演奏の始まり
案内された舞台にまずはイクセル副隊長とレイが上がり、舞台の左右に置かれた椅子に、それぞれ座る。
椅子の横には、先に運ばれたイクセル副隊長のセロが専用の台に立て掛けられている。
竪琴を抱えたレイが舞台の左側に座り、セロを持ったイクセル副隊長が右側に座る。
前列には、アルス皇子が弾くハープシコードと椅子が置かれている。
オリヴェル王子は、何の楽器を演奏されるのだろう。
密かに楽しみにしつつ、小さく深呼吸をして竪琴を構え直す。
舞台裏では、両殿下だけでなく竜騎士隊の皆も集まっていてそれぞれに次の演奏に備えて準備を始めている。
アルス皇子とオリヴェル王子が並んで出てきたところで、会場が一気に静かになる。
オリヴェル王子の手には、ヴィオラと弓があるのを見て、レイは嬉しくなって竪琴を構えた。
一曲目は、女神オフィーリアに捧げる歌。今回は歌は無く演奏のみ。
何度も演奏して弾き慣れている曲だが、一つ大きく違うのは自分が主役では無い、という事だ。
あくまでも、この場の主役は二人の王子達で、自分とイクセル副隊長は伴奏役なのだ。
なので、通常ならばレイの竪琴が前奏部分を演奏するのだが、今回はその部分はアルス皇子のハープシコードが担当する。レイはその音を追いかけるようにして、竪琴ならではの重ねた和音で伴奏する。
イクセル副隊長のセロの低い和音が、レイの音に重なって響いた。
オリヴェル王子のヴィオラが、中心となる歌の部分の旋律を担当し、時に和音を同時に重ねながら見事な演奏を披露した。
初めて聴いたオリヴェル王子の演奏は、それは素晴らしかった。
そして間近で聴いていて思った事がある。
オリヴェル王子が奏でているヴィオラは、ロベリオやユージンが持っているヴィオラよりも本体の色が濃い。
そしてもちろん、演奏する人の腕もあるのだろうが、奏でる音の広がりが桁違いに良いのだ。
呼びもしないのに勝手に集まってきたシルフ達も、オリヴェル王子のヴィオラの周りで大はしゃぎしている。
あっという間に一曲目が終わり、四人揃って一礼する。
その際に、オリヴェル王子が持っていたヴィオラが見えて密かに納得した。
オリヴェル王子が持っているヴィオラは、まるでレイが陛下からいただいた千年樹の飾り台のような、渦巻くような不思議な木目をしている。
ロベリオやユージン、あるいはマイリーが持っているのは、木目が真っ直ぐな薄茶色のヴィオラだ。
確かディレント公爵が演奏していたヴィオラも、あれほどでは無いが不思議な木目をしていた。確かに公爵のヴィオラの音も見事だったのを思い出して納得した。
恐らくあれは、名のある名工の手による楽器なのだろう。
執事達が出て来て、竜騎士隊の皆が出てくるための準備をしてくれる。
レイの竪琴は座る位置が変わるため、一旦立ち上がって横に逃げる。
両王子は舞台中央に並んだままじっとしている。
あちこちで手早く執事達が動き回るのを見て、小さく笑ったオリヴェル王子が突然ヴィオラを構えて演奏を始めた。
演奏したのは、お手伝いをしよう。
小さな子供が、母親や父親がやっていることを真似て遊ぶ時に歌われる童謡で、レイも小さな頃に母さんと何度も歌った覚えがある。
これは、輪唱と呼ばれる歌い方で歌われる事が多い曲で、最初に歌う人と、一定間隔でずらして同じ旋律を歌って追いかけるのだ。
すぐに気が付いたアルス皇子が、笑顔でその音をハープシコードで追いかけ始める。笑顔になったレイとイクセル副隊長も、それぞれの楽器で立ったまま演奏を始めて音を追いかける。
会場中から手拍子が起こり、皆笑顔で歌い始める。
合唱に参加してくれる女性陣が立つ場所も必要なので、舞台の左右に足場が並べられている為に少し準備に時間が掛かっているのだ。
その間中、輪唱の歌声と演奏は止む事が無かった。
全ての準備が整い、出てきたマティルダ様をはじめとする女性陣までが輪唱に加わり、最後は会場中での大合唱となったのだった。
「おやおや、思った以上に盛り上がったようだね」
苦笑いしたオリヴェル王子の言葉に、会場からは暖かい笑いと拍手が沸き起こったのだった。
マイリーを先頭に竜騎士隊の皆も舞台に上がり、それぞれの場所に座ったり立ったりして配置につき楽器の準備をする。
オリヴェル王子が振り返って全員の準備が整っている事を確認してから、アルス皇子と目を見交わす。
頷く二人を見て、全員が楽器を構える。
マイリーとユージンのヴィオラが最初の前奏部分を奏で始め、アルス皇子のハープシコードがそれに続いた。
マティルダ様を始めとする女性陣が、口を閉じたままのハミングで音を重ねる。
「柔らかな春のひだまりの中、振り返る君の前髪が揺れる」
「明日嫁ぐ君に、僕はかける言葉が見つからない」
ヴィオラを手にしたままゆっくりと歌い出すオリヴェル王子の声に、会場は静まり返る。
これは、大切な妹が嫁ぐ準備のため、今から女神の神殿へ向かう場面を歌った歌だ。
つまり、結婚式前日の神殿でのおこもりのためだ。それはつまり、この歌っている日が結婚式の前日である事を現している。
庭にいる妹に向かって話しかけるように紡がれるその歌詞は、大いなる翼に、とは違って解りやすい言葉で書かれている。
一番の歌詞は兄から、二番は母親、三番は父親の、それぞれの目線で歌われる。
披露宴などで歌われる際には、実際にあった出来事などを歌詞を変えて歌ったりもされるので、人気の曲になっている。
ティア姫をとても可愛がっている事が有名なオリヴェル王子が歌うその歌詞に、会場は興味津々だ。
舞台のあちこちに現れたシルフ達も、目を輝かせてオリヴェル王子を見つめている。
ブルーのシルフもレイの肩に座って、面白そうに舞台中央に立つオリヴェル王子を見つめていたのだった。
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