レイルズの演奏

 演奏していた人達が下がった後に、交代するように舞台に上がる。

 一段高くなっただけの小さな舞台だ。

 舞台近くにいる人達は出て来たレイを見て拍手をしてくれているが、ほとんどの人は舞台に誰かが上がった事すら気付いていない。

 最初から大注目を浴びて舞台に立つのと違い、気付かれていないのなら逆にこっちを振り向かせてやる! とばかりに妙にやる気になった。

 一つ深呼吸をして、一礼してから竪琴を構える。



 最初に演奏するのは、レイも大好きな精霊王に捧げる歌だ。

 今回は歌はなく、演奏のみとなる。

 通常はヴィオラやフルートなどと共に演奏される事が多いが、今回はレイルズ一人だけなのでやや寂しい印象となった。

 しかもこの曲は、他にも何人もが演奏している為に、特に注目される事もなく無事に演奏を終えた。

 暖かい拍手を頂いたが、そのほとんどは舞台の周りにいる人達からだ。

 気にせず、一礼して二曲目を演奏する為に竪琴を構え直した。



 二曲目は竪琴のみの演奏の為に作られた曲で、さざなみの調べ、と題された曲だ。

 竪琴特有の、流れるような音の繋がりと上下する音程で、題の通りに水面に細かく立つ細波さざなみの変化を現した曲だ。

 しかしレイルズは、海も、波が出る程の巨大な湖も、対岸が見えないような大河も見た事が無い。

 初めてこの曲を習った時、それらがどんなものか知らなくて困ったレイは、ブルーに相談したのだ。

 そこで、離宮の湖で細波が実際に湖一面に立つのを見せてもらった。もちろん、それは水の精霊の姫達がわざわざレイに見せる為に起こしてくれたものだ。

 それだけで無く、一定の間隔で寄せては返す穏やかな波や、突風と共に大きく暴れる波までも見事に再現してくれて、ようやくこの曲の意味を理解したレイだった。



 曲の前半は、水面に細かく立つ穏やかな細波を現し、その後に吹き荒れる風と荒れる狂う波、そして、最後にまた穏やかな水面に戻り、時折吹く小さな風に立つ細波を表している。

 これは、急激に変わる水面の様々な様子を表した曲なのだ。

 絶え間なく流れる音は指遣いを間違えると後が続かないし、リズミカルに上下する音は、正確に弾かないとこれも台無しになってしまう。

 実は、これは弾き手の技量がよく判る曲でもあるのだ。

 しかし、レイはそんな難しい曲を今では易々と引きこなしてる。



 最初のうちは聞き流していた舞台から少し離れた位置にいた人々が、次第に舞台に注目し始める。



 荒れ狂う風と波を表す場面では、激しく勢いよく音が流れる。時にわざと不協和音が入り、不安とざわめきが最高潮になる。

 そして一気に弾ける音の爆発と共に、また穏やかな音の流れが現れるのだ。

 優しく爪弾く最後の音が途切れた時、会場からは大きな拍手が沸き起こった。

 照れたように笑って立ち上がり、深々と一礼する。

 拍手は鳴り止まず、深呼吸をしたレイは改めて竪琴を抱え直した。

 それを見た会場が、一気に静かになる。




 最後に演奏するのは、ミレー夫人からお願いされた、この花を君へ。

 竪琴の、優しく爪弾く転がるような音から始まる。



 若い男女の恋を描いた恋唄で、特に若い人達に人気の比較的新しい曲だ。




「目が覚めるたび、朝日の中の君に呼びかける」

「おはよう、今日もご機嫌よう」

「どんな貴女だって思い出せる」

「風に揺れる柔らかなその髪、そして儚げな笑顔」

「僕だけに見せてくれた、キラキラ光るその涙も」

「拗ねたみたいに怒って尖った口元も」

「全部全部大切な記憶」


 そこで歌は休んで、優しい竪琴の音だけが流れる。

 会場は静まり返っている。


「いつだって貴女は僕の真ん中にいる」

「そんな貴女に届けたい」

「広い野原いっぱいに咲いている、この花を全部」

「だけど僕には届ける術が無い」

「せめて一輪だけでもと密かに願い」

「勇気を出して摘んできたのに」

「哀れに萎れた小さな花よ」


 そこで曲調が一変して、落ち込んだ歌い手の心情を表す。


「小瓶に入れて女神に祈る」

「どうかお助けくださいと」


 また曲調が変わり、明るく跳ね回るような音が、花が生き返った喜びの心情を表す。



 この後に続く二番は、本来ならば女性が歌ってくれる部分なのだが、今回はレイ一人なので引き続き二番も歌うつもりで口を開こうとした時、レイの隣にマティルダ様が立つのが見えて思わず演奏する手が止まりそうになった。



「目が覚めるたび、朝日の中に貴方を呼ぶわ」

「おはよう、今日もご機嫌よう」

「貴方のことなら何でも知ってる」

「逞しいその背中、振り返った弾ける笑顔」

「私だけに見せてくれる、少し憂いを帯びたその顔や」

「時に激しく荒ぶる瞳、うたた寝しているその寝顔」

「全部全部大切な記憶」


 突然始まったマティルダ様の歌声は、レイの演奏に優しく寄り添ってくれた。

 驚きに顔を上げれば、笑顔のマティルダ様と目が合ってレイも笑顔になる。


「いつだって貴方は私の中にいるわ」

「そんな貴方に届けたい」

「広い野原いっぱいに咲いている、この花を全部」

「だけど私に届ける術など無いわ」

「せめて一輪だけでもと想いを込めて」

「摘んだその花押し花にして」

「想いを全部閉じ込める」


「詩集に挟んで貴方に贈る」

「この想いは私だけのもの」



 竪琴の優しい音が、転がるように流れていく。



「この花を君へ」

「想いを込めて届けよう」


 レイが、演奏の手は止めずに優しく歌い上げる。


「この花を君へ」

「想いを込めて届けるわ」


 マティルダ様が、レイの肩に手をかけて、まるで話しかけるように歌う。


「この花を君へ」

「想いを込めて、今、届けよう」

「想いを込めて、今、届けよう」


 最後は会場中が歌ってくれて大合唱になった。

 最後の演奏が終わった後、会場は、沸き起こった大歓声と拍手に包まれたのだった。



「ありがとうございました!」

 満面の笑みのレイが、立ち上がって深々と一礼し、一緒に歌ってくれたマティルダ様の手を取り、そっと捧げるようにして、その甲にキスを贈った。


 会場中を埋め尽くした拍手は、レイとマティルダ様が退場した後も、しばらくの間鳴り止まなかった。

 燭台に並んで座りずっと演奏を聴いていたシルフ達は、皆、大喜びで跳ね回ったり拍手をしたり、手を取り合って踊ったりしていたのだった。

 ブルーのシルフは、レイの肩に座って、興奮に真っ赤になったその頬に、想いを込めたキスを贈るのだった。

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