会食と新たな出会い
会食は、晩餐会ほど大掛かりなものでは無く、昨夜に比べたら参加人数も少ない。
会話を楽しみつつ食事をいただくもので、その為いつものように竜騎士隊は一箇所に固まらずにそれぞれ別のテーブルに配置されている。当然、レイも案内されて一人で座っている。
でも、隣にルークの座るテーブルがあるので、間違いなく配慮はされているのだろう。
今日の食事の為のテーブルは、丸くて座る椅子の背もたれも小さなものだ。
丸いテーブルは、通常の場合には身分を気にしないと言う意味だが、この場合は少し違う。これはメインの料理が出た後ならば、立って別のテーブルの人と話をしても良いという意味があるのだ。
また、テーブルごとに専任の給仕がいて、料理の減り具合を見ながら提供してくれるので、必要なければ給仕を止めてくれる。
レイの隣に座ったのは、ディレント公爵夫妻、反対側に座ったのは、何とリューベント侯爵夫妻だ。そしてレイと向かい合う形で座っているのは、初めてお会いする方で、男性のみが一人で座っていた。
テーブルがほぼ埋まった時、主賓であるオリヴェル王子とアルス皇子が入って来て拍手が起こる。
オリヴェル王子の挨拶の後、アルス皇子が乾杯の声に全員が立ち上がって乾杯をした。
甘い花の香りのする食前酒はとても美味しかった。
食事が始まる前に、改めて同じテーブルの人達と挨拶を交わす。
何度もお会いした事のあるディレント公爵夫妻はとは和やかに挨拶を交わし、血統至上主義のリューベント侯爵夫妻とも頑張って卒無く挨拶をした。
最後に、向いに座っている人とは初対面なので自分から話しかけて良いか一瞬戸惑っていると、向こうから声を掛けてくれた。
「初めまして。ヘイディット・ウェルス・ヒストリアと申します。子爵の地位をいただいております。竜騎士となるお方にお目にかかれて光栄です」
テーブルを挟んでの挨拶なので、握手は無しだ。
「初めまして。レイルズ・グレアムです、まだ見習いですので、何か失礼があったらどうぞお許しください」
ヒストリア子爵は、笑うと目の横に笑い皺が出る優しそうな人だが実際の年齢がよく分からない。案外若そうにも見えるが、目尻のシワを見るとそれなりの年齢なのかもしれない。幾つぐらいなのだろう。
気にはなるが、いきなり年齢を聞くのは失礼かと思っていたら、隣に座ったディレント公爵が助け舟を出してくれた。
「ヘイディット、久し振りだが其方は本当に変わらないな。どんな怪しい術を使っているからそれほどに見かけは変わらぬのだ。ほら、聞いてやるから今ここで全部白状しろ」
やや失礼とも取れるその言葉に、しかしヘイディットと呼ばれたその人物は笑っている。
「ヒューイット、そんな無茶を言わないでくれよ。聞かれても、特に何もしてませんとしか答えようが無いよ」
「あら、本当ですか?」
「そうですわ。特にお肌のお手入れについて、聞かせていただきたいですわね」
ディレント公爵の奥様のクレイン夫人だけで無く、リューベント侯爵の隣に座っているラフカ夫人までが、身を乗り出すようにしてそう言う。
「毎回オルダムに来るとその話をされるんですが、本当に何もしていませんって」
困ったように顔の前で手を振りながら笑うと、また目尻にシワが出る。
驚いて話を聞いていたレイだったが、突然ある可能性を思いつき、隣に座るディレント公爵を見た。
「ん?
確か、ディレント公爵は五十代後半だと聞いている。ルークのお父上なんだから、そのくらいの年齢になるのは当然だ。しかし、目の前の人物はその公爵を名前で呼んだ。ヒューイットと。
それを考えると、子供の頃からの知り合いなのか、あるいはレイとマークのように、何らかの学校で肩を並べて学んだろうと予想する事が出来た。
「えっと、閣下は、ヒストリア子爵とはお知り合いなんですか?」
「おお、士官学校時代の同窓生だよ。よく一緒に悪さをして教官に叱られたものだ」
士官学校の同窓生という事は、少なくともほぼ同年齢という事になる。
思わずレイは、目の前に座っているヒストリア子爵を見つめた。それからもう一度、隣のディレント公爵を見る。
もう一度前を向いてヒストリア子爵を見たところで、テーブルに座っていたレイ以外の全員がほぼ同時に吹き出した。
「いやあ、そこまで驚かれると逆に嬉しくなってきますね。ええそうです。彼とは士官学校時代の同窓生です。ちなみに同い年ですよ」
「ええ。ご冗談を!」
カウリも大概の人から年齢がおかしいと言われているが、まさかその上をいく方がおられるとは思っていなかった。
レイの素直なその反応に、二人のご婦人が揃ってコロコロと口元を覆って笑う。
「以前は軍人として前線にも出ていたんですがね。ちょっと足に怪我をして少々不自由になりまして、それで軍部からは身を引きました。今はアルスターの郊外の屋敷でのんびりさせていただいております」
座っている椅子の横には、以前アルジェント卿が使っていたような大きな杖が立てかけられている。
「しかし、最近新たな役目が出来て、また忙しくしておるそうではないか」
ディレント公爵の言葉に、ヒストリア子爵は苦笑いして頷いている。
『ほら何のお役目か聞いて』
驚いていると、ニコスのシルフが現れてレイの手を叩いてくれた。
「えっと、新しいお役目って何ですか?」
レイの質問に、ディレント公爵は笑って教えてくれた。
「ヴィッセラート伯爵の後見人となったのだよ」
「えっと、それってティミーの家の事ですよね?」
目を見開くレイに、ディレント公爵は笑顔で頷いている。
「ティミーと仲良くしてくださっているのだと、彼から聞きました。本当にありがとうございます。彼の家の事でお世話になったとも聞きました。精霊王の采配に心から感謝を」
ヒストリア子爵の言葉に、レイは慌てて首を振った。
「僕は、大した事はしていません。ティミーと奥様が頑張ったんです」
「遠乗りにまでお誘いくださったとか。ラプトルにも上手に乗れるようになったとも聞きました。本当にありがとうございます」
「とても楽しかったです。また行きたいですね」
「是非、誘ってやってください、きっと喜びます」
「もちろんです」
笑顔のレイに、子爵も嬉しそうに笑顔で頷いてくれた。
食事の間も、和やかに話す事が出来た。
リューベント侯爵夫妻とは、何を話して良いのか分からず最初は困っていたのだが、ディレント公爵がさり気なく話を振ってくれたりしたおかげで、最後は陣取り盤の攻略方法の話で大いに盛り上がった。
食事を終えた後は、レイも挨拶して席を立ち、あちこちに挨拶をして回ったりもした。
「なるほど。話には聞いていましたが、なかなかに利発そうな若者だ。これはティミーと気が合いそうですね」
笑顔で挨拶を交わすレイの横顔を見て、ヒストリア子爵は満足そうに頷き、手にしていたワインを飲み干した。
「彼は我々の間では、恵みの芽と呼ばれている。私は彼と出会った事で、結果としてルークと和解出来たのだからな」
「その話は聞いたけど、本当に良かったな。しかし、殴り合いの末に仲直りするとか、お前さんも相変わらずだな」
レイが座っていた席に座った子爵は、面白そうにディレント公爵を突っついて、また新たなワインを二人で乾杯して飲み干した。
空になったお皿の縁に座ったブルーのシルフは、そんな公爵と子爵の会話を満足そうに聞いていたのだった。
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