会食準備と不要な配慮
予定していた面会が全て終わった後、夕食の予定は聞いていなかったので好きに食べられるとばかり思っていたのだが、当然オリヴェル王子と共に会食だと言われて突っ伏したまま悲鳴を上げたレイだった。
「ほら、そろそろ着替えてくれよな」
ルークに背中を叩かれて、諦めのため息と共に起き上がる。
立ち上がって剣帯を外そうとした時、笑いを堪えたルークが何か言いたげに自分を見つめているのに気が付いた。
「えっと、どうかしましたか?」
「お前、悪いこと言わないから洗面所に行って来い」
目を瞬いて首を傾げていたが、ルークがもう一度笑って洗面所を指差すので、頷いて素直に向かった。
まさかとは思うが、どこかに寝癖が残っていただろうか? それとも、襟元に食べ汚しとか?
ずっとこのまま面会していたのだが、誰も教えてくれないなんてちょっと酷い。
起こりうる最悪の状態を考えつつ焦って洗面所で鏡を見たレイは、堪えきれない悲鳴を上げた。
「ええ、ちょっと待って! 何、この髪の毛!」
レイの悲鳴に、ルークは遠慮なく大笑いしたのだった。
「もう、君達だね。僕の髪の毛はおもちゃじゃないんだから、勝手に結ぶのは禁止です!」
レイが机に突っ伏している間にシルフ達が遊んでいた為、彼の見事な赤毛は、あちこちで髪の毛が勝手に束ねられたり編み込んだり結んだりされていて、なかなかに芸術的な髪型になっていたのだ。
「お前、せっかくだからそのまま会食に行けよ。新たな流行の最先端になれるぞ」
「絶対嫌です〜!」
ずっと笑っているルークの言葉に、レイも堪えきれずに笑いながら大きく舌を出したのだった。
しかし、思った以上にしっかりと結ばれていたためルークだけでは手が足りず、急遽執事に来てもらってシルフに遊ばれたレイの髪の毛を苦労して解いた。
『せっかく上手に結べたのに』
『解かれちゃったね』
『残念残念』
『可愛かったのにね』
『残念残念』
その様子を見て笑いさざめくシルフ達に、レイはもう怒る気力も無くなり、結局ずっと一緒に笑い転げていたのだった。
『おお、ようやく元に戻ったな』
最後の一個をほぐしてもらい、改めて髪を濡らして癖になっていた部分を伸ばしたレイが洗面所から戻ってくると、楽しそうなブルーのシルフがそう言って出迎えてくれた。
「ブルー、見ていたんなら止めてよ。この後は会食と夜会なんだからね」
笑いつつも口を尖らせて文句を言うと、ふわりと右肩に座ったブルーのシルフにそっとキスをされた。
『我らは皆、其方の赤毛が大好きなんだぞ。シルフ達は、少しでもその愛しい赤毛に触っていたくて悪戯をするのさ。そう怒らんでやってくれ』
改まってそう言われて、思わず周りで自分の様子を伺っているシルフ達を見た。
皆、物陰に隠れるようにしてこちらを伺っている。しかし、その様子は完全に隠れんぼをする子供のそれと同じだ。
「ぼくの髪を結んだ子は誰だ〜!」
そう叫んで飛びかかる振りをすると、シルフ達はわざとらしく悲鳴を上げて一斉に逃げ出した。
レイがそれを見て笑い、着替えていたルークも一緒になって笑った。
『何をしておるか。会食なのだろう? 早く着替えなさい』
呆れたように言いつつも、ブルーのシルフも笑っている。
執事が持って来てくれた飾りに交換して、改めて服に汚れなどが無いか見てもらう。
「はい、結構です」
剣帯にミスリルの剣を装着したところで、そう言われて背中側のシワを直してくれた。
「よし、それじゃあ行こうか」
ルークに連れられて、ひとまずマイリー達と合流する為に別室へ向かう。
「ああ来たな、それじゃあ行こうか。ほらカウリ、いい加減起きろ」
通された部屋では着替えの終えたマイリーとカウリが待っていたのだが、先程のレイのように、何故だかカウリがクッションを抱え込んでソファーに突っ伏している。
「どうしたカウリ、具合でも悪いのか?」
ルークが横から覗き込むと、カウリは突っ伏したまま首を振った。
「もうやだ。俺には愛しいチェルシーって妻がいるのに、どうして愛人が必要なんだよ。いい加減にしてくれ。そんなの絶対お断りだからな」
