朝練と再戦

 翌日、いつもの時間にシルフ達に起こされたレイは、大きな欠伸をしながらベッドから起き上がった。

 柔らかな赤毛は、相変わらず寝癖がついて鳥の巣みたいになっている。

『おはよう。今日も良いお天気のようだぞ』

「おはようブルー。今日は何をするのかな?」

 思いっきり伸びをしてからそう答え、立ち上がって洗面所へ向かった。

「うわあ、また凄い寝癖になってる」

 鏡に写る自分の頭を見て、思わず叫ぶレイで、それを見たシルフ達は大喜びではしゃぎ回っているのだった。

「もう、また君達だね。僕の頭はおもちゃじゃないんだって」

 文句を言いつつも、レイの顔も楽しそうに笑っていた。




「おはようございます。朝練に行かれるのならそろそろ起きてください」

 その時ノックの音がして、白服を手にしたラスティが入ってくる。

 一瞬、空になったベッドを見て驚いたが、洗面所から聞こえる賑やかな水音を聞いて小さく安堵の息をもらした。

「おはようございます。ねえラスティ。もうこれで寝癖は付いてない? シルフ達に聞いても笑ってるだけで教えてくれないんです」

 洗面所から顔を出したレイが、口を尖らせてそう叫んでからクルッと一回転して見せる。

「レイルズ様。残念ですが、いつもの後頭部の下側にまだ寝癖が豪快に残っていますよ」

 自分の後頭部を指差して笑いながらそう言い、洗面所で髪を濡らすのを手伝った。



「あ、良い事思いついた。もういっその事、朝起きてから頭を洗えばいいんだよね」

 毎朝、何度も濡らしてはシルフ達に乾かしてもらって寝癖と戦っている時間を考えたら、軽く湯を使って頭を丸ごと洗う方が早い気がしてきた。

「どうでしょうかね? では朝から湯をお使い頂けるようにご用意しておきますので、一度どちらが早いかやってみてください」

 笑いながらそう言われて、服を脱いでいたレイは慌てた。

 このままでは自分がラスティの仕事を増やしてしまう。

 いつもなら、自分が朝練に行っている間に昨夜湯を使った浴室を綺麗にしてくれているのだ。朝練から戻ったら、また浴室で汗を流すので、考えたら、今でも一日に二回も浴室の掃除をさせている事になる。その上、朝まで浴室を使うとなると、ラスティは夜のうちに浴室の掃除をしなければならない事になる。もし、ラスティがやらないとしても、それなら別の誰かの仕事を増やす事になる。

