勉強会への参加
「それじゃあな」
いつものように三人一緒に本部まで戻り、入り口のところでマークとキムからそう言われたら楽しい個人の時間は終わりだ。
もうここからは、竜騎士見習いのレイルズと、竜騎士隊所属の第四部隊の伍長達になる。
一礼して事務所へ戻る二人と分かれて、レイは鞍を外したゼクスにブラシをかけてやってから本部に戻った。
「ただいま戻りました」
しかし覗いた休憩室には誰もいなくて、一旦部屋に戻って鞄を片付けたレイは事務所へ行き、返ってきていた日報の整理をして過ごした。
「日報の整理は終わり。じゃあ、先に食事に行ったほうが良いのかな? 何か食べておけって言われたものね」
机の上に座っているブルーのシルフに話しかけて、大きく伸びをした。
「レイルズ様。そろそろお時間です。先に何か食べておかれた方がよろしいかと」
ラスティが入ってきて、そっと耳打ちしてくれる。
「もうそんな時間なんですね。えっと、食堂へ行った方が良いですか?」
残りの書類を畳んで振り返った。
「休憩室に軽食をご用意していますので、どうぞ」
「そうなんだね。分かりました。じゃあ行きます」
剣を戻してラスティと一緒に休憩室へ向かった。
「おう、お疲れさん」
ちょうどルークとヴィゴとカウリが戻って来たところだったようで、そのまま一緒に休憩室へ向かう。
「そうか、今夜はゲルハルト公爵主催の勉強会だな」
ヴィゴの言葉に、カウリも苦笑いしている。
「良いなあ、俺も行きたい」
「残念ながら今回は十代の若者のみとの事だ。次回はお前も参加出来るようにお願いしておいてやるから、また今度にしろ」
「了解っす。レイルズ、しっかり勉強して来いよ」
笑って背中を叩かれて、レイは驚いてカウリを見た。
「えっと、ちょっとお話を聞くだけだと思ってたんだけど、そんなに本格的な勉強会なの?」
その言葉に、カウリは何か言いたげにルークを振り返った。
「説明してねえのか?」
「何も知らずに行ったほうが良いかと思ってさ」
「ああ、成る程な。確かにこいつならそうかも」
勝手に納得したカウリは、うんうんと頷いてソファーに座った。
「ええ、何ですかそれ。すごく気になります!」
眉を寄せて叫ぶと、笑ったヴィゴが自分の隣の席に置かれたクッションを叩いてくれた。ここに座れと言う合図だ。目を輝かせて頷き急いで隣に座る。
レイの前にだけ軽食とは言えない量の軽食が並べられ、他の皆にはカナエ草のお茶が置かれた。
きちんと手を合わせて、精霊王にお祈りをしてから食べ始める。
「あ、レバーフライだ」
今では大好きになった、ニコスのレシピのレバーフライは二枚まとめてパンに挟んでいただく。
一人黙々と食べるレイを、三人は黙って面白そうに眺めていた。
用意してもらった分を綺麗に平らげ、カナエ草のお茶を飲んでいるとヴィゴが大きく深呼吸をしてから口を開いた。
「ゲルハルト公爵閣下は、毎年春と秋に夜会という名の勉強会を開催してくださる。その方が気軽に参加出来るからな。春は騎士の叙勲を受ける前の若者を集めることが多い。秋はもう少し年長者も参加する事もある」
「何を教えてくださるんですか?」
不思議そうなレイの言葉に、ヴィゴは小さく笑う。
「レイルズが苦手な分野だよ。主に、政治と経済活動について」
それを聞いたレイが、悲鳴を上げてソファーに倒れ込む。
「まあ、政治と経済活動について、と言えば、十代の若者のほとんどが今のお前のような反応を示すな」
突っ伏したレイの赤毛をヴィゴが笑ってそっと撫でる。
「まだ身近な所に実感がないだろうが、経済は国の活動力そのものだ。そして政治とは、皇王様と議会が城で行なっている事だけのように感じるかもしれないが、それは違うぞ」
目を瞬くレイに、ヴィゴはニンマリと笑った。
「恐らくだが、まず最初の半刻以上がこの話で、それこそ延々とあるぞ。間違っても欠伸なんかするなよ」
慌てて首を振るレイを見て、ルークとカウリが吹き出している。
