精霊魔法訓練所でのひと時
「ああ、そうだ。あのね実はちょっと面白い事を考えてて、その時にはマークやキムにも参加してもらおうと思ってるんだ」
笑いを収めたレイの言葉に、マークとキムが不思議そうに顔を上げる。
「何だよ、面白そうな事って」
「何々? 俺達も参加出来るって、何だよ」
興味津々で覗き込んで来る二人に、レイは胸を張って答えた。
「あのね、僕の成人祝いに竜騎士隊の皆からだけじゃなく、いろんな方からものすごく沢山の本を瑠璃の館に届けて頂いてるんだ。とてもじゃないけど一生かかっても読みきれないくらいのすごい量なんだよ」
目を輝かせて説明するレイの言葉に、二人が納得したように頷く。
以前一度だけ西の離宮に呼んでくれた時、ガンディと王妃様からの贈り物だと言って壁一面に物凄い量の本がぎっしりと並んでいたのを見せてもらった。
訓練所の図書館でも見た事が無い本も何冊もあり、あの時はもう貪るようにして本を読み漁ったのだ。
正直言うと、心の底から羨ましい。
また呼んでくれないかと、実は密かに期待している二人だ。
「それでね、夏の暑い時期は西の離宮で、あそこにもたくさんの本があるからさ。涼しくなったら瑠璃の館で、不定期開催だけど本読みの会っていうのをやろうと思ってるんだよ。精霊魔法に関する本読みの時だけでも、二人にも参加してもらえないかと思ってね。あ、その時には、ディーディーやニーカ、ジャスミンも呼ぼうと思ってるんだ」
目を輝かせるレイの言葉に、二人は揃って驚きのあまり無言になる。
「ええと、それって、他にはどなたが参加予定なんだ?」
恐る恐るキムが尋ねる。
「えっと竜騎士隊の人達だよ。一応正式な竜騎士にならないと、倶楽部は主催出来ないらしいんだ。だからそれまではルークが主催してくれる事になってるよ。会場は同じ瑠璃の館と西の離宮。参加者は一応、僕の知り合いだけにする予定です」
マークやキム、クラウディアやニーカも貴族では無いので、ジャスミン以外は倶楽部自体には参加は出来ない。
この場合は、あくまでも主催者が個人的にその場だけの招待、という形で参加してもらう事になるらしい。
「あはは、なんだかすごく場違いな気はするけど、あの本をまた読ませて貰えるのなら、是非とも参加したいよ。なあ!」
隣で無言で固まってるマークの背中を思いっきり叩いてやる。
「あ、ああ。そうだな。ぜひお願いしたいよ。あの本をもう一度読ませてもらえるのなら、それは、それはもの凄く嬉しいよ」
揃ってうんうんと頷く二人を見て、レイはちょっと考える。
「じゃあそれとは別に今度瑠璃の館にも来てよ。まだ全部の整理が終わってないから散らかってるけど、あそこなら泊まって貰えるもの。夜までゆっくり好きなだけ本を読みながらお話が出来るよ」
目を輝かせるレイの言葉に、二人がまた絶句する。
「良いのか?」
キムの言葉に、レイは満面の笑みで頷く。
「もちろんだよ。この前もすっごく楽しかったし勉強になったものね。ルークに言われたんだよ。自分の屋敷を持つと、友達を招待して泊まってもらう事だって出来るって」
「よろしくお願いします!」
思わず立ち上がった二人は声を揃えてそう言ってレイに向かって跪き、両手を握り額に当てて深々と頭を下げた。
「ええ、やめてよ。そんな改まらないで。立ってよ。僕が来て欲しいから呼ぶんだもの」
照れたように立ち上がった二人とレイは、笑顔で拳を突き合わせるのだった。
時間いっぱいまでしっかりと自習をして、三人一緒に食堂へ向かった。
久しぶりの訓練所での昼食に、城の夜会で会ったりした何人もの貴族の若者達から手を振られて、レイも笑顔で手を振り返した。
「何してる……ああ、もしかしてどこかで会ったりしたのか?」
「そうだね。夜会で会ったよ。あ、お城の会議で座ってるのを見た事もあるね。もちろん僕と同じで、まだ発言権の無い席からだけどさ」
好きな料理を山盛りに取りながら平然とそう答える彼に、マークとキムは苦笑いしている。
こればかりは自分達には知り得ない、文字通り住む世界の違う話だ。
気後れする二人に気付かず、それぞれ好きなだけ取って席に着いた後は、しっかりお祈りをしてから食べ始めた。
食事の合間には針始めの儀式に参加した時の話をして、二人も興味津々で初めて聞く話に耳を傾けていた。
「それじゃあ、またな」
午後からはそれぞれの別の教室になるので、廊下で別れる。それぞれの教室に入る二人を見送ってから、キムは自分の研究の為に図書館へ戻って行った。
その日のレイは、苦手な政治経済の授業をもう必死になって受けていたのだった。
「お疲れ様。どうした、なんだかやつれてるぞ」
廊下で待っていてくれたマークとキムの言葉に、教室から出て来たレイは、マークの腕に縋って泣く振りをした。
「助けてマーク。政治経済の妖怪が僕を苛めるんだよう」
泣く振りをしているレイの言葉に、マークとキムが吹き出す。
「諦めてしっかり戦え。こればっかりは俺達にはどうしてやる事も出来ない。骨くらい拾ってやるから玉砕してこい」
「ええ、玉砕してどうするんだよ!」
口を尖らせて叫ぶレイの言葉に、二人はもう一度吹き出し、揃って大笑いになった。
「冗談抜きで、もうちょっと簡単な授業をして欲しいよう」
「おや、難しいですか? これでもかなり噛み砕いてしているんですけれどねえ?」
突然扉が開いて、今まで授業をしてくれていたコスティ教授が笑いながら出て来た。手には何冊もの分厚い資料の束を抱えている。
「ああ、失礼しました! 大丈夫です。すごく解りやすい授業なんです。だけどその……」
「難しいですかね?」
苦笑いするコスティ教授の言葉に、レイは申し訳なさそうにしながらも小さく頷いた。
「まあ、実際ほとんどの学ぶ内容は具体的に目に見える事ではありませんからね。ですが、特に士官となられる方には必要であり大事な事です。どうぞしっかりと学ばれますように」
諭すようなその言葉に、改めて向き直ったレイは、深々と頭を下げた。
「もちろんです。どうかよろしくお願いします!」
「はい、頑張りましょうね」
笑った教授を見送り、苦笑いした三人も、大急ぎで本部に戻る為に早足で出て行った。
そんな三人の様子を廊下の窓に座ったブルーのシルフ達が、呆れたように笑いながらずっと見ていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます