今日の予定とそれぞれの二つ名
朝練が終わって、城へ戻って行く両王子と大人組を見送ったレイとルークは、そのまま本部に戻って軽く湯を使って着替えてから、ラスティ達も一緒に食堂へ向かった。
レイはいつものように山盛りに取ってきて食べながら、横で同じく山盛りの料理を平らげるルークを振り返った。
「ねえルーク、今日の夜会ってどなたの主催なんですか?」
「ああ、ゲルハルト公爵の主宰で、お前をご指名だぞ」
一人で行くと分かって、目を見張ってルークの腕に縋った。
「大丈夫だよ、夜会と名はついているが、ほぼ話を聞いて勉強する為の会だと思えば良い。毎年この時期に行ってくださる、主に十代の若者達を集めた会なんだ。軽食が出るだけだから軽く何か食ってから行けよ。それから携帯式のちょっとしたメモを取れる程度の筆記用具を持っていく事。後はまあ、行ってみてのお楽しみだな」
パンをちぎったルークの言葉に、レイは真剣な顔で頷いた。
ゲルハルト公爵ならば、事務官の長なのだから勉強会だと言うのも頷けた。恐らく、議会に関する事や経済学などの話をしてくださるのだろう。
「分かりました。じゃあ小物入れに、いつも使ってる万年筆と手帳を入れておきます」
「しっかり勉強してこい。それから、参加者は近い年齢の若者達ばかりだから、普段の夜会と違ってあまり気は使わなくて良いと思うぞ」
「そうなんですね。じゃあ楽しみにしています」
嬉しそうにそう言って頷き燻製肉を食べるレイを見て、笑ったルークもちぎったパンを口に放り込んだ。
今日はカウリはいなくて、訓練所に行くのはレイだけだ。
レイはゼクスに乗って、護衛のキルートと一緒に訓練所へ向かった。
「良かった。しばらく訓練所には行けないと思っていたからね」
並んでラプトルを走らせながらそう言うと、キルートはレイを見て小さな声で教えてくれた。
「本当なら、今月はほとんど行けない予定だったんですがね。それはお可哀想だとルーク様が仰られて、今日は何とか時間が取れたので行っていただく事になったんです」
「でも今日は、政治経済の授業の予定だから、そこはあんまり嬉しくないです」
口を尖らせるレイの言葉に、キルートは苦笑いしてため息を吐いた。
「それはもう諦めてください。政治経済、用兵と兵法は、基礎医学と薬学と並んで士官となられる方には必須の授業ですからね」
「予習して行っても、それでも解らない所だらけだよ。まあ、最初の頃に比べたらかなり解るようにはなってきたけどさあ」
こちらも大きなため息を吐いて空を見上げる。
視線の先に現れたシルフ達が、嬉しそうに手を振っている。
「まあ、基礎医学と薬学もそうですが、レイルズ様のように子供の頃から勉強をしておられない市井のご出身の方には、確かにどれもかなりの難敵のようですね」
慰めるように言われて、笑って頷く。
「それを考えるとカウリは凄いよね。年齢的には確かに人生経験豊富だけど、それと勉強が出来るのはまた違うもんね」
「遅れて来た天才。確かにそうですね。カウリ様はもう竜騎士隊内部でも、なくてはならないお方になっておられるそうですからね」
「カウリは教授達の間でそう呼ばれてるんだってね。ルークから聞きました」
前を向いたレイが、その言葉に嬉しそうにそう言って振り返る。
「はい。有名な生徒には、教授方が二つ名をお付けになることがあるんですよ。ちなみにレイルズ様にも付いていますよ」
目を瞬いたレイは、驚いてキルートを見た。
「ええ、それは知りません。僕は何て呼ばれているんですか?」
その言葉に、逆にキルートの方が驚く。たいていはすぐに生徒達にも知れて、本人の知るところとなるからだ
「ではマーク伍長かキム伍長に聞いてみるといいですよ。彼らなら間違いなく知っているでしょうからね」
笑ってそう言い、前を向いてしまった。
「ええ、教えてくれてもいいのに」
少し拗ねたように口を尖らせていたが、笑って前を向き、訓練所に到着する頃にはいつも通りに戻っていた。
今日はまだ誰も来ていなかったので、いつもの自習室を借りてまずは本を選びに行く。
気は進まないが、政治経済の本を何冊か集めて戻って来たところで、マークとキムが廊下の向こうから歩いてくるのと丁度行き合った。
「ああ、おはよう。自習室借りてるからね」