「えっと、やっぱりやめておきます。そこまでしなくてもいいかな。だって、寝癖があんまり無い日もあるものね」

 誤魔化すようにそう言って、白服に袖を通した。

 急に話を終わらせたレイにラスティは驚いたようだったが、それ以上何も言わずに黙ってレイの脱いだ寝巻きを受け取り、襟元の紐を結んでやった。




「おはよう、今日も元気だな」

 廊下には、ルークが待っていてくれて一緒に朝練に向かった。

「えっと、今日の予定ってどうなってるんですか?」

「ああ、今日は訓練所へ行ってくれていいぞ。ただし、夜にはまた夜会の予定があるから寄り道せずに帰ってくる事」

「僕、寄り道なんてしません」

 怒ったようにそう口答えしたが、顔は笑っている。

 ルークに頬を突っつかれて、悲鳴を上げて逃げた。

 月末の殿下の結婚式まで、確かに予定はたくさんあるみたいだけど少しは訓練所にも行けると聞き、嬉しくなった。



 今朝は、マークとキムも朝練に来ていたので、一緒に準備運動や柔軟体操、それから走り込みを行った。

 その後、一緒に加重訓練も行った。

 時折目を見交わしながら、せっせと加重訓練を続けるレイを見て、同じく懸垂をしていたルークは小さく笑って入り口の扉を見た。

「あ、お越しになったな」

 部屋が一斉に静かになるのに気付き、レイ達も入り口の扉を振り返る。

 そこには、白服を着たオリヴェル王子とイクセル副隊長。それからアルス皇子とヴィゴとマイリー、それからカウリも一緒に入ってくるところだったのだ。

 マークとキムが慌てたように立ち上がって、他の兵士達がしているようにその場で直立する。

「おはようございます。構わないから続けてください」

 笑ったオリヴェル王子の言葉に、一斉に返事をした兵士達は敬礼の後、またそれぞれの訓練を続けた。

「おはようございます!」

 レイも直立して元気に挨拶をする。

「おはよう。イクセルが前回の雪辱を果たすんだって言って張り切ってるよ。頑張ってお相手をしてやってくれたまえ」

 前回、偶然とは言えイクセル様に勝ってしまった時の事を思い出して慌てていると、隣で聞いていたマークとキムは、その言葉の意味を考えて呆気にとられた。

「なあ、今の話ってつまり……前回のお二人がお越しになっていた時に、レイルズがイクセル様とここで手合わせして……勝ったって事か?」

「みたいだな。どう聞いてもそうなるよな」

 マークの小さな呟きに、キムも呆然としながらそう答える。

「偶然だよ。受け流した棒が横に滑って、とっさに下から掬い上げたらたまたま芯に当たっただけ。それで棒を弾き飛ばせたんだ」

「いや、偶然でも凄えって」

 苦笑いしたレイの言葉に思わずいつもの調子で言い返してしまい、マークは口を押さえて慌てた。

 しかし皆、準備運動を始めた王子達に気が取られていた為に、幸いな事に今の軽口は誰にも聞きとがめられる事は無かった。



「じゃあ、まずは俺と手合わせしてくれるか」

 ルークがいつもの棒を持ってそう言ってくれたので、使っていた加重訓練の重りを急いで片付け、自分の棒を取りに走った。

 両王子は、それぞれマイリーとヴィゴがお相手を務めている。

 イクセル副隊長は、まずはカウリと手合わせをしていた。

 棒を撃ち合う賑やかな音が訓練所に響く。

 手を止めた兵士達は、目を輝かせてこの豪華な朝練の光景を見つめていた。




「では、一手お相手願えますか?」

 汗を拭いて手早く防具を身に付けていると、イクセル副隊長に声をかけられた。

 慌てて顔を上げて元気に返事をしたレイは、自分の棒を持って急いで向かい合う位置についた。

「お願いします!」

 正眼に構えて大きな声でそう叫ぶ。

「よし、打って来い!」

 大声で返され、思いっきり振りかぶって上段から打ち込んだ。

「脇が甘い!」

 軽々と打ち返されてしまい、思わず後ろに下がってしまう。

「下がるな!」

 笑ったイクセル様にそう言われて、悔しくなってもう一度打ちに行く。しかし、今度も軽々と受けられ、そのまま押し返される。

 驚いて咄嗟に踏ん張ったが、押し切られて転がって逃げる。凄い力だ。



 身長で言えば、イクセル様はレイルズよりも頭一つ近く低い。

 どちらかと言えば大柄な人だらけの竜騎士隊の人達と一緒にいれば、それほど小さいわけでは無いのだが小柄に見える。

 竜騎士隊の中では一番小さいタドラと変わらないくらいだ。それなのに、この力。

 驚きに目を見張るレイに、イクセル様はニンマリと笑った。

「どうした? もう終わりか?」

「いえ、お願いします!」

 大急ぎで立ち上がり、位置について構える。

 そこからはもう、ほぼ一方的に打ち込まれては逃げることを繰り返した。

 両王子の打ち合いを実はちょっと見たかったのだが、とてもそんな余裕は無い。

 結局最後は思いっきり棒を弾き飛ばされてしまい、勢い余って吹っ飛ばされたまま、床に転がって両手を上げて降参するしかなかった。

「凄いです。全然敵わなかった。やっぱり、僕が前回勝てたのは偶然だったんですね」

 腹筋だけで起き上がり、無邪気に目を輝かせてそんな事を言うレイに、イクセル様は苦笑いしていた。

 手を引いてもらって立ち上がり、その後はまだ嬉々として打ち合っている王子達の手合わせを見学させてもらった。




「レイルズ、すげえ」

「ああ、もともと凄いと思ってたけど、もう、俺達なんかとは住む世界が違うって。あれは……凄い」

 レイとイクセル副隊長の手合わせを間近で見たマークとキムは、国賓と対等に打ち合う彼を見て、感心するやら呆れるやら、もうどんな顔をしたら良いのか分からずに困っていた。

 そして、顔を見合わせて何度も何度も何度も、凄い凄いとひたすら言い続けていたのだった。

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