で握って、右手で切る振りをする。

「ティアが花を育てるのが好きだったから、私もよく手伝っていたんだよ。力仕事を彼女にさせるわけにはいかないからね。だから、草刈り程度はやった事があるよ」

 笑いながら説明してくれて、レイも納得した。




 そのあとは、実際にどうすればあのような合成魔法が出来るかと言った話になり、マイリーとルークがオリヴェル王子に理論立てた詳しい説明をしていた。その後、レイが練習している小さな光の盾を飛ばすのを庭に出て実演して見せた。

「まだ、マークほどは安定して固定出来ないんですけれど、かなり遠くまで飛ぶようになりました」

 席に戻りながら、照れたように笑うレイをオリヴェル王子は感心して見つめていたのだった。

「これは素晴らしい。マイリー、我が国からも兵士を寄越すので、この合成魔法について学ばせてやってもらえないだろうか」

 真顔のオリヴェル王子の言葉に、マイリーは大きく頷いた。

「その件は、明日にでもこちらから提案させていただこうと思っておりました。もちろん喜んでお引き受けいたします。これは考える頭は多いほど良い。是非、共に学びましょう」

 力強いマイリーの言葉に王子も大きく頷き、二人はしっかりと握手を交わしたのだった。



「それでは、この後の夜会で是非とも彼らを紹介しておくれ。直接詳しい話を聞きたい」

 目を輝かせるオリヴェル王子の言葉に、レイも笑顔で何度も頷くのだった。

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