朝練と風の道

 翌朝、いつものようにシルフ達に起こしてもらったレイは、ルークとタドラと一緒に朝練に向かった。

「午前中は、タドラはジャスミンの件で神殿との打ち合わせがあるから、そっちへ行ってもらう。レイルズは、俺と一緒に事務所で手伝ってもらう書類が待ってるから、よろしくな」

「うわあ、久々の事務仕事だ」

 ルークの笑顔を見て、レイは悲鳴を上げて頭を抱える。

「おう、頼りにしてるからよろしくな。昼は、オリヴェル王子をお招きして城で昼食会があるから、それに竜騎士隊は見習い二人も含めて全員参加だ。まあ、これは主だった貴族の当主だけだから、会食の規模としてはそんな大々的なものじゃない。顔ぶれはまあ、それなりだな」

 その言葉だけで、錚々たる顔ぶれが集まるのが分かり、揃って悲鳴を上げたタドラとレイだった。

「午後からは、昼食会の人達と場所を変えてそのまま引き続き懇親会だよ。まあ、要するにオリヴェル王子と一緒に、皆でアルス皇子をからかうだけの集まりだよ。あ、でも若竜三人組も絶対狙われてるだろうから、絶対絡まれると思うけど頑張れよな」

 満面の笑みのルークの言葉に、今度はタドラが、さっきのレイのように悲鳴を上げて頭を抱えた。

「ま、これも仕事のうちだよ、せいぜい愛想を振りまいて来い」

 背中を叩かれて、無言で頷くタドラだった。




 朝練では、準備運動と柔軟体操の後、来てくれたマークとキムと一緒にしっかりと走り込みを行った。

 それからルークとタドラだけでなく、キルートも来てくれたので、彼らに交代でしっかりと棒と木剣で手合わせしてもらった。

 まだまだ叶わないけれど、一方的にやられっぱなしでは無くなって来たので、それなりに成長したと思っても良いのだろう。

 汗を拭きながらもらった水を飲んで少し休憩を挟んで、最後に乱取りに混ぜてもらってから朝練は終了した。




「すっかり暑くなって来たから、汗がすごいや」

 白服の裾で汗を拭いながら、レイがそう言って笑っている。

「確かに、汗をかく量も増えて来たよな。殿下の結婚式が終わる頃には、本格的なオルダムの暑い夏が待ってるぞ」

「うわあ、考えただけで暑くなって来ました。僕、夏の間は西の離宮で生活しても良いですか?」

「あはは、良いなそれ。行く時は是非とも誘ってくれよな」

「良いねそれ。それなら僕も行きたい!」

 笑ったルークの言葉に続いて、タドラも笑顔で手を上げている。

「お城はまだそれほどでもないけど、街の気温は、夏が終わるまで本当に最悪だもんね」

「だよな。城壁があるせいで、街の中に空気がこもって風が吹かないんだよ。あれは本当にどうにかならないものかと思うよ」

 ため息を吐いたルークの言葉に、レイの肩に座っていたブルーのシルフが顔を上げた。

『思っていたのだが、街の中にある城壁は今となっては無用の長物であろう。あれを壊すわけには行かぬのか?』

「壊したいのは山々なんだけど、城壁のすぐ近くまで建物が密集して建っている事や、地面の高さががまちまちなので、仮に城壁を壊しても均一にならす事が出来ない。今までも、何度も議会でも城壁の改修工事が提案された事はあるんだけどなあ、結局問題が多すぎて簡単には出来ないんだよ。街の気温上昇には、確実に城壁が理由の一つになっていのはわかってるんだけどなあ」

『それなら穴を開ければ良いではないか。どうだ?』

 ブルーのシルフの言葉に、ルークとタドラの足が止まる。

「穴を開ける? 城壁にか?」

 眉を寄せたルークの言葉に、ブルーのシルフは大きく頷いた。

『つまり、城壁の構造を見極めて、抜けて良い場所には風取り用の大きな穴を開けてやれば良い。そしてそこに風車を設置すれば、シルフ達は喜んで通り抜けて遊んでくれるだろう。何なら後日、街の上空で実際の箇所を見て、風の流れが滞っている場所を確認してやるから、それを元にして風が流れる道を作ってやれば良い。それだけでも間違いなく街の日中の気温は相当下がるぞ』

 ブルーのシルフの説明を、レイルズとタドラは目を丸くして聞いている。

 ルークは嬉しそうに笑って何度も頷いた。

「それは考えなかったな。確かに城壁そのものを壊すんじゃ無くて、穴を開けるってのは良い考えだよ」

 感心したようなルークのその呟きに、ブルーのシルフは満足気に目を細めた。

『それから、上手く出来そうなら風車を動力にして石臼や脱穀機として使えば良い。街の住民達でも、雑穀や乾燥豆を挽く為の石臼は使うだろうからな』

「それも良い考えだな。ありがとうラピス、これは早急に検討させてもらうよ」

 真顔のルークの言葉に、ブルーのシルフは得意げに頷いた。

『草案が出来たら見てやる故、持ってくると良い』

「おお、よろしくお願いするよ」

 笑って敬礼する振りをして各自の部屋に戻った。

 軽く湯を使って着替えて食事のために食堂へ向かった。



「凄い事考えるんだね。城壁に穴を開けちゃうって」

 パンをちぎりながら、レイは感心したようにさっきから何度も何度もそう呟いている。

「まあそれでも簡単な工事ではないだろうけど、そこはドワーフの技と技術に期待だな」

『黒壁はまだしも、白壁は相当硬いぞ。工事の際は、配置する顔ぶれにも注意が必要だ』

 スープの横に座ったブルーのシルフの言葉に、早くもルークは頭の中でどうすればいいかの段取りを考え始めていた。

「ううん、これは誰に振るべきだ? 土木工事の専門家なんて知り合いにいたかな? これは提案だけして、後は全部その人物にまとめて任せるべきなんだけどなあ」

 頭の中で、知り合いの顔を思い出して考える。

「あ、絶対知ってるであろう人物発見。よし、一度話を持って行ってみよう。で、上手くまとまったらそっちに丸投げだな」

 最適な人物を思いついたルークは、満足気にそう呟くと、あとはもう素知らぬ顔で燻製肉を口に放り込んで、残りを平らげるのだった。

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