人との付き合い方と次の演奏準備

 鳴り止まない拍手に送られて舞台から下がった後、会場へ戻った途端にあちこちから話しかけられて見事な演奏を大勢の人達から褒めてもらった。

 押しかけてきた人達からようやく解放された頃には、レイはもう疲れ切ってヘトヘトになっていた。



 執事に頼んで一旦裏へ下がり、座らせてもらって冷たく冷やしたジュースを飲んでいると、不意に背後から肩を叩かれて飛び上がった。

 驚いて振り返ると、そこには笑顔のアルス皇子とオリヴェル王子が並んで立っていたのだ。

「あれ、どうなさったんですか?」

 口の中を全部飲み込んでから急いでそう尋ねると、お二人は揃ってにっこりと笑った。

「見事な演奏だったね」

 アルス皇子の言葉に、レイは嬉しくなってお礼を言った。

「母上がいきなり舞台へ上がられるから、何事かと驚いたよ。だけど見事な歌合わせだったね」

「僕も驚きましたが、すごく楽しかったです」

 満面の笑みのレイに、二人も笑顔になる。

「実はこの後、二人で演奏するのだけれどね、折角だから竪琴の名手にも一緒に参加してもらおうと思ってね」

 こちらも満面の笑みのオリヴェル王子にいきなりそう言われて、驚いたレイは必死になって首を振る。

「そんな、とんでもないです!」

「じゃあ頼んだよ」

 全くレイの抗議を聞かず、嬉しそうにそう言ったオリヴェル王子にもう一度肩を叩かれて、レイは諦めのため息を吐いた。



 殿下直々のご指名だ、断る事など出来る筈もない。



「大丈夫ですよ。私もご一緒しますので、後ろで一緒に演奏するだけです」

 オリヴェル王子と常に行動を共にしているイクセル副隊長が、苦笑いしつつ戸惑っているレイに耳打ちしてくれた。

「そうなんですね。えっと、イクセル様は、楽器は何を使われるんですか?」

 一人で両殿下とご一緒する訳ではないと知り、嬉しくなってそう尋ねる。

「普段はヴィオラを使うんですがね。今回は殿下がヴィオラをお使いになられるので、私はセロを使わせていただきます。それでレイルズ様にも、と、お声が掛かったんです。一曲目は、女神オフィーリアに捧げる歌、演奏のみです。二曲目は、嫁ぐ君へ。これはオリヴェル王子殿下が歌を担当されますので、竜騎士隊の皆様にも参加していただきます」

 そこまで言われて、レイはようやく安心して笑った。

「なあんだ。って事は、竜騎士隊の皆も一緒なんですね」

「ええ、そうです。本当は、嫁ぐ君へ、と、偉大なる翼に、の二曲を竜騎士隊の皆様にも参加していただく予定だったのですが、貴方の演奏をお聞きになられた殿下が、せっかくだから貴方と共演したいとおっしゃられて、ならばと一曲目をお願いする事になったんです」

「分かりました。えっと、もう準備するんですか?」

 まだ出してもらったミニマフィンを頂いていないのだが、準備した方が良いのだろうか?

 名残惜しそうにお皿に残ったマフィンを気にするレイを見て、イクセル副隊長は小さく吹き出した。

「演奏は一番最後になりますので、まだゆっくりしていただいてよろしいですよ。ああそうそう。二曲目と三曲目はマティルダ様や皇族の女性の方々。それからイデア様や婚約者の方々も参加なさいますので。では、私は戻りますので、また後ほど」

