二人の婚約者

 案内された部屋は、聞いていた通りにとても広くて明るい部屋だった。

 昼食会と名前がついてはいるが、完全な立食式で、奥の壁側に様々な料理が気楽に手に取れるように用意されている程度だ。既に部屋には大勢の人達が揃っていて、主役であるオリヴェル王子とアルス皇子が来るのを今か今かと待ち構えていた。



 先に部屋に入ってきた竜騎士隊の顔ぶれを見て、部屋が騒めく。

 入ってきたのは、マイリーを先頭にした独身組だけだ。

 レイも一番後ろから部屋に入り、集まってきたようやく顔見知りと言えそうになった人達と、にこやかに挨拶を交わした。

 しばらくすると、ロベリオとユージンが到着したと紹介する執事の声が聞こえて、一瞬で部屋が静まり返る。

 それぞれ女性の手を引いて入ってくる二人を、レイは目を輝かせて見つめていた。






「さて、それじゃあ行くとするか」

「そうだね、それじゃあ迎えに行ってこよう」

 控室で並んで軽食を食べていたロベリオとユージンは、それぞれ最後のお茶を飲み干した後、そう言って立ち上がった。

 改めて身支度を整え、顔を見合わせて笑い合い執事に目配せする。

 一礼した執事が下がると、二人は互いの背中を確認して剣帯の歪みを直した。

 剣置き場においてあった、それぞれの剣を装着する。

 そして、それぞれの婚約者が待つ部屋に向かった。




「フェリシア、お待たせ。それじゃあ行こうか」

 ノックをして、返事を聞いてから扉を開けてロベリオが部屋に入る。

 そこには、綺麗な薄紅色のドレスを着た黒髪の女性が立っていて、ロベリオの言葉に笑顔で振り返った。

 見事な砂時計体型だが、華奢な感じは無く、どちらかというとやや大柄な女性だ。

 身長もロベリオとほとんど変わらず、今は踵の高い靴を履いている分彼女の方が高いくらいに見える。

「うん。そのドレス、よく似合ってるよ」

「ずいぶんと可愛らしい色を選んでくれたのね。正直、見た時には私の柄じゃ無いと思ったけど、似合ってるのなら良かったわ」

 ロベリオの言葉に、ドレスの裾を摘みながらそんな事を言う割には、フェリシアと呼ばれた女性は嬉しそうに笑っている。

 笑顔のロベリオは、侍女が差し出してくれた銀色の髪飾りを受け取り、そっと結い上げたその黒髪に留めつけてやる。

 その髪飾りは、彼女の黒髪と同じ大きな黒い石を抱いた竜の形をしている。しかしその丸く磨かれた石は、よく見ると銀の線が幾重にも入った珍しい石で、これはロベリオの竜の守護石であるオニキスなのだ。まるで生きているかのような見事な細工のその竜は、彼女の髪に寄り添うように飾られている。

 この国ではあまりいない真っ黒な自分の髪の毛を、彼女は子供の頃からずっと嫌っていた。アルス皇子様や母上のような綺麗な金髪だったらよかったのに、と。

 でも、今ではロベリオの竜の守護石のようなこの髪を彼女はとても気に入っている。ロベリオもそう言ってくれた。オニキスの色だと。

「これでよし。それじゃあ行こうか」

 差し出された腕を取り、笑顔で頷き合った二人はそっとキスを交わしてから、執事の案内で廊下へ出て行った。






「サーニャお待たせ。準備は出来たかい?」

 ユージンは、そっとノックをしてから部屋に入る。

 婚約者であるサスキアのことを、ユージンだけは子供の頃からこう呼んでいる。

「ええ、どうかしら。これでおかしく無い?」

 鏡の前で覗き込んでいた小柄な女性が、ユージンの声に笑顔で振り返る。

 高い位置で束ねられた緩やかな薄茶色の癖毛が、振り返った弾みでふんわりと跳ねる。

「ああ、贈った飾りを使ってくれたんだね。とてもよく似合ってるよ」

 嬉しそうにユージンがそう言い、そっと手を伸ばして彼女の左の頬を撫でた。

 振り返った彼女の左のこめかみから左眼の下辺りまでの頬は、柔らかな革で作られた翼の形の飾りに覆われていて、頬の辺りを隠すようになっている。

 これは耳に掛けて使う装飾品の一種で、頬から片目を隠すようなものまで、様々な形がある。主に祭りの際や、仮面舞踏会などの際によく使われる物だ。

 彼女は、人前に出る時には、いつもこのような飾りを身につけている。



 子供の頃に、部屋で犬と遊んでいて、勢い余って火のついた蝋燭を倒してしまい、柔らかな髪や服に火がつき火傷をしてしまったのだ。

 幸い大事には至らず、髪はやがて元通りになったが、今も左眼の下の頬骨の辺りに、ごく小さなものだが赤茶色い火傷の痕が残っている。蝋燭の火芯が当たった為に酷い痕が残ってしまったのだ。

 もう少し上だったら左目を失明していたところなので、小さな火傷程度で済んだのは不幸中の幸いだったのだが、痕の残る顔の傷は、彼女を深く傷つけた。

 以来、元々は活発な子だったのに、あまり人前に出ようとせずに屋敷の書斎に篭って本ばかり読むような子になってしまった

 同じく、幼い頃は引っ込み思案でいつもロベリオの陰に隠れていたユージンだったが、なぜか彼女とは気が合い、いつも仲良く並んで本を読んでいたのだ。

 一緒にいると、いつも顔の火傷の痕を気にして俯く彼女に、ユージンは何度も何度も繰り返し、そんなのはちっとも気にならないと言い続けた。

 彼女が十三歳の時、ユージンは、父に頼んでドワーフの職人を紹介してもらい、彼女の火傷の跡を隠せるように、翼の形の耳飾りを作ってもらって贈ったのだ。

 泣いて大喜びしてくれた彼女は、それから人前に出る時には、いつも翼の形の飾りを身につけている。

 以来すっかり活発になった彼女は大学まで進み、オルベラートまで留学するほどの才女となったのだった。

 大学で知り合った、学年一の秀才と言われていたフェリシアとすっかり意気投合してそのまま一緒に留学した時は、知り合い一同揃って驚きのあまり絶句しつつも、まあ彼女達ならそうなるだろうなと、妙に納得もしたのだった。

 後に、互いの婚約者が友人同士だったと知ったロベリオとユージンも、お互いの婚約者がどんな人なのかを聞いて、それぞれ自分の婚約者とその彼女となら、気が合いそうだと考えていたのだった。




「これを貴女に」

 侍女が持って来た小箱を、ユージンは彼女の目の前で開けて見せる。

 そこに入っていたのは、大粒の見事な琥珀を抱いた銀細工の竜のブローチだった。

 彼女の襟元に、そっとブローチを留める。

「綺麗、これは貴方の竜ね」

 琥珀は、ユージンの竜であるマリーゴールドの守護石なのだ。

 嬉しそうな彼女とそっとキスを交わして、それから照れたように腕を差し出した。

「それじゃあ、魔女たちが待ち構えている戦場へ共に参りましょう」

 態とらしくそう言って一礼すると、目を輝かせた彼女も嬉しそうに膝を軽く折って差し出された腕に縋った。

「ええ、それではいざ共に戦場へ参りましょう」

 大真面目な彼女の言葉に顔を見合わせて笑い合い、もう一度啄むようなキスをしてから二人はゆっくりと廊下へ出て行ったのだった。



 部屋の燭台の横では、それぞれの竜達の使いのシルフが、仲睦まじく出ていく二人を愛おしげに見送っていたのだった。

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