お喋りと手仕事

「はあ、疲れた。でもこれくらいあればそろそろ大丈夫かな?」

 いつの間にかかなり減っていたカーディングの終わった綿兎の毛の山を見て、慌てて追加を作っていたのだ。

 ディーディー達も、サマンサ様が席に戻られた後は、ずっと糸を紡ぎながら小さな声でお喋りを楽しんでいる。

 軽やかな少女達の話す声や笑い声を聞きながら、レイは、隣で懸命に糸を紡いでいるディーディーの綺麗な横顔や器用に動く指先をうっとりと眺めていた。

 どうして彼女はこんなにも可愛いんだろう。どこもかしこも自分とは全く違う。



 その柔らかな唇にキスをしたい。



 不意にそう思ったが、こんなにも人が大勢いる場所でそんな風に考えた自分が恥ずかしくなり、レイは一人で赤くなったり青くなったりしていた。






「ねえ、レイルズ様はどう思う?」

 態とらしく様付けでニーカに呼ばれて、ぼんやりとしていたレイは文字通り飛び上がった。

「ご、ごめん。聞いてなかったよ。えっと……何の話だっけ?」

 誤魔化す様にカーダーを持ち直してそう尋ねると、呆れた様なニーカが手を止めてレイを覗き込む。

「ディアの事ばっかり見ているからでしょう? 話を聞いてなかったって素直に白状しなさい」

「ええ、そんな事ないって。あ、えっとウサギと猫はどっちが毛がフカフカだって話だったよね」

 笑いながらこっそり教えてくれたニコスのシルフに感謝しつつ、素知らぬ顔でそう答える。

 ニーカは何か言いたげにレイを見て、それから笑って肩を竦めた。

「そうそう、ちゃんと聞いてたのね。それでどう思う?」

「えっと、今、皆が紡いでいる毛の持ち主の綿兎は、そりゃあとんでもなく軽くてフカフカだよ。マティルダ様が奥殿で飼っておられる、長毛の猫のレイの毛もふわふわなんだけど、あれに比べたら硬いと思うな。ほら、触ってみてよ。これがそのままの綿兎の毛だよ」

 足元の袋を見せて、笑いながらそう答える。

「へえ、梳いていない原毛のままだと、カーディングしてある毛よりも柔らかいのね」

 嬉しそうに、差し出された袋に手を伸ばして突っ込んだニーカは、ふわふわの綿兎の毛を触って声を立てて笑った。

「ねえ、ディア、ちょっと触ってみてよ。すっごくフカフカよ。まるで雲を触ってるみたいな気分になるわ」

「まあ、綿花や、羊や山羊の毛とは全然違うわね。うわあ、なんて柔らかいのかしら。本当ね、雲を触ってるんじゃないかって思うくらいにふわふわだわ」

 クラウディアも興味津々で差し出された袋に手を入れて、少し掴んで満面の笑みになる。

 その声に、他の巫女達も手を止めて揃ってこっちを振り返った。

「ほら、皆も触ってみてよ。すっごく気持ち良いわよ」

 そう言って、綿兎の毛を一掴みすると、そのまま袋から勢いよく取り出したのだ。

「ああ、待ってニーカ! それは駄目! シルフ、集めて!」

 レイが慌てた様に叫ぶ。

 ニーカが掴んだ毛を袋から取り出した拍子に、綿兎の毛が辺り一面に勢いよく飛び散ったのだ。

 クラウディアとニーカの周りが一瞬で毛だらけになる。しかし、その直後にレイの声に従い集まったシルフ達が一瞬で飛び散った綿兎の毛を集めて袋に戻してくれた。



「ご、ごめんなさい。まさかこんなに軽いとは思わなかったわ」

 驚きのあまり、綿兎の毛を掴んで固まったままの状態のニーカが謝る。

「もう大丈夫だよ。えっと……それ、ゆっくり袋に戻してくれる?」

 小さく頷いたニーカが、ものすごくゆっくりと動いて袋の中に戻す。しかし、今度はシルフ達がちゃんと守ってくれたので、辺り中が毛まみれになる事はなかった。

「ニーカ、もうそっちに行っても大丈夫?」

 後ろから覗き込んだ巫女達の顔は、突然の綿兎の毛の大乱舞に戸惑っている。

「大丈夫だよ、今みたいに袋から勢いよく出さないでね。扱いはそっとね」

 レイが笑ってそう言いながら袋の口を開いて見せてやると、側に来て恐る恐る袋に手を入れた巫女達が、一斉に笑顔になる。

「うわあ、本当だわ。なんて柔らかなのかしら」

「カーディングした綿兎の毛も柔らかいけれど、確かにこれとは違うわね」

「うわあ、ふわふわ」

 リモーネ達は、それぞれ少しだけ綿兎の毛を取り出し、嬉しそうに手の中で触っては笑顔になる。

「それじゃあ、野生の綿兎はこんな風に柔らかな手触りなんですか?」

「そうだよ。大きさはこれくらい。すっごく可愛いんだ、大きな目がキラキラなんだよ」

 レイが笑顔で話すその内容に、巫女達は目を輝かせて聞き入るのだった。



「それで結局さっきの話の結論は、兎の毛の方が猫よりも柔らかい、で良いのかしらね?」

 リモーネの言葉に、レイは困った様に首を傾げる。

「えっと、僕は逆に普通のウサギの毛がどれくらいなのかあまり知らないね。生まれて一月くらいの子猫の毛はとっても柔らかかったよ」

 その話に、またしても巫女達が目を輝かせて聞きたがり、レイはもう何度もした、マティルダ様が奥殿で飼っておられる猫が産んだ、とても可愛かった、そしてあっという間に大きくなってしまった子猫の話をするのだった。




 それぞれの席に戻った巫女達だったが、その後も時間いっぱいまでずっと糸を紡ぎ続け、その間中、手を動かしながらも他愛の無い会話を楽しんでいたのだった。

 耳に心地良い、転がる様な少女達の話し声と笑い声。懐かしい紡ぎ車の回る音や、時折僅かに軋む音。

 レイは、いつもの本部とは違うこの穏やかな時間をとても楽しんでいたのだった。

 次々と無くなっていく、カーディングを終えた綿兎の毛を見て、レイはカーダーを手にせっせと綿兎の毛をカーディングし続けていたのだった。


『働き者の主様』

『お疲れの主様』

『我らが助けるよ』


 さすがにかなり腕が重くなってきて、作業がゆっくりになってきた時、ニコスのシルフ達が現れて、そっとレイの腕を叩いてくれた。

「ああ、ちょっと楽になったよ。ありがとう」

 彼女達は、癒しの術を使う事が出来る。

 一瞬で怪我が治るほどでは無いが、痛みを和らげてくれたり、回復を早めてくれたりする。

 今の様に無理をして疲れた時などにも、助けてくれる事があるのだ。

『大丈夫か? もうそろそろ時間だから無理はするなよ』

 現れたブルーのシルフにそう言われて、笑って頷いたレイはそっとカーダーを置いたのだった。

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