驚きに目を瞬くレイだったが、横でその叫びを聞いたルークは呆れたようなため息を吐いた。
「ヴィゴからも以前聞きましたが、本当にそんなの言ってくる奴が未だにいるんですね」
「俺も横で聞いてて正直呆れたよ。だけどこれが一人じゃ無いってのが、また恐ろしいよ」
「うわあ、それは凄い。人気者は辛いなカウリ」
ルークの揶揄う声にも無言で首を振るだけで、クッションに抱きついたカウリは顔を上げない。
そんな彼を見てルークとマイリーは困ったように笑っている。
「えっと、今のお話を僕にも分かるように説明してください」
眉を寄せるレイの言葉に、ルークとマイリーは顔を見合わせる。
しばしの無言の譲り合いの後、諦めたようにルークが大きなため息を吐いた。
「まず、カウリは妻帯者。これは分かるな?」
頷くレイを見て、ルークはソファーに転がるカウリを見た。
「それで、奥方のチェルシーは、今妊娠中だ」
それも聞いていたので、大きく頷く。
「さて、そこで以前離宮で話した男女のあの話になる。妊娠初期は特に大事にしていないと駄目だから、ああ言った行為は出来ない訳だ。これも分かるか?」
真顔でいきなりそんな事を言われて、レイはあの時の話を思い出して唐突に真っ赤になる。
「赤くなるって事は、ちゃんと意味を理解してるな。よしよし」
そう言ったきり、黙って自分を見つめるルークを見て、レイは今の言葉の意味を考える。
そして、ある回答に辿り着いた。
「ああ! それってもしかして、チェルシーが妊娠中だから、カウリには、その……別の、女性を、紹介、するから、その女性と、その……そう言う事をしろ……って事?」
途切れ途切れに言ったレイの言葉に顔をしかめた二人が黙って頷くのを見て、レイは、もうこれ以上無いくらいの大きなため息を吐いた。
「言っていいですか」
「おう、良いぞ。聞いてやるから何でも言ってみろ」
にんまりと笑ったルークが、嬉しそうに頷く。
「とっっっっても不快です。カウリがそんな目で見られる事自体、我慢出来ないくらいに気持ち悪いです。誰ですか。そんな事を言ってきたのは!」
本気で嫌そうにそう言うレイに、ルークとマイリーも大きく頷く。
「模範的な回答だな。よしよし。お前はそれで良い。だけど覚えておけ。常に相手は自分の考えだけで俺達を見る。言って来た相手にしたら、奥方が妊娠中で大変だろうから手っ取り早く相手してくれる女性を紹介するぞ、と言っただけであって、向こうにしてみればあくまで親切心だ。別にそれ以上でもそれ以下でも無い。まあ、何らかの思惑を含んでる場合も多々あるがな」
マイリーの言葉に、レイは本気で嫌そうに顔をしかめた。
「つまり、そう言う目で僕達を見てる人が……今から会う人達の中にいるって事ですか?」
「今だけじゃ無い。どこにでもいるよ、そんな
ルークの言葉に、レイは本気で怒ったように眉を寄せる。
「まあ、まだお前には分からない世界だろうさ。こう言う人もいるとだけ、今は覚えていてくれればいい。まだお前に何か言ってくる奴はいないと思うが、もしも何か言われたらすぐにシルフを飛ばせ。間違っても勝手について行ったりするなよ」
「そんな事しません」
それはレイの中では、ディーディーに対する裏切りだ。
「まあこう言うのを上手く捌くのも経験だよ。って事で何か言われてもお前は知らん顔をしてろ」
真剣な顔で頷くレイを見て、マイリーは肩を竦めた。
「ほらいい加減に起きろ。言っただろう。もしまた何か言われたら、ご配慮感謝しますが、不自由してませんので必要ありません。と言っておけ。良いな」
「ういっす」
まるでレイのように口を尖らせたカウリがそれだけ言って起き上がると、ルークとマイリーは慰めるかのようにカウリの頭や背中を叩いた。
それから改めてカウリの服装を整えて、四人揃って会食の為の部屋に向かった。
レイの右肩にはブルーのシルフが座っていて、まだ不機嫌そうなレイの頬に、慰めるかのように何度もキスを贈っていたのだった。
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