「そのあとは、もっと具体的な数字を出して説明してくださる。後半は質問を受けたり意見を聞かれたりするからしっかり聞いておきなさい。まあ、今のお前なら居眠りでもしない限り大丈夫だよ」
「うう、不安しかありません」
困ったように眉を寄せるレイを見て、ヴィゴも笑ってもう一度レイの頭を大きな手で撫でてくれた。
「それでは行ってきます」
言われた通りに手帳と万年筆を持ったレイは、ルーク達に見送られてラスティと一緒に城へ向かった。
「お帰りの際にもお迎えに上がりますので、控え室でお待ちしています」
「分かりました、よろしくね。僕、一人で帰ってこいって言われたら、夜が明けるまでに本部にたどり着ける自信は無いです」
「大丈夫ですよ。竜騎士隊の本部の建物は城のかなりの場所から見えますので、そうそう迷子になりませんよ」
「そうかなあ。見えててもたどり着ける自信は無いや」
小さな声で話をしながら廊下を歩き、階段を上る。
何度も角を曲がって、もうここが何処なのさっぱり判らなくなった頃、ようやく目的の部屋に到着した。
出迎えてくれた執事と一緒に部屋に入る。ラスティとはここでお別れだ。
控えの部屋に入ると、個人の部屋では無く休憩室のように何人もが一緒にいる部屋のようだ。
確かに十代の、レイと歳の近い若者達が何人もソファーに座って歓談していた。
レイが部屋に入って来たところで、一瞬部屋が静かになる。
「レイルズです。今日はよろしくお願いします」
立ち止まって深々と頭を下げると、部屋の騒めきはすぐに戻った。
「レイルズこっちへ」
どうしようかと密かに困っていると、誰かが手を上げて呼んでくれた。それは精霊魔法訓練所で何度も一緒に勉強した事のある、黒髪のジョシュアとチャッペリーだ。二人は幼馴染みらしくいつも一緒にいる。
「ああ、久し振りだね」
笑顔で隣に座らせてもらい、周りにいる初めて会う人達とにこやかに挨拶を交わした。
話をしてみると、彼らも具体的にどんな事を勉強するのか聞かされていないらしく、皆で、何があるんだろうなと揃って首を傾げていた。
その時、また扉が開いて誰か入ってくる。
部屋が静かになり、レイも扉を振り返った。
何と、一人で入って来たのは、ヴィッセラート伯爵家のティミーだったのだ。
彼はまだ十三歳だと聞いた覚えがある。
この部屋にいるのは全員がほぼ成人年齢なので、最低でも十六歳だ。十三歳なら、明らかにこの中では最年少だろう。
それで無くとも小柄な彼は、この部屋では完全に場違いな程に浮いている。
「あれ、誰だ?」
「さあ、初めて見る顔だな。一体幾つなんだよ。下手すりゃ十歳くらいじゃないのか、あれ。確かに十代だけど、いくら何でもここに来るには早いと思うけどなあ」
「間違って呼ばれたんじゃないのか?」
少し離れたソファーにいた若者達からの、やや高圧的な上からの言い方にレイは一瞬眉を寄せたが、ニコスのシルフ達が黙って首を振るのを見て口を噤んで代わりに小さく深呼吸をした。
それからさっきジョシュア達がしてくれたように、ティミーに向かって笑顔で手を上げて声を掛けた。
「ティミー、こっちへおいでよ」
明らかに緊張してカチカチになっていたティミーは、レイの顔を見て一瞬だけ泣きそうな顔で笑い、それから一つ深呼吸をしてから嬉しそうな笑顔になって小走りにレイの側に駆け寄って来た。
「レイルズ様もいらっしゃってたんですね。良かった。あの、ご一緒させていただいてもよろしいですか」
レイの周りに何人もの若者達が座っているのを見て戸惑っていたようだが、それでも小さな声でそう言ってきた。
「もちろん、一緒に勉強しようね」
顔を見合わせて笑い合い、拳を突き合わせる。
それを見たジョシュアとチャッペリーが興味津々で自己紹介してくれたので、そこからはティミーも他の人達とも挨拶をする事が出来た。
時間になり会場に案内されるまで、ティミーは緊張のあまりカチカチになったままで、ずっとレイの隣に座っていたのだった。
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