大切な友達との時間

 翌日、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、ラスティが起こしに来てくれる前に起き出し、部屋のカーテンを自分で開いた。

 良く晴れた空が広がっている

『おはよう、今日は一日良いお天気のようだぞ』

「おはようブルー。今日は精霊魔法訓練所へ行ける日だからね。お天気で良かった」

 嬉しそうにそう言ってブルーのシルフにキス贈ると、そのまま洗面所へ走って行った。

 顔を洗って、酷い寝癖を取るために髪を濡らしていると、ノックの音がしてラスティの声が聞こえた。

「はあい、もう起きてます」

 洗面所から大きな声で返事をすると、ラスティの応える声が聞こえて、レイは急いで髪を撫で付けた。

 シルフに頼んで風をもらい、濡らした髪を乾かす。

「ねえ、後ろ側もこれで大丈夫?」

 洗面所から顔を出してクルッと一回りすると、呼ばれたラスティが振り返ってくれる。

「ええ、大丈夫のようですね」

 笑ったラスティが頷いてくれたので、もう一度風をもらって櫛で髪をといてから部屋に戻った。

 手早く白服に着替えて廊下へ出る。

「おはようさん」

 廊下にはルークとカウリ、それからタドラの三人が待っていてくれた。

「おはようございます!」

 元気に挨拶をして、揃って朝練に向かった。



 準備運動の後の走り込みの時には、マークとキムも久し振りに側に来てくれて、一緒に並んで走り込みを行った。

「はあ、久し振りに本気で走ると足にくるな」

 最後の全力疾走の後の息を切らせたマークの呟きに、レイは笑って背中を叩いた。

「何、情けない事言ってるの。ほら、しっかりして!」

「はい!」

 慌てたように直立して返事をする。

「あ、ごめんね。そっか皆見てるね」

 内緒話程度なら皆見て見ぬ振りをしてくれるが、こう言った接触を伴う交流には皆敏感だ。

 それを心得ているマーク達は、うっかりレイがいつもの調子で絡んでくると、こんな風にしてやや他人行儀な反応をして気付かせてくれるのだ。周りに人の目があるぞ、と。

 少し離れて、屈伸運動をしてから足首を回して準備運動は終了した。

 一礼したマーク達が他の兵士達の所へ戻るのを見て、レイも大きく深呼吸をして振り返った。

 苦笑いしたカウリがいつもの棒を取って放り投げてくれる。

 空中で軽々と受け止めて、そのまま前に進み出る。

「お願いします!」

「おう、打ってこい!」

 同じく構えてくれたカウリに、レイは大声を上げて振りかぶった棒を力一杯打ち下ろした。



「相変わらず凄いな」

「本当だな。それにまた身体が大きくなったような気がするよな」

「確かに。腕まわりもそうだし、胸の厚みもかなり大きくなってるよな」

 乱取りの順番を待ちながら、マークとキムは、少し離れたところでカウリと本気で打ち合っているレイの様子を見ていた。

 嬉々として打ち合う姿は、既に無邪気な少年では無く戦士のそれだ。

「突撃訓練の翌日には、普通に食堂へ食事に来ていたしな」

「凄すぎるよ……」

 体力も棒術も平均点の二人にとっては、朝練はレイの成長を目の当たりにして、自分たちとは違うのだと毎回確認している時間でもあった。

「でも、友達だもんな」

 小さく呟いたマークの言葉に、キムも苦笑いして頷くのだった。



 しっかり汗をかいた朝練が終了して本部へ戻ったレイは、いつものように軽く湯を使ってから竜騎士見習いの制服に着替えて食堂へ向かった。

 食事が終われば、久しぶりの精霊魔法訓練所だ。しかも今日は久し振りの天文学の授業の予定だ。

 最近は毎日は出来ていないが、月と惑星の観測ノートも一緒に持って行く。

 今日はカウリも一緒だ。

 護衛の人達と一緒に、ラプトルに乗って訓練所へ向かう。

 いつものようにカウリは迎えに来ていた教授と一緒に、すぐに教室へ行ってしまったので、レイはいつものように一人で図書館へ向かった。

「あれ、まだ誰も来ていないね」

 いつもの自習室をレイの名前で借り、鞄を置いてから参考書を取りに行った。

「へえ、新しい本が追加されてる」

 光の精霊魔法に関する本が何冊も増えているのに気付いたレイは、本棚の前に立ったまま、本の中身を確認する為に手にした一冊目をそっと開いた。



 光の精霊魔法が使える生徒は、今の訓練所にいる生徒ではレイとマーク、そしてクラウディアの三人だけだ。ジャスミンは光の精霊は見えるようなのだが、今のところ他の四大精霊魔法の実技と違って、光の精霊魔法は全く成功していない。

