提案書の作成と昼食会の準備

 食事の後は、聞いていた通りにタドラは神殿との打ち合わせのために別室へ向かい、レイは事務所でルークに教えてもらって、溜まっている書類の片付けを手伝って午前中を過ごした。

 先に急ぐ書類を片付けたルークは、今はブルーのシルフと相談しながら大量のメモを書き散らかしている。

 メモが溜まってくると、何度もレイに頼んで集めてもらっては、また山のように書き散らかしていた。



「へえ、こんな事までするんだね」

 メモを整理しながら、読んでも良いと言われたので、簡単に目を通して感心したように呟く。

 まだまだ、詳しくまとまってはいないが、先程の城壁に穴を開けて通気性を良くするための幾つもの提案や意見が書かれている。

「まあ、これは提案であって、実際に計画する際には、当然土木系の専門家の意見を聞かなきゃならないからね。これはあくまでも一個人の意見としての提案書だよ」

「へえ、でもこれをまとめて会議に出すんでしょう?」

「いや、俺の名前では出さないよ。頼れそうな人物がいるから、そっちへ持って行ってそのまま丸投げするよ。まあ、ラピスが言ったみたいに、実際の風の流れの確認は上空から見る事が出来る俺達がするべきだろうけど、さすがに街の城壁の改修工事までは、俺の仕事じゃないって」

「そうだね。でも、街の人たちが過ごしやすくなる為なら、お手伝いくらいはやりたいな」

 まとめた書類を積み上げながら、レイは無邪気に笑っている。

「おお、その時はよろしくな。まあ、今年出来るかどうかは微妙だな。本当にやるとなったら、相当な手間と費用がかかるだろうからさ」

『それなら今年は、どこか数カ所だけ簡単な穴を開ける工事をしてみて、実際に、風がどの程度変わるか見てみれば良い。実績が出れば上層部も動くのでは無いか?』

 ブルーのシルフの言葉に、顔を上げたルークも同意するように笑って頷く。

「確かにそうだな。じゃあ早急にまとめる事にするよ」

 それを聞いたブルーのシルフも、満足気に笑って頷いた。

『オルダムの街の中は、城壁のせいで風が淀みがちだ。そうなるとそこの空気が悪くなる。空気が悪くなると、闇の気配が寄り付きやすくなる。風通しを良くする事は、闇の気配から街を守る意味もある。よろしく頼むぞ』

 ブルーのシルフの言葉に驚いたルークが顔を上げる。

「へえ、そうなんだ。了解。それは放置できないな。今の言葉は、陛下にも直接お話しして提案を通りやすくしておくよ。そう言う事なら、是非とも今年からやってもらおう」

 ルークの言葉に、書類の束に座っていたシルフ達も、嬉しそうに手を叩いている。


『風を通すよ』

『愛しい街に』

『風を通すよ』

『楽しみ楽しみ』


「おう、早急に準備するから、よろしくな」

 そう言って笑うルークの言葉に、大喜びのシルフ達だった。




「そろそろ行きますから、準備してください」

 打ち合わせの為にタドラが戻って来て、事務所にいる二人に声を掛けてくれた。

「ああ、もうそんな時間か。じゃあ準備するか」

 立ち上がったルークが、思いっきり伸びをしながらそう言い、立ち上がったレイも事務仕事で硬くなった背中を伸ばした。



 別室でラスティに手伝ってもらって、第一級礼装に着替えをする。前回と違う、飾りの一部を交換するやり方を教えてもらった。

 昼食会と夜会では、同じ第一級礼装でも飾りが違うのだ。今日は、このまま引き続き昼食会の後に懇親会があり、夜会がある。その為、懇親会の後は、控え室でまた飾りを変えなければならない。面倒だと思うが、そう言うものだと言われて文句を言うのを諦めたレイだった。

「昼と夜で、飾りが違うなんて変なの」

 襟元の飾りを見ながらそう呟くと、少し離れて着替えていたルークが小さく笑った。

「この程度で文句を言うなって。言っておくけど、女性はもっと大変だぞ。今日の昼食会は、屋根の一部に玻璃窓があって、中庭が見える大きな窓が幾つもある、日の差し込む明るくて開放的な部屋で開催される。野外ほどじゃ無いけど、まあどちらかと言うと気軽な会だよ。」

 その説明は、先ほどラスティからも聞いていたので、剣帯を締めながら返事をする。

「例えば昼食会一つにしても、室内でするか、今日のような玻璃窓のある部屋でするか、野外でするか。全部着る服も違えば飾りの形や宝石も変わる。午前中は付けちゃ駄目な宝石や、夜会のみにしか使わない宝飾品もある。年齢によっても、使える宝石が決まっていたりもするんだぞ。服装の決まりだけでも、女性にはどれだけあると思う?」

「何それ。絶対無理だよ。僕、男の子に生まれて良かったって、今、割と本気で思いました」

 真顔のレイの言葉に、ルークだけでなく、同じく着替えていたタドラまで揃って吹き出す。

「まあ、気持ちは分かるよ。女性は皆、当たり前にそれをこなしてるんだからな、本当によくやる。尊敬するよな」

 ルークの言葉に、全力で同意するレイだった。




 着替えを終え、執事の案内で城へ向かう。

 ひとまず竜騎士隊の専用の部屋へ行き、着替えを終えて待っていたマイリーとカウリと合流した。

 そこでタドラとは別行動になるので、一旦別れる。

「どうしてタドラは別行動なの? 同じ場所に行くのに、わざわざ別々に行くなんて変だね」

 しかし、レイの言葉にルーク達は揃って苦笑いしている。

「じゃあ逆に尋ねるけど、今ここにいる顔ぶれの共通点は何だ?」

 にんまりと笑うカウリの言葉に、レイは顔を上げて考える。

「えっと……あ、全員独身な事? でも、それだとカウリは違うよね?」

「それが正解。俺の場合は、チェルシーは社交界に出ていないから独身と同じ扱いになる」

「ああ、そっか。ヴィゴは奥さんと一緒に来るし、タドラとロベリオとユージンは婚約者の方と一緒に来るって事だね。」

「レイルズ君、正解」

 笑ったカウリに、レイも笑顔になる。

「ロベリオとユージンの婚約者の方って、じゃあ今日の昼食会が正式な紹介って事になるの?」

「そうだな、お二人共社交界に紹介はされていたけど、殆ど出ないままにオルベラートに留学したから、恐らく、個人的に知ってる一部の人以外は、ほとんどの人が初対面だろうな」

「それは、大注目だね」

 納得しつつ、レイは、タドラがクローディアを始めて婚約者として紹介した時の事を思い出していた。あれが、タドラの婚約者の紹介と同時に、彼女にとって正式な夜会への紹介となったのだ。

 それが二人もいれば、大騒ぎになるであろう事は簡単に予想出来た。




「まあ、今夜はゆっくり話は出来ないだろうけど、これから先、いくらでも話す機会はあるだろうさ。お二人ともまあ……個性的だけど、良い人達だよ」

 笑ったルークの言葉と同じく苦笑いしているマイリーを見て、そのお二人を全く知らないレイとカウリは、困ったように顔を合わせて首を傾げるのだった。

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