「おはよう、じゃあ本を選んだら行くよ」
マークの言葉にキムも頷き、互いに手を叩き合っていったん別れた。
「ディーディーとニーカとジャスミンは、今月いっぱいはお休みだもんね。ティア姫様のお世話だって言ってたけど、大丈夫かなあ」
本を机に並べて、鞄からいつもの筆記用具を取り出しながら呟く。
『懸命に毎日務めておるぞ。それに姫とずいぶんと仲良くなっておるようだ』
現れたブルーのシルフにそう言われて、レイは笑顔になる。
「それなら良かった。ティア姫様ってどんな方なんだろうね。早くお目にかかりたいな」
小さく笑ってそう言うと、ブルーのシルフも嬉しそうに何度も頷いた。
『其方がこれから先関わっていく事になる、未来の王妃だからな』
「そうだね、良いお方みたいで安心だね」
嬉しそうにそう言うと、席に座って持って来た本を広げた。
こちらも同じく山盛りの本を持って来たマークとキムも、黙々と本を読んだりメモを取ったりしている。しばらくは黙ってそれぞれの予習を行なっていた。
しばらくして勉強が一段落したところで、マークが口を開いた。
「なあレイルズ。研究室の件って聞いたか?」
「へ、何それ?」
「あれ? まだ聞いてないか。残念」
「ええ、何の話?」
驚いて問い詰めたが、そのうち分かると言って誤魔化されてしまった。
「ええ、気になるよ」
拗ねたように口を尖らせるレイを見て、マークとキムは苦笑いしているだけだ。
「あ、そうだ。それより二人に聞きたかったんだけど、知ってる?」
「何だよ改まって?」
「おう、俺達で解る事なら教えてやるぞ?」
マークの横から、キムも覗き込んで二人揃って頷く。
「キルートから聞いたんだけど、カウリって、教授達の間で二つ名がついてるんだって、知ってる」
レイの言葉に、何事かと内心身構えていた二人は安堵のため息を吐いた。
「ああ、もちろん知ってるよ。遅れて来た天才って言われてるそうじゃないか。だけどこれ以上ないくらいに、カウリにぴったりの呼び名だよな」
キムが何度も頷きながらそう言っている。
「確かに。正しく遅れて来た天才だもんなあ」
「減らず口は相変わらずみたいだけどさ」
マークの言葉に、レイも頷きながらそう言うと、二人が揃って吹き出した。
「あはは、確かにそうだな。でも良いじゃないか。彼はあんな風に言う事で、自分の中でいろんなバランスを保ってるんだからさ」
「確かに上手いやり方だよな」
「だけどあれは、ある意味人生経験豊富な、あの年齢の彼だからこそ出来るやり方だと思うけどな」
キムの言葉に、全員揃って何度も頷くのだった。
「でね、僕にもその二つ名が付いてるってキルートから聞いたんだけど、マークとキムは知ってる?」
真顔で聞かれて、二人は揃って顔を見合わせた。
「お前、自分がなんて呼ばれてるのか知らないのか?」
マークの言葉に、レイはまた拗ねたように口を尖らせて眉を寄せる。
「だからお前、その顔はやめろって」
呆れたキムの言葉に続いてマークが吹き出す。
「じゃあ、やっぱり二人は知ってるんだね。ねえ、何て呼ばれてるのか教えてよ」
「成る程。俺達に聞きたかったのはそれか」
レイの言葉に、キムが納得したように笑ってレイの頭を撫でた。
「いつも思うけど、教授って凄いよな。本当に、これ以上ないくらいの的確な二つ名だよな」
「確かにそうだな。俺も初めて聞いたときには思わず拍手したくらいには感心した」
振り返ったキムの言葉に、マークも笑ってレイの頭を撫でながら頷いている。
「それで、何?」
期待に満ちた目をしてそう聞かれて、二人は揃って肩を竦めた。
「自覚なき天才。ってな」
「そうそう、でもってキムは、努力の出来る秀才って呼ばれてるんだぞ」
「それを言うなら、お前は無自覚の達人だったよな」
マークの言葉に、笑ったキムが言い返す。
「ええ、何それ! 僕は天才じゃないけど、でも二人にはぴったりだよね」
満面の笑みのレイの言葉に、三人はまた同時に吹き出し、部屋は笑いはしばらくの間止むことがなかった。
本棚に座ったブルーのシルフや、ニコスのシルフを始めとした多くのシルフ達が、無邪気に笑い合う彼らの事を愛おしげに見つめていたのだった。
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