 この光の精霊魔法は、特に本人の持って生まれた適性の強さが大きく関係するので、適性があるからと言って必ずしもその属性の魔法を全て使えるわけでは無い。

 なので、レイ達とは別の時間に一対一で教授がジャスミンに光の精霊魔法の授業を行なっている。

「でもこれは初心者向けの本じゃないね。って事は、これは持って行くべきだね」

 小さく呟いたレイは、新しく入った数冊の本を全て確保して、自分の分と一緒にまとめて自習室に運んだ。



「あ、おはようございます」

「おはようございます。まあ、そんなに沢山大丈夫ですか?」

「おはよう、レイルズ。そんなに積み上げて前が見える?」

 自習室の前で、丁度やってきたクラウディア達三人と合流した。

 扉を開けてもらって、一緒に中に入る。

「おはよう。俺達が最後みたいだな」

「おはよう。うわあ、どれだけ持ってくるんだよ」

 開いた扉から、マークとキムも笑いながら入って来る。

「おはよう。ほら、光の精霊魔法に関する本が新しく入ってたよ。全部取ってきたから、皆で交代で読もうね」

 振り返ったレイが持ってきた本を見せる。

「ああ、公爵様が珍しい本を手に入れたからご寄付くださったって仰っていたんです。これだったんですね」

 嬉しそうなクラウディアの言葉に、レイは驚いて手にした本の裏表紙を開いた。

 寄贈された本の場合、余程の事情がない限り最後の頁に寄贈者のサインと寄贈した日付が入っているのだ。

 花祭り初日の日付で、ディレント公爵の直筆のサインが記されている。

「凄いや。今度お会いしたらお礼を言っておくね」

 笑顔で頷き合い、まずはそれぞれ自分の本を探すために図書館へ向かった。



 皆がそれぞれに参考書を手に戻って来た後、天文学の予習が終わっているレイは持ってきた新しい本を開いて読み始めた。

 光の精霊魔法の闇の眷属が嫌う特性について書かれた項目に、言葉も無く読み耽った。特に、光の矢や盾の技は、下位の闇の眷属程度なら易々と打ち払えるとあり、ふと疑問に思った。

「ねえ、ブルーの雷の技は光の精霊魔法とは違うんだよね。あれも、闇の眷属を討ち払ったけど、どう違うの?」

 闇の目を撃退した時や、あの悪夢の降誕祭の時の闇蛇を打ち砕いた強力な青い雷を思い出して、レイはその疑問を口にした。

『我の持つ、雷の属性は独立した特殊な属性だ。しかし、全ての属性の特徴を含むからな。そもそも一つ一つの技が桁外れに強い為、闇の眷属に対しても有効なのだよ』

 積み上がった本の上に座ったブルーのシルフの言葉に、レイだけでなく部屋にいた全員が顔を上げた。

 もちろん、ブルーは全員に聞かせるつもりで話をしている。

「あれは凄かったもんなあ……」

「俺は本気でお前ら全員死んだと思ったもんな」

 降誕祭の時の、壁を丸ごと砕いて闇蛇を打ち砕いた青い雷を思い出して、マークとキムは顔を覆った。

「その話は聞いたけど、そんなに凄かったの?」

 目を瞬くニーカ達に、マークは校舎の壁の一部が妙に白い理由を話し、石の壁を丸ごと打ち砕くその威力に、少女達は言葉も無くブルーのシルフを見つめていたのだった。

『この国は、我が守っておる。其方達は何も心配せず安心して学びなさい』

 その言葉を聞いた少女達は揃ってその場に跪き、マークとキムも慌ててそれに倣った。

「偉大なる古竜に心からの感謝と尊敬を捧げます。その大いなる翼の下にて、未熟なる我らを守りたまえ」

 ジャスミンの言葉に、全員が揃って唱和する。

 ゆっくりと一つ頷いたブルーのシルフは、それぞれの額にそっとキスを贈った。

『顔を上げなさい。其方らの言葉、確かに受け取った』

 最後にレイの頬にキスを贈ったブルーのシルフは、満足気に頷いてまた本の山に座った。

「ほら立ってよ」

 レイの言葉に立ち上がった一同は、互いの顔を見て照れたように笑い合うのだった。



『レイはここへ来て、本当に良き人々に巡り合えたな』

『そうね本当に良き仲間達だわ』

『共に学びお互いを尊敬し高め合える』

『皆愛しい子達』

 ブルーのシルフの言葉に、並んで座ったニコスのシルフ達も満足気にそう言って、顔を寄せて本を覗き込む彼らを、愛おし気にいつまでも見つめているのだった。

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