 立ったまま冷たいお茶を飲んでいた両殿下が出て行くのを見て、イクセル副隊長も後に続いて会場へ戻って行った。

「もう戻られるんだ。僕の方が先に来ていたのにね」

 座ったレイは、小さくため息を吐いて残りのマフィンを頬張った。

 残りのジュースも飲み干し、立ち上がって背中のシワを直してもらってから、レイも会場へ戻った。



 会場へ戻った後も、次々に話しかけてきてくれる人のお相手をして過ごした。

『もうすっかり、このような場にも慣れたようだな』

 肩に座ったブルーのシルフにからかうようにそう言われて、レイは困ったように首を振った。

「ニコスのシルフ達がいなかったら、きっと僕、本気で泣いて森のお家に帰ってたと思うよ。挨拶した程度の人なんて絶対一人も名前も顔も覚えられないって」

 情けなさそうな小さな呟きに、現れたニコスのシルフ達が得意気に胸を張ってみせる。

「感謝してるよ。いつもありがとうね」

 そっと順番にキスを贈り、最後にブルーのシルフにもキスを贈った。


『でも我らがお手伝い出来るのは覚える事だけ』

『演奏やダンスは貴方自身の実力だよ』

『武術や運動だって全部そう』

『我らには教える事は出来ても実際にはやってあげられないもの』


 笑うニコスのシルフ達にそう言われて、レイは照れたように肩を竦めた。

「正直言うと、人前で歌ったり演奏したりするのは今でも恥ずかしいよ。だけど、今日みたいに喜んで聴いてくれる人がいたりすると、やっぱり嬉しいもんね」

 その答えに満足そうに頷いたニコスのシルフ達は、ブルーのシルフとは反対側の左の肩に並んで座った。


『そろそろ時間だよ』

『演奏の準備だよ』

『呼びに来るよ』


 耳元でそう言われて振り返ると、今まさにレイに話しかけようとしていた執事ともう少しでぶつかるところだった。

「ああ、失礼いたしました。レイルズ様そろそろご準備をお願い致します」

 さすがは熟練の執事で、一瞬で下がりぶつかる事無く平然と小さな声でそう伝えてくれた。

「分かりました、今行きます。あ、さっきは避けてくれてありがとうございます。さすがですね、知らずに僕の石頭で攻撃してしまうところでした」

 最後は小さな声でそう言い、そのまま一緒にその場を後にした。

 案内していた執事は笑いを必死で堪えつつ、裏方の人達にまで気軽にお礼を言ってくれるレイに、密かに感動していた。




 裏方の執事やメイド達の間でも、レイルズの人気はとても高い。一度でも身近に接した者達には、特にその傾向は顕著だ。

 実際、彼の事を悪く言う者は裏方ではほとんどいないと言っても良いくらいだ。それは通常ならばあり得ない。裏方にいる者達は、決して表には出ない隠された裏の顔も見ているからだ。

 表向きはにこやかで人当たりの良い人物が、裏に回るとメイドや執事に暴力を振るう事さえある。

 しかし、彼は表も裏も全く変わらないのだ。



 あまりにも気安く誰にでも接し過ぎるとか、そう簡単に人を信用しない方が良い、と言った意見が年長者の間で出る事はあるが、それとても彼を心配しての事だ。

 誰にでも礼儀正しくお礼を言い、部屋を散らかしたりした時には必ずといっていいほど謝って来るし、お礼を言ってもくれる。

 食器の一つ一つもとても大切に扱ってくれるので、今の所、恐らく彼が故意に壊したり割ったりした道具や食器はひとつもないだろう。

 我が儘放題で、裏方の人達など生きている意志のある人とは思っていないような貴族達もいる中で、裏方担当であろうとも、対等に話をしてお礼を言ってくれる彼の存在は、皆の密かな癒しにもなっているのだ。



 こうなると、周りが皆彼の役に立ちたいと思い働いてくれるため、何か不都合が起こりそうな時には先回りして防いでくれたりもする。

 特に、対人関係ではまだまだ経験が浅い彼を心配して、こう言った夜会などの際には常に複数の執事やメイドが彼の周りにいる人達を確認していた。

 今もまさに、執事達の間で密かに女豹と呼ばれる、かなり身持ちの悪いご婦人が、一人になったレイに話しかけようとしていたところだったのだ。

 今のところ、周りの者達の配慮と連携は、うまく行っているようだ。



 ニコスのシルフ達は、そんな彼らの動きももちろん気が付いているが、自分達とは違うやり方もあるので、ここはありがたく感謝して守ってもらっている。

 ブルーのシルフは、ニコスのシルフ達からそう言った話も全て聞いているが、自分には出来ない事と諦めて、現場は彼女達に任せて、大人しく見守るに留めているのだった。

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